親権と家庭内暴力描く問題作『ジュリアン』、監督&主演にインタビュー

フランスでは3日に1人の割合でDVによって死亡する女性がいる。DVという社会問題を、スリラー映画として描き、娯楽性と社会性を両立させた作品。
映画初主演で堂々たる演技を見せたトーマス・ジオリア
映画初主演で堂々たる演技を見せたトーマス・ジオリア
©2016 – KG Productions – France 3 Cinéma

家庭内暴力(DV)の恐怖を描いた映画『ジュリアン』が1月25日より公開される。

物語は家庭裁判所から始まる。ミリアム(レア・ドリュッケール)とアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)の離婚調停の最大の争点は子どもの親権。審議の結果、離婚後も親権は共同で持つことになり、11歳の息子、ジュリアン(トーマス・ジオリア)は隔週ごとに父親と過ごさねばならなくなった。ジュリアンは父を「あいつ」と呼び、ミリアムはアントワーヌの暴力を恐れ、住所も電話番号も教えようとしない。

アントワーヌはジュリアンからミリアムの居場所を探ろうとするが、母を守るために必死に嘘をつき続ける。やがてアントワーヌは行動をエスカレートさせ、遂には強硬手段に出る。

邦題にもなっているジュリアンを演じたトーマス・ジオリアの演技が素晴らしく、これが映画初出演とは思えない存在感を示している。DVという社会問題を、スリラー映画として描き、娯楽性と社会性を両立させたグザヴィエ・ルグラン監督の手腕も見事だ。

来日していたトーマス・ジオリアとグザヴィエ・ルグラン監督に本作のポイントについて話を聞いた。

グザヴィエ・ルグラン監督(右)とトーマス・ジオリア(左)
グザヴィエ・ルグラン監督(右)とトーマス・ジオリア(左)
筆者撮影

玄関を開ける音だけで夫の機嫌を察する被害女性

本作は家庭内暴力の恐怖を描く作品だ。フランスでは3日に1人の割合でDVによって死亡する女性がいるという。ルグラン監督はこの深刻な問題に対する怒りが本作の製作動機の1つだという。

家庭という日常に、暴力があることの恐怖を描くために、ル・グラン監督が参照したのは、スタンリー・キューブリック監督のスリラー映画『シャイニング』だ。DVという深刻な社会問題を多くの人に実感を持って体感してもらいたいと考え、スリラー映画の要素を取り入れたそうだ。

「いろんなジャンルの要素を混ぜて作るのが好きなのもありますが、こういう重苦しい題材を多くの人に伝えるために、普遍的な感情である恐怖を通して伝えるためにこういうスタイルを選択しました」(グザヴィエ・ルグラン監督)

日常にある暴力の恐怖を描くために、本作では特に日常音にこだわったそうだ。暴力に怯える人が、ささいなことにも敏感になってしまう様子を音で巧みに表現しているのだ。

「リサーチの中で、ある女性から、夫が帰宅する時の玄関の鍵を回す音だけで機嫌の良し悪しがわかる、という話を聞きました。日常のリアルを通して不安や恐怖を掻き立てるようにしたかったんです」(ルグラン監督)

共同親権か単独親権か

映画『ジュリアン』家庭裁判所のワンシーン
映画『ジュリアン』家庭裁判所のワンシーン
©2016 - KG Productions - France 3 Cinéma

本作は離婚裁判から物語が始まる。この裁判による審議で共同親権が認められ、11歳のジュリアンは暴力を振るう父親と隔週で生活をともにせねばならなくなる。

日本の民法では現在、離婚した場合の共同親権は認められておらず、単独親権が原則だ。フランスを含む欧州では共同親権が一般的で、日本でも共同親権の導入が昨今盛んに議論されている。

単独親権の場合、離婚後の親権獲得を有利に進めるためにパートナーに黙って子どもを連れ去るケースなどがあるという。また、親権を失った側の親と子どもが交流する機会が制限されることは子どもの権利の阻害であるという意見もある。共同親権のない日本では、離婚時に議論されるものは大人の権利ばかりで、もっと子どもの権利を守るべきだという観点で共同親権の導入が検討されている。

しかし、本作には共同親権の落とし穴が描かれているとも言える。共同親権であるせいで、ジュリアンは父と会う義務を負わされている格好になっている。もし、母のミリアムが単独親権を勝ち取ることができれば、ジュリアンは父の恐怖に怯えなくてすんだのではないか。

