無差別射撃を逃れ 住民多数が避難
ジュバでの殺害に関して恐ろしい証言が集まっているが、これは氷山の一角かもしれない。政府当局者は、政治的立場のいかんにかかわらず、民間人への更なる人権侵害を防ぎ、高まる民族間の緊張を速やかに緩和するために緊急対応を行うべきだ。
ダニエル・ベケレ、アフリカ局長
(ナイロビ)-南スーダンの首都ジュバで起きている武力衝突で、政府軍は人口密集地域で無差別射撃を行うとともに、特定の民族の住民を標的にしている。2013年12月15日から発生した武力衝突で民間人が多数死亡しており、目撃者や被害者らは、政府軍兵士がヌエル人を標的にしている、と指摘する。
ディンカ民族のサルバ・キール大統領とヌエル民族のリヤク・マシャール前副大統領の緊張が高まり、今回の戦闘は始まった。被害者や目撃者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、スーダン人民解放軍(SPLA)の政府軍兵士と警察が、住民に何民族かを尋ね、ヌエル人だけを射殺していると述べた。国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)の敷地内に1万6千人以上の住民が逃げ込むなど、多数の住民がジュバ脱出を余儀なくされている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのアフリカ局長ダニエル・ベケレは「ジュバでの殺害に関して恐ろしい証言が集まっているが、これは氷山の一角かもしれない」と指摘。「政府当局者は、政治的立場のいかんにかかわらず、民間人への更なる人権侵害を防ぎ、高まる民族間の緊張を速やかに緩和するために緊急対応を行うべきだ。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチには、ディンカ民族住民がジュバとボルでヌエル人兵士に標的とされた可能性がある、という報告も受け取っている。ボル市では12月18日に激しい戦闘が起きた。武力衝突は南スーダンの他地域にも拡大の模様だ。
今週ジュバで亡くなった人の総数は不明だが、戦闘が起きた際、銃撃戦に巻き込まれるなどして、様々な民族の民間人が亡くなっている可能性が高い。
「すべての陣営が特定の民族を標的に攻撃を行う結果、報復攻撃で衝突が激化することを強く懸念している」と、前出のベケレアフリカ局長は述べた。
住民たちはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、政府軍兵士が近所に入り込んで無差別発砲を行い、民家に押し入っていると述べた。
あるヌエル人男性はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、親戚と友人の計7人(全員男性でヌエル民族)が12月17日午後、ジュバ市内のグデレ(Gudele)地区で、敷地に押し入った兵士に殺害されたと述べた。そこにはヌエル人男性15人が隠れていた。死者のうち2人は、兵士が敷地から建物に入るときに敷地内から銃撃された。残り5人は、窓から逃げ出そうとして射殺された。「銃撃後に敷地に戻ると遺体があった」と、この目撃者は述べた。「このほか複数の男性が飲料水タンクに隠れていたが、うち1人がこのとき射殺された。」
アフリカ東部出身のある女性はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、女性と子どもなどヌエル民族の民間人15人が、12月16日にグデレ地区の民家で殺害されたと述べた。「銃撃中は身を隠していたので、遺体発見は銃撃後だった」とこの女性は述べた。「遺体は放置されており、ディンカ人からは動かすなと命じられた。」 この女性は、12月16日のグデレでの戦闘の際、ディンカ人とヌエル人双方の武装した男たちが、別々に民家を回り、相手民族を探していたようだったと述べた。
また、ヌエル人の閣僚サイモン・ニャン・ラム(Simon Nyang Lam)師が、コール・ウィリアム(Khor William)地区の自宅から兵士により外に連れ出されて殺害されたという情報も、3名の別々の独立した情報筋からもたらされた。ただし3名とも現場にはいなかった。サイモン・ニャン・ラム師の家族の一人は「師は、自分は聖職者だから平気だと考えていたんです」と語った上で、サイモン家の男性1人が、アマラト(Amarat)地区の自宅から連れ出され、身体検査後にその場で射殺されたとも述べた。
また、あるヌエル民族の男性は、12月16日午後にジュバのニューサイト(New Site)地区で、兄弟2人を兵士に殺害され、国連ミッションに逃げてきたと話した。兵士が家の敷地に押し入り、兵士ではあったものの武器も携行せず私服だった2名を射殺。兵士は別の親族(その人は民間人)にも発砲して負傷させ、連れ去った。この男性は「連れ去られた親族がどこにいるのか所在はわからない」と述べた。
目撃者らはヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、ジュバの兵士たちは、人を殺害あるいは釈放する前に民族を尋ねていることがあり、また顔の傷から民族を判断することもあると述べた。あるヌエル民族の男性はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、12月16日の朝、ミシャフ・サバフ(Misah Sabah)地区の自宅のすぐ外で、兵士がいとこと民間人2人を射殺したと述べた。本人はベッドの下に隠れて無事だった。この男性は「断末魔の叫びが聞こえた」と話す。別の男性も、最初の男性とは別個に、この3人の射殺現場を目撃したと述べた。そして「かれらは『お前らはディンカか、ヌエルか』という問いかけに答えなかったら射殺された」と話している。
