日本の会社には「遊び」がない-パトレイバー作者・ゆうきまさみ氏が語る組織論

機動警察パトレイバー、鉄腕バーディー、白暮のクロニクルなど近未来SFを数多く手がけてきたマンガ家ゆうきまさみ氏。

機動警察パトレイバー、鉄腕バーディー、白暮のクロニクルなど近未来SFを数多く手がけてきたマンガ家ゆうきまさみ氏。80年代から現在に至るまで、人気作を次々と生みだしてきた氏の作品に、HRナビ読者も親しんだ人が多いはずだ。

氏が描く世界では、皮肉の効いたギャグを交えながら、ちょっと世間からはズレた、けれども優秀なチームが困難な問題を解決していく様が丁寧に描かれている。ゆうきまさみ氏は、なぜ魅力的なチームや上司を描き続けることができるのか? そこにある本質は何か?マンガ、アニメ、映画と現在も人気が続く機動警察パトレイバーの話題を中心にじっくり話を聞いた。

『機動警察パトレイバー 劇場版』(1989年公開)より。人型作業機械「レイバー」と警視庁特車2課の活躍が描かれる。劇場版は他に2作品、TVアニメシリーズは動画配信サイトで一部無料視聴も可能。(販売:バンダイビジュアル・発売:2008年7月2日・ (c)1989 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA)

僕は「コミュ障」なんです

アトリエで取材に応じてくれたゆうきまさみ氏。

――先生の作品には魅力的なチームと上司が描かれていて、そこに惹かれるという読者が多いと思います。

ゆうき:ありがとうございます。でも実は僕は昔からいわゆる「コミュ障」の傾向があるんですよ。組織、チームで何かするっていうのが苦手で・・・・・・。子どものころも友達を部屋に呼んでおきながら、なにもせず僕は黙々と絵を描いている、ということがあって、母親に怒られましたね(笑)

――そうだったんですね。別に邪険にするつもりではなくて?

ゆうき:ええ(笑)

――部活とかは?

ゆうき:写真部ですね。そこでも一部員でしたね。でも、僕の中で何か「憧れ」のようなものがあって、組織やチームで何かをするような世界を描くのかもしれないなあ。

――孤独なヒーロー、ヒロインは逆にあまり描かれないですよね。

ゆうき:だってやだもん(笑)。孤高の○○って何かいまいちピンと来ないんですよね。1人で何でも出来るわけないじゃんって。まあマンガで、そんなリアリティ追求する必要なんてないかもしれませんけどね(笑)。

――読者もまずゆうきまさみ作品の「上司」としてイメージするのがパトレイバーの後藤隊長と言う人が多いと思います。

特車2課第2小隊を率いる後藤喜一。普段は昼行灯だが、「カミソリ後藤」の異名を持つ。(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

ゆうき:そのようですね。ああいう上司だと苦労すると思うんですけどね(笑)

――そして、レイバーを操縦するフォワードと、それを指揮車からサポートするバックアップという設定がとても効果的に物語で活かされていたと思います。例えば、後藤隊長が、レイバー好きの泉と、実はレイバーのメーカーの御曹司である篠原をパートナーにした組み合わせの妙というか、キャラクターの配置には唸らされました。

コミックス最終巻表紙より。左がパトレイバーを操縦する泉野明(フォワード)、右が指揮車に乗る篠原遊馬(バックアップ)。

ゆうき:あの設定は、ヘッドギア(※ゆうきまさみ氏・出渕裕氏・高田明美氏・伊藤和典氏・押井守氏によるユニット)のみんなで話し合った結果ですね。その結果を伊藤さんが中心になってまとめてくれてます。

――なるほど。それにしても、少し意地悪な質問かも知れませんが、先生自らコミュ障だと仰るにも関わらず、そういったチームとかリーダーを描くのに困ったということはないのでしょうか?

ゆうき:あまり困らなかったですね。映画とか小説とか、そういったフィクションから学んできた――でも「この作品のこのエピソードから」ということではなくて、たくさん見ていく中で自分の中で蓄積があって、そこから無意識に紡ぎ出されるという感じかな。

――逆に実体験に基づかないからこそ、理想的なチームが描けるのかもしれないですね。

ゆうき:それはそうかもしれないな。実録ものとか、ノンフィクション的な実体験に基づくものって僕、あんまり書く気がしないんですよ。観たり読んだりするのは好きですけどね。自伝的なものにしたって僕みたいな人間を描いてもつまんないでしょ(笑)。

――いえいえ(笑)いつかは読みたいですよ。チームで問題を解決するというのは、当初の構想にあったんですか?また取材などはされたんでしょうか?

