経団連が2012年5月に発表した報告書「ミドルマネジャーをめぐる現状課題と求められる対応」によると、課長職の悩みとして「部下の人事評価が難しい」が2位にランクインしている(複数回答)。人事評価を難しくしているのは、評価要素のひとつである「業務遂行の過程(プロセス)」が数値化しづらいうえに、公平性・整合性を測るのが困難な性質のものだからだ。
JT(日本たばこ産業)で歴代最年少支店長に抜擢された浅井浩一氏の配属先は、31支店中25位より上の成績をとったことのない厄介者だった。テコ入れの先鋒として鳴り物入りで送り込まれた浅井氏は、自らの進退をかけて、部下に対して大胆な提案をする。覚悟を決めて真正面から向き合う支店長の姿勢に部下は賛同し、チームの結束が徐々に高まっていく。
しかし支店長就任から半年後、最初の人事評価で浅井氏が部下につけた評点は...? "悩めるミドルマネージャーたちへ"と題したシリーズの第三弾として、今回も伝説のリーダー浅井浩一氏と弊社代表斉藤徹の対談でお届けする。
【対談シリーズ 〜悩めるミドルマネージャーたちへ〜 過去記事】
- 第一弾:マネジメントは人間力だ
- 第二弾:プロとして何をすべきか考えぬく
■成果かプロセスか、評価方法は部下自身から引き出す
斉藤:JT歴代最年少の支店長に抜擢された浅井さんは、万年Bクラスの営業成績に甘んじていた高崎支店を、たった1年で日本一にのし上げました。しかも、たんに高い営業成績を叩きだしただけでなく、所属する営業員全員が、人事評価で標準以上の高い成績を獲得した。そこが非常に素晴らしいところですね。
浅井:そうですね。私にとっては日本一の称号以上に嬉しいことでした。JTの評価査定は5段階評価なんですが、全員が標準(5段階の3)以上というのは、会社史上初のできごとだったそうです。
斉藤:いくら営業成績で日本一とはいえ、個々の営業員をみれば、優秀な成績を上げる人とそうでない人がいるのが普通です。ましてや万年Bクラスだった支店。必ずしも優秀とはいえなかった営業員を、短期間でどうやってそこまで育て上げたんですか。
浅井:優秀な営業員を他から引っ張ってきてメンバーを入れ替えたわけじゃないですよ(笑)。フェアな評価を徹底したこと。それに尽きます。成果の数字のみで判断するのではなく、成果とプロセスの両面から営業員を評価したんです。
斉藤:それは、人事評価を本来のルール通りに実行したということですか。そもそも、どこの企業の人事評価システムも、制度上は成果とプロセスの両面から部下を評価する仕組みになっていることがほとんどです。ところが、実際にはプロセス、つまり成果の実現のために努力してきた部分が評価に反映されることはほとんどなく、成果だけで評価が決められてしまう。
浅井:おっしゃるとおり。多くの企業が成果とプロセスの二本立てを謳い、両者のウェイトは企業によってまちまちですが、「結果一本でなく途中経過も考慮する」としています。しかし、評価をつける立場にあるミドルマネージャーに「実際にどのような評価基準で点数をつけましたか」と尋ねると、むにゃむにゃと歯切れが悪い(笑)。途中経過をきちっと評価に反映できている企業は極めて少ないです。
斉藤:形骸化していますよね。人事評価には能力・プロセス・成果と大きく3つのモノサシがありますが、もっとも評価が難しいのがプロセスでしょう。評価者(上司)の主観が介入してしまいがちで、数値化もしづらい。そして評価者は相手(部下)のことを断片的にしか理解していないことが多い。面談をしても、関心は成果に関わる表面的なことだけで、対話の中から背景の部分まで引き出すことができない上司が多いのではないでしょうか。
浅井:せっかく面談の機会を設けても、「どうだい調子は?」なんて上司が聞けば、部下も「まあ、ぼちぼちです」なんて答える。そんなのは、道端で交わす世間話レベルです。向き合って考察し合うだけの材料が用意できていないから、そういうことになるんです。
斉藤:結果の数字以外に、評価をつけるための情報がない。
浅井:そうです。それでは成果で判断する以外に方法がないでしょう。多くの企業で、部下一人ひとりが業務目標を考えて目標設定シートなどに記入し、上司に提出するという作業が行われていますが、すでにそこからアプローチが間違っているんですよ。「こういう売上目標があるからそれに向けて頑張ってくれよ」と上司は丸投げし、それを見て部下は自分なりの数値目標を掲げる。でも、その目標を達成するための施策が具体性をもって図られていない。
それでも結果を出してくる部下もいますが、全員がそうとはいきません。成果を出すための具体策を部下任せにしておいて、いざ評価の段階になって、成績が芳しくない部下に対して「お前の能力とやる気が足りなかったな。来期は頑張れよ」では、上司の役目を果たしていません。目標を達成できるよう助言し支援して成長させてあげるのが、上司の仕事です。
