私事で恐縮だが、経済評論家の伊藤 洋一氏がキャスターを務める東京FMの「Time Line」という番組に出演して来た。理由をいうと、私がハフィントンポスト経由公開した「紛争解決システム」という名の「金銭解雇」について考えるを下敷きにして、今回の目玉企画を作ってくれたからである。参考までに番組のコンセプトを下記する。
先日、明らかにされたアベノミクス第三の矢「成長戦略」の素案。
「労働」において物議を醸しているのが、対象となる職種を労働時間ではなく成果で評価しようという、ホワイトカラーエグゼンプションと呼ばれる労働時間規制緩和ですが、
私たちの働き方が良くも悪くも大きく変わりうるのはそれだけではありません。
今回の成長戦略素案を見てみると、「働き方改革の実現」という項目の中に「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」とあります。
これは、労働紛争を金銭で解決する制度のこと。いわゆる「金銭解雇」。
「金銭解雇」が導入された場合、現役世代はどう対応するべきか?
成長戦略素案にいつの間にか盛り込まれた「金銭解雇」導入の是非を問います。
一方、伊藤 キャスターと私のやり取りはこれを参照願いたい。
今回、私が公開した記事を起点に番組が制作され、その番組に出演する事で記事を執筆した時には想定しなかった様な新たな問題点などが頭に浮かんで来た。「金銭解雇」導入は現役世代の人生設計のみならず、大学生の就活、学生生活そのもの、更には高校生の進路選択に大きな影響を与える事になる。一方、番組タイトルの「いつの間にか盛り込まれた『金銭解雇』」が示す様に、本来導入以前に充分な国民的議論が必要であるにも拘わらず、一般国民のこの事に対する認知は低く、正しい理解は殆ど皆無であろう。これが、今回再度このテーマで記事を書こうと考えた経緯と理由である。
■ マスコミは何故「金銭解雇」導入を報道しない?
これは番組の中で批判したが、マスコミの怠慢は度を越していると思う。今は、マスコミ、ネット共に取り扱いが楽なセクハラ疑惑に過度に集中している。この一件のポイントは欧米先進国のメディアがどの様な論調で報じ、それによって日本のイメージがどの程度毀損するか?、議会の機能不全という二点に過ぎず、看過すべきとは言わないが国民生活に直接のインパクトはない。
一方、「金銭解雇」導入の場合は法案化されれば、その翌月から多くの企業が社員の解雇を加速するかも知れない。読者が勤務する多くの企業も、法案成立を前提に既に人事部が解雇すべき社員のショートリスト、ロングリストの作成を秘密裏に開始している可能性が高い。近い将来のある日、人事部に呼び出され退職に拘わる手続きの説明と補償金額の提示を受ける訳である。こちらの方が、遥かに重要な事は明らかである。一方、日本国民の対応にも問題がある。セクハラ野次の様な話で無責任に他人を罵倒するのは気楽で良いかも知れない。一方、自分の身に降りかかるこういった問題を考えるのは気が重いかも知れない。しかしながら、事が現実となり勤め先から解雇を通知され、一方転職先が見つからず途方に暮れてしまう展開となってしまっては手遅れである。
■ 私の考える「金銭解雇」とは? 国民の対応とは?
「金銭解雇」が国民生活に極めて重要な影響を与える事になるにも拘わらず、国内での議論が深まらない理由は国民のこの事に対する理解が充分でないからだと推測する。議論を進めるため、重要と考える3点を下記する。
1.「金銭解雇」は飽く迄雇用の流動性を確保するための手段に過ぎない。そして、その最終目的は経済成長である。
2. 今後、マスコミの殆どや、評論家の大部分は「金銭解雇」を批判する展開になると思う。その一方、安倍政権の経済政策を批判する事はあっても、具体的な政策提言は出来ないだろう。こういった、言いっぱなしで無責任な対応は、当然の事ながら私の与するところではない。「金銭解雇」の是非を議論したり、マスコミ論評の尻馬に乗り批判する暇があるのなら、社会人であるなら労働市場で評価される何がしかのスキルを磨く、大学生ならしっかり勉強すべしという結論となる。「金銭解雇」に直撃される現役世代、これから世に出る就活生、大学生は「金銭解雇」導入は必然と捉え、自分なりに対策を講じるべきという事である。
3. 2とも重複するかも知れないが「負担出来ないリスクは負うな!」という話である。そんな事をしたら結果として人生を棒に振ってしまう。朝に天気予報が夕方の夕立を伝えているのに、折り畳み傘を鞄に入れず出先で立ち往生するというのは、矢張り愚の骨頂であろう。「備えあれば憂いなし」とは良く言ったものである。
■「金銭解雇」導入がもたらす眼に見える社会の変化とは?