ゆうき:それは警察という組織を描くという設定から自動的にそうなりましたね。そして僕は取材はしていないです。まさに本や映画で得た知識をつなぎ合わせてますね。特車2課の課長や第1小隊の南雲隊長は真面目で官僚主義的な一方、第2小隊の後藤さんやその部下たちは真面目じゃないけど、柔軟な発想で臨機応変に事件を解決していく・・・・・・。

「ゆとり」が生んだ第2小隊

歴史小説では司馬遼太郎を良く読んだというゆうき氏。「あれ、装丁をラノベっぽくしても行けるんじゃないですかね(笑)」

――ところで実際、ああいう独立愚連隊が活躍するというのは現実的にあり得ると思いますか?

第一話では第2小隊は「ザ・ライトスタッフ【あっ軽い人びと】」と銘打たれている。(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

ゆうき:警察だと・・・・・・うーん、難しいかもしれないですね。でも民間ならあり得るかな。でもあれも80年代のいわゆる「ゆとり」が生みだした組織だと思うんですよ。

――ゆとりが、ですか?

ゆうき:そう。その後の失われた20年で僕たちって余裕とか「遊び」の部分を無くしてしまったと思うんですね。これを切り詰め、あれを切り詰め・・・・・・で。バッファになるようなものを切っていってしまった。それで、何か想定外の事が起こるとカタストロフに陥ってしまう。

――なるほど。そうならないための組織の安全弁のようなものですね。

ゆうき:「遊び」の部分があるのが大事ってことですよね。日本の会社でも不景気にもかかわらず伸びているところって、そういうチームを抱えてますよね。逆に日本の家電メーカーなどは、そういう部分をどんどん切り捨ててしまっているんじゃないかなって思います。

――グーグルはかつて就業時間の20%を自分の研究などに充てられる制度を持っていたりもしましたね。

ゆうき:組織が丸ごとそういう仕組みを持っていたのは珍しかったかもしれないですね。「はみ出し刑事」的なものは一杯あったとは思いますが。1人が突出してはみ出しているよりは、チームでみんな一人一人が、「少しずつ」はみ出している方が、まあ――レイバーのような空想科学を描いた作品ですから、キャラクター一人一人にリアリティを持たせないとストーリーが保たないというのもあるんですが(笑)。

落ちこぼれ警官を自称する第2小隊だが、時には警察組織を「利用」しながら難事件を解決していく。(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

――でもそれって現実の組織にも通じる話かもしれないですね。

ゆうき:それは分かんないです(笑)。でも、普段何しているか分かんない人を養っているってことが、会社を大きく見せるという部分はあるかも知れませんね。

――第2小隊でいえば、進士さんなんかは極めて常識人だけど・・・・・・。

ゆうき:でも彼は民間から転職してきたという設定で、警察組織から見るとやっぱりちょっと異質なんですよね。そして、ちょっと変わったメンツ揃いの第2小隊の中でも、ちょっと浮いているという(笑)。

――警察組織には納まるかもしれないけど、ああいうチームの中にいると俄然際立つんですよね(笑)。僕は一番好きなキャラだったりします。

ゆうき:それまでのマンガの作り方からすると、猪突猛進型の太田みたいなのが主人公なんですよね。僕はでも太田みたいなのが苦手なので、主人公にしませんでした(笑)

熱血漢の太田は、猪突猛進。市街地での発砲も厭わない。(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

――苦手(笑)

ゆうき:ちばてつや先生の作品に「ハリスの旋風(かぜ)」という作品があります。それに「メガネ」というキャラクターが出てくるんですけど、僕は主役でありヒーローだけど大暴れしてあちこちに迷惑をかける石田国松よりも、彼を慕う「メガネ」の方に共感を覚えるんです。だって石田国松って周囲にいたら迷惑じゃないですか(笑)

――話を派手に転がしてくれるのは有り難いかもですけど、確かに現実だと太田さんも近寄りたくない感じはします(笑)

後藤さんは理想の上司?

「僕は揉みくちゃにされちゃう方に共感します」

――第2小隊の中にご自身を投影されてるキャラがいたりしますか?

