天に栄える村レビュー、消えないのはセシウムか風評被害か

311以来、見えないものに恐怖する人が増えた。具体的な放射性物質汚染のことだが、見えないもの、確信の持てないものには人はやはり過剰に恐怖してしまうものだと改めて感じました。

311以来、見えないものに恐怖する人が増えた。

具体的な放射性物質汚染のことだが、見えないもの、確信の持てないものには人はやはり過剰に恐怖してしまうものだと改めて感じました。

放射性物質に限らず、例えばハンセン病の感染力は今ではとても低いことがわかっていますが、まだそのことが十分に知られていない時代は、感染への恐怖はハンセン病患者への差別を引き起こす結果になりました。人間社会の歴史にはそんな例は枚挙に暇がないのでしょう。

人間の歴史には、そういう見えないもの、分からないものに対する恐怖から生まれる差別や悲劇がたくさんあります。その度に誰かが立ち上がって、それを分かるようにしてくれて、恐怖を克服して今の世の中があります。

ドキュメンタリー映画「天に栄える村」は、福島県天栄村の農家の方たちの、311以降の米作りの苦闘を描いた作品です。天栄村の農家で構成される天栄米栽培研究会は2007年に結成され、米の美味しさを競う「米食味分析鑑定コンクール」に2008年から2010年までで3年連続の金賞を受賞していました。しかし2011年も金賞を、と意気込んでいる最中に東日本大震災と原発事故が発生。福島第一原発から70の距離がある天栄村ですが、風の流れに乗って村の田畑も汚染されてしまいます。

もうここでは農業を営なむことができないかもしれない。研究会のメンバーだれもが一度はそう思いながらも、諦めずに「安全」と美味しさを共存できる米作りを諦めずに、研究に取り組み、ついには2011年のコンクールでも金賞を受賞します。もちろん放射性物質は未検出を実現して。

しかし、それでも米が売れない。研究会の方々は放射性物質の除去の研究の努力の他、米の安全性を伝えるための説明に奔走することになります。

セシウムは除去できても、風評被害は消せないという現実。しかし、その現実にも天栄村の農家は諦めることなく不断の努力を続けています。この映画はその農家の方々の記録です。

この映画に登場する農家の方々は、放射性物質の専門家ではもちろんありません。しかし慣れない科学用語に四苦八苦しながら、農地を何とかしようと自ら調査し、解決策を調べ、専門家を招聘し、徹底的な研究をします。セシウムを吸着するゼオライトをまいたり、プルシアンブルーを散布し、源流水の汚染状況をチェックし、プルシアンブルーをしみ込ませた布を配置し、田畑に流れ込む見るの浄化に務めるなど、努力を重ね、収穫された米の検出結果は全袋未検出。

事故直後は農家の方でさえも、奥さんと小さい子供を避難させていたし、ほとんど自給自足の生活をしていた家族が初めて野菜をスーパーで買うなど、農家の家族でさえ抵抗があった地元の食物も、検査の結果がわかるにつれて食卓に並べられるようになります。

東京から農作業を手伝いに来てくれる消費者もいます。不安がないと言ったら嘘になるが、自分たちにやれることはやりたい、それで最後は農家の方の判断に任せます、と東京から来た主婦の方は言います。汚染に対する不安もあるが、顔の見える関係の信頼関係もまた同時にある。放射性物質は見えなくとも、彼らの努力と真摯な姿勢は見えている。この映画はそんな生産者と消費者の信頼の物語でもあります。

未検出とはなりましたが、今までとは違うやり方で作った米は今までのような味を保てるのか。いくら安全でも美味しくなければ売れなくなります。天栄米栽培研究会は、2011年も米食味分析鑑定コンクールに挑みます。結果は4年連続の金賞受賞。安全と美味しさを見事に両立させる努力が実りました。

しかし、それでも天栄米が売れません。倉庫に詰まれた山のような在庫。金賞受賞の快挙も風評被害を消すほどの力はありませんでした。

それでも諦めない研究会の方々は、全国で天栄村での活動を知ってもらうための講演活動を始めます。安全に対する取り組みを知ってもらう事で不安を解消してもらおうという試みです。

八王子の幼稚園で保護者向けの勉強会で農家の1人である石井さんは語ります「自分にも小さい娘がいる。だから不安に思う気持ちはわかるので買ってくださいとは言いたくない。でも自分たちの取り組みを知ってほしい。自分たちは自分の子どもに食べさせられるかどうかを基準にやっています」と。

勉強会に参加した保護者の中に長崎出身の被爆二世の方がおり、彼女は祖母の話を語ります。原爆が落ちた翌日から祖母はいろんなものを口にしたけど、今でも元気にやっている。しかし差別は無くならないと言います。

映画は思想性を極力排除し、農家の具体的な努力を追いかけることに徹しています。福島の米は安全だ、と押し付けるような結論の提示もしません。

天栄村の農家の方々は、2011年に現れた、新しい見えないものに対する恐怖に先頭で戦っています。もし放射性物質に対して恐怖や不安を感じている人がいたら、まずはこの映画を見ることをオススメします。映画を見るだけなら、別に汚染されることもありません。

現実に向き合い、地に足をつけて努力する人々の記録としても大変魅力的な作品です。

そしてセシウムと風評被害と、どちらが除去するのがより困難なのか。見えないもの、分からないものに対する恐怖を失くすための努力はこんなにも大変なのかと人が歩んできた歴史にも畏敬の念を感じさせる素晴らしい作品でした。

この映画自体、そうした恐怖を取り除く何よりの良薬になるのではないかと思います。

天栄村の特産品は以下のサイトから購入できます。

映画の公式サイトはこちら。

『放射能に抗う〈福島の農業再生に懸ける男たち〉 (講談社文庫)』は福島の農業集団「ジェイラップ」の震災後の戦いを描いたノンフィクション。映画に興味を持たれた方はこちらも面白いかもしれません。

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