多くの日本国民のイメージは、金銭供与と引き換えにサラリーマンが簡単に解雇される様になるといったものだろうと推測する。決して間違いではないが少し大雑把過ぎる。日本人の弱点は変化に際し、変化の中身を具体的に精査する以前に不安に怯えたり、ヒステリー症状を引き起こし正常な判断が出来なくなってしまう事だと思う。それでは、「金銭解雇」導入で具体的に如何なる眼に見える変化が生じる事になるのか想像して見よう。
○矢張り真っ先に狙い撃ちにされるのは、年齢でいえば45才~50才のバブル期採用組であろう。私は1989年に中東駐在から帰国し、この時期に採用された若手を部下に持ったり、協調して仕事をする事があった。当時の印象としては、兎に角出来が悪いというものであった。苦労知らずの上に鍛えられておらず、これでは使い物にならないといった印象であった。
バブル期に重なった駐在期間中に日本を代表する通信機メーカーの事業部長が良く出張に来られた。当時はバブル景気を謳歌しており、その企業は年間で2,000人~3,000人の新卒を雇用しており、その事業部長は毎年一部上場企業が一社誕生している様なものだといっておられた。仄聞するところ、この業界の御多分に漏れず業績は冴えない様だが殆どリストラはやっていないという事である。今までは我慢して解雇しなかったが、これから先の10年、15年を更に面倒見続ける積りはないですよ、というのが「金銭解雇」に踏み切る企業の本音であろう。従って、バブル期採用組は将来の役員候補、余人を以て代えがたいスキルを有する人材以外は「金銭解雇」の対象となっても不思議はない。
○バブル期採用組以外では40才前後の団塊ジュニアも何かと評判が悪い。充分対象の列に連なる可能性がある。一方、「金銭解雇」の金額は勤続年数をベースに査定されるであろうから、経営者としては使い物にならないと判明した時点で「金銭解雇」すべしとの判断に至るはずである。新卒で採用して、3年使ってみれば将来使い物になるか否か?は分る。入社4年目の若手社員が朝出社したら、課長に会議室について来るように言われ、そこで解雇通知と、それと引き換えに受け取る金額の説明を受けるというのは充分に考えられる情景である。
○「金銭解雇」が導入されれば就活のスタイルも激変する。そもそも、何故大学生が釈迦力になって就活に臨むかといえば、正社員の身分を得る事が出来ず、やむなく非正規雇用の道を歩めばそのままずっと社会の底辺に留まる確率が高いからである。更に、同じ正社員といっても生涯賃金が6億円程度の企業もあれば、その三分の一にも満たないところもある様だ。更には豪華で低価格の独身寮や社宅の有無といった所謂フレンジベネフィットも考慮すれば、格差は更に拡大する。しかしながら、これらは全て新卒で入社後同じ企業に40年間勤め続けるという仮説に立脚した話である。入社3年後での「金銭解雇」があり得るとなれば話は全く異なる。
○世の中には就活塾の様な変な学校があり、企業の面談担当者を如何に騙して内定を勝ち取るかを伝授しているらしい。こんな学校は全て経営が成り立たなくなる。何故なら、無理して内定を取っても実力が伴わねば直ぐに「金銭解雇」されてしまうからである。同様、就活関連のセミナーには閑古鳥が鳴き、就活本は書店から姿を消す事になる。
○一方、就活前の大学生に与える影響も決して小さくはない。意中の企業に入社しながらも20代で次から次へと「金銭解雇」される先輩の姿は後輩に強い衝撃を与える事となる。矢張り付け焼刃は企業では通用せず、基本を大学でしっかり学ぶべきだ、といった結論となり大学生の本業(学業)回帰が鮮明になるはずである。
○高校生の進路選択にも大きな影響を与える事になるだろう。「金銭解雇」導入以前であれば一流企業の正社員という身分は「年功序列」、「終身雇用」を前提に憧れの身分であった。一方、こういった企業に就職するためには一流大学を卒業する必要があり、これが目に見えない参入障壁になっていた訳である。しかしながら、「金銭解雇」が導入されてしまえば「終身雇用」の前提は崩れ、その結果正社員の価値は暴落する。子供達に若い内に参入障壁の高い身分を獲得させたいと望む親は子供を医学部に進学させ、医者になる事を期待すると思う。その結果、学費の安い国公立の大学医学部は更に難関となるはずだ。
■「金銭解雇」導入にどう対応すれば良いのか?