ゆうき:特に誰っていうのはなくて、それぞれに自分の中のものを少しずつ分け与えていますね。一言では難しいなあ。(篠原)遊馬とかは近いかな。

――そんな感じはします。ちょっと事態を引いてみている感じだけど、ここ一番では熱いというか(笑)。ちなみにネットでも時々引用される劇場版パトレイバー2で、後藤さんが「だから!! 遅すぎたと言っているんだ!!」と激高するシーンがありますが。

ゆうき:あれは、僕のイメージする後藤さんとはちょっと違うね。あれは完全に(劇場版監督の)押井さんの中の後藤さん。僕の中の後藤さんなら顔色を変えずに淡々としているかな。でも、ああやって怒鳴ったから今も語り継がれているのかもしれないし、何がベストなのかは分からないですね。

――まあ、たしかにあそこまで状況が進んでしまっている(自衛隊の反乱部隊が東京の情報網を寸断してしまった)中で、怒鳴っても何も好転しないので、ちょっと僕もあれ?って思ったりも。

ゆうき:後藤さんのイメージとしてはもちろん「こんな上司だったら良いんだろうな」っていうのは考えながら書きましたけども、あそこまで理想の上司として持ち上げられるとは思わなかったですね。

――日本人は好きなのかもしれないですね。大石内蔵助的な、昼行灯みたいな。

ゆうき:今度出た文藝別冊に羽海野チカさんらとの対談も収録されていますが、羽海野先生は後藤さん大好きなんですよね。長いマフラーを巻いてアニメの「2課の一番長い日」で出てくるんだけど、あれは必殺シリーズの中村主水だよねって話をしていて(笑)。でも確かに大石内蔵助が源流なのかもしれないですね。

「ゆうきまさみ 異端のまま王道を往く」 (文藝別冊/KAWADE夢ムック))

――でも、ああいう人について行っちゃうと、自分の出世の道は絶たれちゃいますよね。人身御供にされたりもするし(笑)

時には部下だって利用する後藤隊長(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

ゆうき:酷い上司ですよ、あの人は(笑)。少なくとも出世したい人には向いてない。でも面白い事をしたい人には向いているかな。でも面白いだけでは出世はできないですからねえ。

日本人は目標との向き合い方が苦手

――普段はバラバラで面白いことをやっていて、でもそこで「あいつだったらこうするだろう」といった阿吽の呼吸が生まれて、いざ不測の事態、カタストロフな状態に陥った時に、対応ができるということなのかもしれないですね。

ゆうき:みんな違うことができるっていうのが良いんだと思うんですよね。

――みなが同じ事を同じようにできる、のではなくて、ですね。

ゆうき:そう。たぶん日本人が苦手なのは目標設定なんですよ。そりゃ、会社とかでも売上目標とかはありますよ。でも、それが本当に達成すべき目標なのか?取り敢えず10億って言っておけば、半分くらいは達成できるだろう、的なことになっていないか(笑)。その辺が曖昧なんじゃないですか?

目標に対する曖昧さが日本人の弱点?

2002年に「パンゲアの娘 KUNIE」が打ち切りになってしまって、することがなくて日本で開催されたサッカーのワールドカップをずっと見てたんです(笑)。その時、日本代表がどこまで行けるか?ということにみんな不安だったはずなんですよね。その前のW杯では一勝もできなかったんですから。当初、監督や協会はグループリーグ優勝までを目標として体制作りをしていました。で、グループリーグを突破して目標は達成したんです。

――そうでしたね。

ゆうき:本来であれば「よくやった!」と監督やチーム、関係者を褒めるべきだったのに、その後トルコに負けて、ベスト8まで行けなかったので、叩かれてしまったんですよね。あれはおかしいんですよ!

――たしかに。想定外のラッキーだったわけですからね。

ゆうき:目標を立てて達成したら、そこで一回リセットというか、そこからは違う世界、予定外なんだという見方をしないと、ああいう事が起こっちゃう。一番良くない事として、目標を達成して欲をかく、ということが起こりがちなんですよね。

――真珠湾攻撃が成功した後、すみやかに講和にという目標から、もしかするとアメリカに勝てるかもしれない、となった歴史を彷彿とさせます・・・・・・。「じゃじゃ馬グルーミンUP!」など先生の作品では、所与の目標を達成した後は、欲を出さない様子が確かに描かれていますね。

ゆうき:そのあたりは自分の考えが反映されているかもしれないですね。

――後藤さんなんかもそうですよね。目標達成したらさっさと撤収みたいな(笑)

ゆうき:とりあえず、もうそれで「お疲れさん」なんですよ。まあ、W杯の場合はそれで終わりって訳には行かないとは思いますけどね。それにしたってね。大会前とグループリーグ突破後の世間の掌の返しっぷりといったらね・・・・・・。

――それも、目標が軽く扱われているというか、単なるお題目に普段からなっているからかも。後藤さんは実は何が重要で何がそうでないかを明確に見定めている。

ゆうき:そうかもしれないですね。マンガの終盤で泉がシリーズ終盤の敵となったレイバー「グリフォン」に対して「逃がさなければ勝ちだ」と喝破するシーンを用意したんです。それは彼女が後藤イズムを体得したことの現われだったわけです。

敵レイバーを倒すのではなく、停めたことで「勝ち」だったと話す泉野明。(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