ルグラン監督に共同親権について率直にどう思うか尋ねてみた。

「私は基本的には共同親権に賛成です。やはり子どもは父と母、両方から愛情を受けるべきだと思います。ただし、この映画のように暴力がある場合は別です。審問はとても短く、20分前後です。それだけの時間で子どもの将来に関するすべてが決まっているのです。司法の考えでは、暴力が子どもではなく親に向けられている場合は、親子のつながりを断つ必要はないとされ、共同親権が認められることが多いようです」(ルグラン監督)

映画『ジュリアン』のワンシーン
映画『ジュリアン』のワンシーン
©2016 - KG Productions - France 3 Cinéma

アントワーヌは、ミリアムの居場所をジュリアンから吐かせようと詰問する。母を守りたい一心のジュリアンは嘘をつくのだが、この映画の親子のケースでは、守られるべき子どもが一番危険な状況にさらされていると言える。

「裁判官は1日に20件もの事例を扱います。裁判で本性を見せる者は少なく、優秀な弁護士もついている中で、判事は判断せねばなりません。相手と引き離されたパートナーが、圧力をかける手段として子どもを使うことだってありえるわけです。家庭の問題の実態を把握することはとても困難なことです」(ルグラン監督)

子役専門のコーチが撮影現場に常駐

ジュリアンを演じるトーマス・ジオリア
ジュリアンを演じるトーマス・ジオリア
©2016 - KG Productions - France 3 Cinéma

邦題にもなっているジュリアンを演じたのは、映画初出演のトーマス・ジオリア(2003年生れ)だ。離婚した両親の板挟みとなり苦しむという難しい役どころだが、初めての映画出演とは思えないほど巧みな芝居で映画を引き締めている。

彼が芝居に興味を持ったのは、兄と弟の影響だそうだ。

「僕の兄と弟が演劇が好きで劇団に所属しているんです。僕はシャイなんで観ているだけだったんですけど、一度勇気を出して舞台に立ってみたら、すごく楽しかったんです。ある日、演劇の先生から映画のオーディションの話を聞いて受けてみたんです。シャイな自分を克服するために演劇をやってみて、映画にも興味が出たのでオーディションを受けることにしました」(トーマス・ジオリア)

重苦しい題材で、困難な状況に巻き込まれる役どころだが、撮影で苦労はしなかっただろうか。

「とてもリラックスした雰囲気で撮影できました。現場は和気あいあいとしていて、衣装やヘアメイクの人とモノポリーのようなゲームをして楽しんでいました」(トーマス)

ルグラン監督も彼にとって特別な夏になるよう、細心の注意を払ったという。現場には子役専門の演技のアドバイザーが常駐したそうだ。フランスの撮影現場では、子役専門の演技コーチがおり、撮影に同行することも珍しくないらしい。日本の撮影現場にはない役職だ。「子どもの立場に立ってアドバイスできる存在が現場にいるのは非常に重要」とルグラン監督は語る。

フランスでは子役の労働条件も厳格で一日の拘束時間もしっかりと定められている。フランスで子役と仕事をした経験のある諏訪敦彦監督に以前取材したことがあるが、このように語っていた。

子どもたちは撮影現場に1日4時間しか拘束できないんです。厳密には現場に入って出るまで4時間です。学校のある期間は3時間です。もしこれを違反して見つかると撮影中止になります。それと子どものギャラは本人の口座にしか振り込まないようになっています。現場としては拘束時間が短ければそれだけ困ることになるけど、非常に大事なことですね。

映画の民主化を模索している。『ライオンは今夜死ぬ』諏訪敦彦監督インタビュー

日本では、2017年のWOWOWのドラマ『東京すみっこごはん』の撮影で、子役がひどい扱いを受けたことが問題となり、放送中止になったことがあった。

日本の労働基準法では、子役の深夜労働を制限する規定はあるものの、拘束時間に関する明確な規定がない(第五十六条二項など)。しかし、上記のように、深夜労働の基準すら遵守されていないケースもあるのが現実だ。

離婚においても、映画撮影においても、子どもの権利はより厳格に守られなければならないだろう。しかし、それは制度や法律の改正だけではななしえない。実の多くの示唆に富んだ作品だ。

注目記事