斉藤:部下が目標達成のためにどんな取り組みをしているのか、日頃から目を配りフォローしていなければ、プロセスを正しく評価することなどできませんからね。
浅井:普段の仕事ぶりに目が行き届いていないと、結局、プロセスの評価も成果に引きずられてしまいます。「こいつは成績がいいからやることをやっているんだろう」「こいつは成績が悪いからやるべきこともちゃんとやれていないんだろう」というように。完全に推測・憶測の域です。しかし、言うまでもありませんが、成績が悪いイコール頑張っていない、とは限りません。思うように結果が出なかっただけで、見えないところで自分なりに努力を続けている部下もいるわけです。
■成果一本で勝負するかプロセスの評価も望むか、部下自身に委ねた選択
斉藤:JTの人事評価制度では、プロセス評価のウェイトはどれくらいでしたか。
浅井:成果50%、プロセス50%。半々です。
斉藤:浅井さんが「プロセスをしっかり見よう」と決めるに至ったきっかけを教えて下さい。
浅井:高崎の支店長になる前、広島の営業所に営業所長として赴任したときの経験からです。営業経験もないままに営業所長を務めることになった私は、営業に関してはまったくの素人でしたから、なんとか仕事を覚えようと、3カ月間、とにかく現場を自転車で走り回りました。
すると、成績優秀者の担当する売り場でも、本来放っておいても売れるはずの売れ筋商品の品切れ状態と、売れない商品の不良在庫の山が多数発生していることに気づいたのです。つまり、成績優秀者だからといって、必ずしもやるべきプロセスをきちっとこなしているとは限らない。ということは、逆もまた真なりだと思い至りました。
斉藤:頑張りが成果に直結していないケースも同じくらいあるはずだということですね。
浅井:かわいい部下たちに正しく報いてやりたいと思いました。さして頑張ってもいないのに、たまたま運良くいい成績を出した人を報いたら不公平でしょう。頑張っている人のその頑張りに対して、フェアに、誠実に報いてあげたかった。それには、彼・彼女が明日の売上のために今日どれだけ頑張って活動したかを、しっかり見届ける必要があるんです。
斉藤:浅井さんが赴任する前は、高崎支店の営業員らも事実上、成果のみで評価されてきたわけですよね。いきなり評価方法を変えるというか、正確には、制度に則した本来あるべき方法に戻すわけですが、実践するのは簡単ではないように思えます。
浅井:ですから私はまず、彼らにこう提案しました。
「どんなに努力を重ねていようと、成績が良くなければ評価も低い。そういう方法を"A案"としよう。一方、成績だけでなく、日頃の取り組みも含めて両面から総合的に評価する方法を"B案"としよう。どちらがいいか、選んでくれ。成果一本で勝負させてくれと君たちがいうなら、自分は一切口出ししないから、好きなようにやってくれればいい。いや、成果だけで判断しないでほしい、日頃の取り組みも評価に反映してもらいたいというなら、君たちの悩みに耳を傾け、一緒になって戦うつもりだ。好きな方を選んでくれていい。君たちが選んだ方に自分は従うから」
すると、見事に全員が"B案"に手を挙げました。
斉藤:全員が、ですか。一人くらい「いや、俺は"A案"じゃなきゃいやだ」とかいう人がいそうなものですけどね。それにしても、当事者自身に選んでもらうという発想自体が素晴らしい。
浅井:営業員には営業のプロとしてのプライドがあります。結果がすべてだ、成果一本で勝負したい、お前みたいなド素人に関わってほしくない、という人がわずかでもいれば、その人たちにはお望みのように対応するつもりでした。そのほうが彼らをより駆り立てるのだとしたら、そうすべきだと。本社からどういわれようと、貫く覚悟をしていました。でも、誰も"A案"には手を挙げなかったんです。
■プロセス評価の方法も、部下自身に決めてもらう
斉藤:評価される立場の部下が選んだということは、成果とプロセスの両面から評価する仕組みは、然るべき適切なスタイルだったということでしょう。とはいえ、「プロセスを適正に評価するにはどうしたらいいか」という課題が残っています。営業員全員の働きぶりを常に追うことはできませんから。
浅井:そこで私はこう続けました。
「君たち一人ひとりに、私から、君はここをこういうふうに頑張りなさい、そうしたらこういうところをこういうふうに評価するよ、と事細かに指示することは不可能だ。それに、どうせ私に見てもらうならここを見てほしい、という部分が君たちにもあるだろう。だから、何を見てもらいたいのか、どこを評価してもらいたいのかを、君たちで話し合って決めてくれ」