――なるほど!でもそういう後藤さんのもと、目標を達成し続けるチーム第2小隊は組織としては傍流に置かれ続けるというのは皮肉ですね。

「負けた人列伝」を僕は描きたい

ゆうき:目標をきちんと定めて共有する。所与の目標が達成されたら、そこでちゃんと1回評価しましょう、ということですね。もっと小さなレベルで言えば、「じゃじゃ馬グルーミンUP!」で主人公の駿平が「親父が褒めてくれたことがない」って言い放つじゃないですか。あれですよね。

――父親は「お前はもっとできるはずだ」という信念のもと、良い成績を取っても褒めてくれないんですよね。そんな駿平にとって、牧場は馬を育てあげるという目標がとても明確で心地良い場所だった・・・・・・。小さなレースに勝っても、その度に祝勝会を開く様子が繰り返し描かれてましたね。

ゆうき:そういう場での「よくやった」という一言が大事ですよね。そこで「次へ、次へ」と休み無くやっていると疲れちゃうし、組織としての「遊び」が無くなって行ってしまう。あの牧場の目標はダービー馬を出すことじゃなくて、もっともリアリティのある目標として、生産馬を競馬場に送り出すことなんですよ。

――そこから先は主に調教師の仕事ですしね。

ゆうき:そうなんですよ。

――少年マンガにありがちな敵を倒したらまた更なる強大な敵が、という展開をある意味僕たちは刷り込まれて、望んでしまっているのかもしれないですね。

ゆうき:もちろん、そういう局面とか野望、野心も大事なことではあるとは思うんですけどね。後藤隊長みたいな人が主人公だと少年マンガとして成り立ちませんから(笑)。「オラもっと強い奴と戦いたい」と言う風に、自分が定めた目標なら良いんですよ。でもそれを評価する側は違う視点をもたないといけない。

――でも、現実に次から次へより大きな敵(目標)を求めちゃうと。

ゆうき:疲れ果てちゃう人の方が多いでしょうね。どんな社会でも勝つ人よりも負ける人の方が圧倒的に多いんですよ。だから、負けたときどうするか、というのを僕はずっと考えているのかもしれない。

――パトレイバーでも最終巻で、負けた側が丁寧に描かれています。

ゆうき:僕は、いつか「負けた人列伝」みたいな作品も描いてみたいと思っています。人生訓として役に立つのは勝者の言葉ではなくて、絶対に敗者のそれですから。歴史に名を残す、戦いを勝ち抜いた英雄の影には山のように負けた人達がいるんです。彼らは能力に劣っていたのか、といえば、そうではなかったはずなんですよね。

――第2小隊も多くの事件で、完全勝利はしていないですよね。

ゆうき:全然していないです(笑)。ジャンプ的な世界観からすれば、全然勝ってない。むしろ負けているという風に見えるかもしれない。その煮え切らない感じが僕のマンガの特徴かなとも思っていますが。でも、最近ようやく自分でも確信できるようになったのが「似たマンガってないよね」っていうことかな。

――確かに。煮え切らなさというか、報われ無さといえば、自分としては「カムイ伝」ですが、それに通じるものを感じます。

ゆうき:僕は白土三平先生ほど厳しい人生を歩んでないので、そこまで徹底していないですけどね。でも、中学生の時に借金が原因で父親が失踪してしまったりはしたんですね。そこで思い知ったのは、その頃、子どもだった自分はホント無力だったこと、そしては母方の祖父が健在で収入もあったことの幸運ですね。逆にいえば、人生はちょっとしたことで簡単に暗転する。そんな感覚がベースにあるかもしれない。

マンガ家になったのだって、子どもの頃マンガを熱心に描いていた従兄弟の影響ですからね。彼にマンガを読むだけじゃなくて、描くことの面白さを教えてもらったようなものです。そんな彼はマンガを描く道に進まず、僕が何故かマンガ家になったのだから不思議です(笑)。気がついたらマンガ家になっていた。運ってあるんだと思いますよ。

最終話のタイトルは第一話と読みは同じだが、「THE RIGHT STUFF--正しい資質-」。(Ⓒゆうきまさみ/小学館)

自分は文化系の部室モノを描き続けていて、そこが世の中のニーズとあっているのかも、とゆうき氏はインタビューの終盤語った。試合をすればこっぴどく負けることもある、と同時に部室は遊びの空間でもある。目的は個々の部員がそれぞれ持っていて、皆が少しずつ違う特徴、特技を保つ。そんなバラバラなメンバーをまとめ上げる、部長や顧問がいて・・・・・・そんな空間には色々なヒントが隠れていると言えそうだ。ゆうきまさみ作品をそんな視点から読むと新たな発見があるかもしれない。

(2015年7月30日「HRナビ」より転載)

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