別のヌエル民族男性は、12月17日にジュバのジェベル(Jebel)地区の自宅に兵士がやってきて、叔父と親族1人(2人とも商人)を射殺して遺体を持ち去ったと話している。この男性は「殺されたのはヌエル人だからだ。かれらは、この印[顔の皮膚に刻まれる伝統模様]があるのを確認して殺すんだ」と述べた。また「隠れていたわれわれだけが助かった」と話している。
あるディンカ民族の男性は、車で検問所を通過しようとして警官に停車を命じられた時の様子をこう述べた。「ヌエル語で挨拶があったので、ヌエル語で返した。すると外に出ろと言われた。銃を頭に突きつけられ、膝まずくよう命じられた」。この男性は、警官に身分証明書を提示し、ヌエル人ではなくディンカ人であることを納得させ、ようやく解放された。
様々な民族の民間人に、銃撃戦や戦車が原因で死傷者が出ている。戦車は複数の地区で使用されている。ある援助関係者は、ヌエル人でない女性が兵士に射殺されたときの様子を説明した。ロロゴ(Lologo)地区の戦闘から人々が逃げていたときの出来事だった。「彼女はわれわれの後を走っていて撃たれました」とこの援助関係者は述べた。そして「[彼女と一緒にいた]子どもたちはどうなったんでしょう。わかりません」と話す。
住民たちは、戦車が民家に突っ込んだ2つの事例の様子を述べた。あるNGO職員はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、「私は運が良かった。家がつぶされる直前まで自宅にいたんですから」と述べた。ある援助機関スタッフは、2人の男性(父親と息子)の「ぺちゃんこになった」遺体を見たと話した。また目撃者からの話として、ある戦車が2人を轢いたと聞かされたと言う。ジュバ研修病院を訪れたある公務員は、戦車に引き潰された女性1人の遺体を見たと話していた。
12月18日現在、ジョングレイ州の州都ボルやピボルなど南スーダンの複数の地域で、戦闘が起きていると報告されている。戦闘の拡大と民族間の緊張の高まりにより、ディンカ民族も標的となるかもしれないと懸念される。
ジュバの報道機関で働くディンカ民族の男性は、ボルにいる家族から12月15日にヌエル人兵士によって親族2人が殺害されたと伝えられたと話す。ジュバで戦闘が発生した同じ日の夜のことだ。援助関係者や専門家は、ヌエル民族の戦闘員による報復攻撃がボルで起こるかもしれないと危惧している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチには様々なひどい報告が寄せられている。例えば、政府治安部隊がジュバのジェベル(Jebel)地域の診療所から、推計約200体の遺体を運び出したのを直接目撃したとの情報が寄せられた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは現時点ではこの報告の信憑性について検証できていない。しかしFM局ラジオ・タマズジ(Radio Tamazuj)は、遺体を乗せた何台ものトラックが軍病院から別の場所に移動するところを見たという目撃証言を複数報じている。遺体のほとんどは兵士だったという。
政府当局は、施設内で死亡した者全員について、埋葬前に写真撮影と文書での記録を行い、家族が確認できるようにしておかなければならない。
12月17日、政府当局者は、政治家10人を「クーデター未遂事件に関連して」逮捕したと述べ、現在「逃亡中の」4人を逮捕する計画であると付け加えた。当局は、逮捕した者全員について、南スーダン法と国際人権法が保障する、すべての適正手続きに関する権利を確実に与えるとともに、逮捕した者全員を必ずすみやかに起訴あるいは釈放すべきだ。
戦闘が起きたきっかけは依然不明である。キール大統領は12月16日に、今回の武力衝突は7月に自身が解任したマシャール氏によるクーデターだと述べた。しかしマシャール氏は、政権奪取を図ったことはないとの主張を続けている。信頼性の高い消息筋によれば、大統領警護隊内部の衝突が、武力衝突の引き金になった可能性がある。両氏の対立関係は、スーダン南部での長い内戦の間に起きた、反政府勢力スーダン人民解放運動(SPLM)の過去の分裂にさかのぼる。このために、南スーダンの2大民族であるディンカとヌエルはお互いに反目し、大量の死者を出してきた。
武力衝突による死者の数は不明だが、ある国連幹部によれば、推計で500人またはそれ以上とのこと。赤十字国際委員会は12月17日に、戦闘開始以降300人以上が主要な民間病院と軍病院に収容されたと発表した。ある国連職員はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、国連医師団は、銃撃によって負傷し、国連の敷地内に逃れてきた民間人30人以上を治療したと述べた。
前出のベケレ アフリカ局長は「南スーダンの指導者、とくにサルバ・キール大統領とリヤク・マシャール氏は、あらゆる手段を尽くして、指揮下の兵士に対し、市民への人権侵害、特に民族を理由にした人権侵害を停止させるべきだ」と指摘。「また国連ミッションは、ジュバはもちろん、ボルなど一触即発の状況にある地域で、民間人保護のマンデートを完遂し、積極的にパトロールなどを行うべきだ」と述べた。
(この記事は、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」で12月19日に公開された記事の転載です)