すると、営業所長や営業員らが徹底的に話し合いを重ね、自分たちが一生懸命やるべきことは何なのかを具体的に考え始めました。君たちでやってくれと言いはしたものの、野放図にするのではなく、私も要所要所で加わってアドバイスなどはしました。ですが、基本的には彼らが主体となり一体となって、「実践すべき基本行動」をまとめ上げました。これがのちのち、大きな意味を持ってきました。
斉藤:自ら決めた基本行動にもとづいて働く。営業員が自律的に動く組織へとシフトしたわけですね。
浅井:命令されたことに対しては、人はそれ以上のことをしようとしません。上司からやれといわれたら、指示内容に疑問や違和感を感じていたとしても、やれというから命令通りにやっただけ、失敗したって自分の責任じゃない、という気持ちが働く。他責にしてしまいます。でも、自らがこうしようと決めた、自己宣言したことについては、行動を随時振り返って軌道修正をかけ、達成できるように努めるでしょう。
また、自らが「自分は今期はこれを頑張る。目標点はここだから、実際の達成度を見て点数をつけてほしい」と評価してもらいたい部分と方法を決めているのも重要なポイントです。私の主観だけでプロセスを評価したら、「浅井はなんで俺にこんな低い点数をつけるんだ」「自分の努力がまったく評価に反映されていないじゃないか」と不平不満が噴出したでしょう。でも、本人が決めた評価方法にもとづき、そのルールに誠実にジャッジすれば、たとえ悪い点数をつけられようとも本人も納得ずくですから。
斉藤:上司が独断で決めた基本行動だったら、決してうまくはいかないでしょう。この方法なら、プロセス評価に上司が頭を悩ませることもない。一石二鳥です。部下の評価業務を憂鬱に感じているミドルマネージャーたちは、「人事評価が難しいのは、ウチの会社の制度がよくないからだ」と考えているかもしれません。
でも浅井さんはむしろ制度に則ることで、評価業務を取り巻く不透明さ、煩わしさを払拭し、上司と部下、お互いが気持ちよく評価を受け止められる環境を整えました。
浅井:制度は悪くないんですよ。使う側が、正しく遂行できていないだけです。私は、仕事を通して人から教わったことや、ふと気づいたことを長年ノートに書き留め続けているんですが、当時の走り書きに、こんな趣旨の一節があります。
「変えなくちゃいけないのは制度じゃない、我々の方だ。我々が変えるべきことは山のごとくある」
自分にとって、非常に大きな気づきでした。
■事実に忠実に評価した結果は散々なもの
斉藤:事実を忠実に見るようにした結果、高崎支店の営業員のプロセス評価はいきなりこぞって上昇したと。
浅井:いえ、残念ながら、まったく逆です。JTでは半年ごとに人事評価を行いますが、私が赴任して半年後、初めての評価は、それはもうズタズタでした。そこまで悪い評価をしなくてもいいんじゃないのというくらい、ことごとく悪い評点を私はつけました。31支店中25位より上の成績をとったことがない支店だけあって、プロセスのクオリティも低かった。
そのときに私は、上層部にこう話しました。「彼らがこんな散々な評価に陥った責任は、彼ら以上に我々管理職・マネジメントの側にある。翌期もこんな事態になるなら、我々は退陣すべきだ」。部下の育成に真剣に取り組んでこなかったツケがこの結果だ、これは我々の責任だ、と思いました。
...支店長就任後、最初の人事評価の成績は散々なもの。それがさらに1年後、なぜ会社史上初の好成績を打ち出すことになったのでしょう。次回に続きます。
(構成・文:石橋真理)
プロフィール紹介:浅井 浩一(あさい こういち)
1958年生まれ。大学卒業後、JT(日本たばこ産業)に就職。「勤務地域限定」の地方採用として入社。「どんなにがんばっても偉くなれない立場」から、キャリアをスタートさせる。日本一小さな工場勤務での、きめ細かなコミュニケーションを通じた働きぶりを買われ、本社勤務に。その後、営業経験がまったくない中で、全国最年少所長に抜擢され、リーダーとしての一歩を踏み出す。
「一人の落ちこぼれも作らず、チームが一丸となるマネジメント手法」により、職場再建のプロと称され、歴代最年少の支店長に大抜擢。31支店中25位より上位の成績をとったことがなかった支店を連続日本一に導くなど、数々の偉業を達成。
2001年より日本生産性本部(経営アカデミー)で多くの企業幹部を指導。マネジメントケアリストとして現在、「人の本質に根ざしたマネジメントの実践」をメインテーマに、業種を問わず、数多くの企業、大学、ビジネススクール、各種業界団体、NPO団体、行政機関等で幅広く講演、コンサルティング、学会での提言活動等を行う。
著書「はじめてリーダーになる君へ」(ダイヤモンド社)はAmazonリーダーシップ部門で1位を獲得。
【浅井浩一 ✕ 斉藤徹 対談シリーズ 〜悩めるミドルマネージャーたちへ〜】
- その1:マネジメントは人間力だ
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