率直にいって、優秀な社員の場合は何の心配もない。寧ろ、魅力的な選択の幅が広がるという事であろう。入社時点で既に将来を嘱望され、20代の早い内に欧米の一流大学に勤め先から留学。その後も社内の重要プロジェクトを幾つか担当し、30代前半での海外駐在を経て、現在は30代後半で会社の中枢部門である経営企画部の課長職を務めている様なケースである。現在の企業に勤め続け、出世の階段を一段づつ登り続けるのも良いだろう。出世のスピードは些か遅いかも知れないがリスクはない。一方、リストラが容易になるので企業に人件費の余裕が出来る。従って、他社からの引き抜きの話も活発になるだろう。この場合、応分のリスクは覚悟する必要はあるが、年収は3割から5割上がる事になる。
一方、多くの社員は意中の企業に就職出来た事で満足してしまい努力を怠るケースが多い。入社後10年を経過すると頑張る人間とそうでない人間の差は顕著となる。管理職への昇格が分り易い関門である。上記に参照したエリートの様に幹部候補生は入社後の早い時期から経験を積まされ、将来に備えさせられる。そして、30代で最初の管理職課長に昇進する。この事は、単に課長に昇進したというだけではなく、その後の部長、本部長、役員と続くキャリアパスの最初の試験に合格したという事である。しかしながら、問題となるのは大多数の社員はこのパスから既に外れてしまっているという実態である。
本人が気が付いていないだけで、実際には30才、35才、40才といった節目の年にそれなりの会社メッセージを上司より受け取っている様に思う。分り易く解説すれば、30才では「貴方には幹部候補生のコースはほぼ無理」、35才では「貴方には幹部候補生のコースは絶望で、40才までは温情で会社に置いてあげるのでその間に身の振り方を考えて下さい」、そして40才を迎え尚且つ会社に居座ろうとするならば、「貴方は会社に取って、邪魔者、厄介者でしかありません。退職願います」という不幸な話になる。「金銭解雇」導入というのは、結局のところ、こういう事を会社単位それぞれの条件で行うのではなく、ガラス張りにした上で、国が標準化した上で実施すべきという理解で良いだろう。
さて、「『金銭解雇』導入にどう対応すれば良いのか?」の結論に移らねばならない。第一は、一握りのエリートは何の心配もない。寧ろチャンスが増えるので、巧くチャンスを活用すべしという話になる。一方、30代になれば、ある程度は過去の職歴から社内での自分のポジションは自覚出来るものである。露骨にいえば、落ち葉拾いの様な仕事ばかりをさせられた人間が、会社から嘱望されていないのは明らかという事である。こういう人達は3年先、5年先、運良く10年先とか、タイムラグはあるものの必ず解雇される。従って、将来の有望分野で活躍が出来る様にスキルを磨き、来たるべき転職に備え、「労働市場」、「転職市場」での商品価値を上げるべきである。「金銭解雇」までの猶予期間を漫然と無為に過ごしてはならないという事である。