安全保障にかかわる機密情報を漏らした公務員らへの罰則を強化する特定秘密保護法案は昨日参院国家安全保障特別委員会で可決された。早ければ本日中、野党が抵抗し遅れたとしても、数日中に成立する事は確実である。それにしても、国会はこのところずっとこの件で大騒ぎしている様であるが、話の中身がさっぱり見えて来ない。国家の機密情報をきちんと仕分けした上で閲覧制限を徹底するというのは極めて当たり前の話である。そもそも、「国防」、や「外交」といった「国家安全保障」に拘わる高度に専門的な情報に我々一般国民が接する機会など元々ありはしない。
昨夜、テレビでニュースを視聴したら特定秘密保護法案に反対して行われている国会周辺のデモに出くわした。こういったデモといえば、世界の何処でも「怒れる若者達」が国家権力に対し行うのが常である。しかしながら、私が見たのは私と余り年齢の変わらないと思われる中高年の人達が静かに行進する映像であった。風采からして「国防」や「外交」といった「国家安全保障」に拘わる様な人達とはとてもでないが思えない。木曜日の昼間から何でデモに参加する時間があるのか? 堅気の会社員とは思えないが、何をして生計を立てているのか? そんな疑問が一瞬だが頭を過った。
■ 何故、特定秘密保護法案を成立させねばならないのか?
以前発表した、秘密保護法案の衆院通過をどう理解すべきか?を参照して戴きたい。日本の領土と日本国民の生命と安全、財産を守るためにはNSC活動の開始が不可欠である。そして、そのためにはアメリカを筆頭に関係国とのインテリジェンス協力が先ずなされねばならない。特定秘密保護法が完備されていない様な国に関係国が重要な機密情報を流すとは思えず、従って、特定秘密保護法案は成立させねばならないという結論となる。
■ アルジェリア人質事件とは何だったのか?
アルジェリア人質事件は今年の1月16日にイスラム過激派によって引き起こされた事件であり、砂漠の中にある天然ガス精製プラント建設に従事した日揮の社員、関係者合計10人が殺害されるに至った、実に痛ましい事件であった。私は、事件の約10日後に献花のため横浜にある日揮本社を訪れた。その時の、私の心象風景は下記の通りである。アルジェリア人質事件再発防止のためにはNSC活動の開始が不可欠であり、そのために必要となる特定秘密保護法案の成立に尽力する安倍首相を高く評価している。
3年以上にも渡る民主党政権下、日本はこの危険極まりない国際社会の中で漂流を続けた。折角、本格的な安倍政権が誕生した事でもあり、以前のアゴラ記事、短期的にはアルジェリア人質事件で安倍政権が背負った重荷、中・長期的にはテロなき社会の実現は果たして可能か?で提案内容を実践する事で「邦人保護」に舵を切って欲しい。
一方、こういった提案に対し批判が多いのも事実である。奇妙なのはこういったリスクの高い国に赴任し、実際に働いた経験もない人間が訳も判らず闇雲に批判している事である。
多分経費が掛かる事への懸念、イコール税の使い道についての「いちゃもん」だと理解する。しかしながら、こういうハイリスクの地域で働く人は間違いなく勤め先の利益に貢献している。従って、結果として法人税の納税に貢献しており、こういった海外勤務者の安全保護に使われる経費は極めて妥当な必要コストだと思う。
■ 保護されるべきは、真剣に仕事し納税する国民
私は30代の前半に三年半中東に駐在した。詳しくは書けないがその間三度程死の危機に直面した。一方、アルジェリアにあるサハラ砂漠も含めた過酷な生活環境も実際に体験した。そこにあるのは、日本に生まれ、日本でしか生活した経験しかない人間には想像も出来ない、過酷で厳しい日々の連続である。そんな場所で体を張って仕事をし、年収を得、納税し、社会保障の負荷を負担している訳である。
一方、木曜日の午後にお気楽にデモに興じている中高年はどうやって金を稼いでいるのだろうか? 「生活保護」の受給? 或いは、「失業保険」の受給? こういった、社会保障費の財源は過酷な地域で命を懸けて働いた人達が給付した税や社会保障費である。そして、特定秘密保護法案の成立はこういう人達を保護するために必要なプロセスなのである。社会保障に寄生する人間が反対するなど言語道断である事はいうまでもない。
非正規雇用で働いている人もデモに混じっているかも知れない。年収が低ければ、納税額、社会保障負担額は微々たるものに過ぎず、実質は行政サービスにタダ乗りしているに過ぎない。非正規雇用として勤め先の一般情報にもアクセス出来ない人間が高度に専門的な安全保障関連の情報管理にいちゃもんを付けて一体何の意味がある? 先ずはきちんと仕事をし、その結果、一定の評価を得て正社員になる事が先決ではないのか? そして、先ずは、日本国民として恥ずかしくない納税と社会保障の負担をすべきではないのか?
■ マスコミが主張する「知る権利」が奪われるというのは本当なのか?
マスコミの主張を要約すると大体こんな感じの様である。「報道機関の取材の自由、ひいては国民の知る権利を侵害する。また罪刑法定主義にも反し、不当な処罰、逮捕勾留を引き起こすおそれが高く、萎縮効果も生じる。個人の自由を侵害し、民主主義の基盤を破壊する法案であり、平和主義も投げ捨てることにつながるおそれが高い」。
この手の主張に接した際、何時も思い出すのは2003年のイラク戦争時に発生したアメリカ軍のよる誤爆と、BBCのクルーが撮影した誤爆映像である。今尚、カメラのレンズに負傷したカメラマンの血が飛び散った映像は衝撃的である。日本では、NHK含め紛争地に自社社員を派遣する事はない。フリージャーナリストが撮影した映像や取材結果を買い取ってお茶を濁している。そして、アナウンサーやコメンテーターは、夏は冷房、冬は暖房が完備し、決して弾の飛んで来る事のないスタジオで呑気に薀蓄を傾けている。こういう時だけ偉そうに国民の「知る権利」を主張しても国民の賛同や共感が得られないのは当然である。先ずは、BBCを見習い紛争地に自社社員を派遣する事から始めてはどうだろうか?