芸能人が広告塔になったということで昨年大きな騒動となったペニーオークション詐欺の件、そろそろ判決が出るらしい。
「ペニオク詐欺で主犯の男に懲役3年求刑 京都地検」(産経新聞2013年5月14日)
「ペニーオークション」と呼ばれるネットオークションで手数料をだまし取ったなどとして、詐欺と不正指令電磁的記録保管・同供用の罪に問われた大阪市福島区の元会社役員、鈴木隆介被告(30)に対する論告求刑公判が14日、京都地裁(宮端謙一裁判官)で開かれた。検察側は懲役3年を求刑し、結審した。判決は24日に言い渡される。
報道で見聞きする範囲ではこれはどうみても犯罪なので、これ自体には特段の感想はない。ただ、当時あれだけ大騒ぎした事件なのに、判決となるとあまり注目されている気配がないという点についてはひとこと言いたい。
そもそもこの種の事件報道では、一般に、逮捕や判決を報じるものと比べてそれ以外のニュースはあまり大きく扱われないことがよくあるので、それほど不自然ではないといえばないのだが、それにしても、この件はあまりにも落差が大きいのではないかと思う。
理由はなんとなく想像がつく。今回のニュースには、当時さかんに取り沙汰された芸能人の名前が出ていない。別に事務所の圧力で握りつぶしたとかそういう話ではなかろう。単純に、彼らは起訴されることはなかったし、当時広告塔になった件についてはそれぞれ謝罪の意を何らかのかたちであらわしたようだから、ネタにならないということかと思う。
しかし、当時のこの件の報道では、芸能人の名前を不必要に強調した記事が少なくなかった。まあ「不必要」かどうかは人によって考え方もちがうだろうが、仮に消費者に注意を喚起する目的があるというなら強調すべきはむしろ「ペニーオークション」や「詐欺」という点であるはずで、その意味で、芸能人の固有名詞を見出しに使って書き立てるのは、少なくとも私には報道以外の狙いがあるのではないかと思われる。特にスポーツ紙やネットメディアなどでは、かなり刺激的な扱いだ。いくつか挙げるので、ご判断いただきたい。
「熊田曜子ペニオク語らず 出産後初公の場」(日刊スポーツ2013年3月24日)
「ペニオク詐欺:ほしのあきさんらの立件見送りへ」(毎日新聞2013年02月08日)
「小森純、ペニオク騒動をテレビで謝罪 レギュラー番組降板の報道受け」(J-CASTニュース2013年2月3日)
「各局「ペニオク芸能人使うな」通達 ほしの、小森等の命運は」(NEWSポスト2012年12月31日)
さすがに大手新聞各社はそこまで露骨ではないが、本文にはしっかり名前を出して「芸能人がけしからん」的なムードを醸し出している(新聞社のサイトは記事が消えている。転載先のあるものはそちらにリンクをはった)。
ペニオク広告塔タレント「詐欺的と知らず」」(読売新聞2012年12月29日)
事件では、松金ようこさん(30)やほしのあきさん(35)ら10人以上の女性タレントが、自分のブログにウソの落札経験を書き込んで「広告塔」になっていた。大阪・京都両府警は2人から事情を聞いている。
「芸能界ヤラセ汚染 ペニオク詐欺捜査で判明「ステマ」の悪質」(産経新聞2012年12月22日)
熊田さんとほしのさんに書き込みの依頼をしたというグラビアモデルの松金ようこさん(30)も、事務所がホームページで謝罪。松金さん自身が京都府警に、ほしのさんらに紹介した経緯を説明するという異例の事態になっている。
「「ペニオク」虚偽紹介の芸能人20人以上 報酬見返りに」(朝日新聞2012年12月14日)
京都府警が7日、事件の関連で、ブログで落札情報を紹介していた女性タレントほしのあきさん(35)側に事情を聴いたところ、30万円を受け取り、商品を落札したとの虚偽の書き込みをしていたことが発覚。本人が13日にブログで「軽率だった」と謝罪した。
このことを改めて思い出したのは、先日報道された、MRIインターナショナルに関する投資被害に関連して、機関誌で取材されていた有名人たちが「広告塔」になったと批判されていたからだ。この件を報じた産経新聞の記事では私もインタビューされている。
「【疑惑の濁流】宇宙飛行士に歌舞伎俳優...またも著名人が広告塔に 「インタビュー記事」として情報誌に」(産経新聞2013年5月4日)
MRIは顧客向け情報誌「VIMO」(ヴィーモ)を季刊で発行。昨年3月号からは巻頭に著名人のインタビューを始めた。第1回では、宇宙飛行士の毛利衛さん(65)を紹介。その後も雅楽家の東儀秀樹さん(53)▽登山家の野口健さん(39)▽女優の草刈民代さん(47)▽歌舞伎役者の市川染五郎さん(40)-を起用し、表紙にも登場させた。
この記事では
山口教授は「著名人側にとっては、依頼主の問題が公になっていない段階で、依頼主が不正企業なのかどうかを見極めるのは難しいだろう」と著名人を擁護する。
と書かれていて、実際私はこういう趣旨のことを話したわけだが、これ以外にもいろいろ話していて、その中で「これは記事にはならないだろう」と思いながら話したことがある(今回取材を受けた記者さんはこの点を自覚しておられて、この記事自体は全体として割にフェアなトーンになっているように思うので念のため。ただやはり見出しはそれっぽくなっているのが残念)。
それが、この記事のタイトルにもあるように、「結局メディアの方々は芸能人がからんでないと興味を持たないんだね」、というポイントだ。つまり、メディアの皆さんにとって、ステマも投資詐欺も、芸能人がからんでいるから話題にしてるだけなんじゃないの?という話。実際、スポーツ紙なんかではあの類のネタは概ね芸能ニュースの枠だろうし。一般紙にしても、やはり芸能人のことさらに強調することで記事を読ませようという意図がないとは考えにくい。
これは商業メディアとしては当然といえば当然の話の話なので、だからどうしたと開き直られればいや別にと引き下がるしかない問題なのかもしれないが、それでもやはり取り上げたいのは、こうした問題を芸能人のスキャンダルとして取り上げ、芸能人を吊るしあげて溜飲を下げるみたいな言論を弄んでいるうちに、私たちの社会におけるバランス感覚が狂ってしまうことはないのか、と危惧するからだ。
広告塔であれ取材対象であれ、何らかのかたちで芸能人が犯罪者と関わりをもってしまった場合に、芸能人を批判したいばかりに過剰に芸能人の責任を強調する傾向はないだろうか。そしてそれが、芸能人以外の一般のケースを判断する基準に影響を与えたりはしていないだろうか。
有名人の責任というと、別居の親族が生活保護を受けていた芸能人が「不正受給」と指弾された話を思い出す。あのときは政治家まで出てきて、生活保護制度の見直しの議論にも影響を与えた。もちろんその背景には生活保護制度やその受給者に対する不満があったのだろうし、芸能人以外にも不正受給のケースはあったのだろうが、それにしても、高収入の芸能人の親族が受給者であったという話をことさらに強調することで、生活保護制度自体を使いにくいものとする方向の議論に拍車がかかったのではないかと思われるふしがある。もしそうだとすれば、これは単なる芸能ネタですまされる話ではない。
似たようなことが、件のペニーオークション詐欺に関する芸能人のステマ騒動のときにもあった。落札できないしくみのところで落札したかのような記事を書いているという意味で、かなり悪質という批判があるのはわかるが、そうした責任論は、彼らが持つ社会的影響力を前提としたものであって、そうしたケースを引き合いに出して一般的な法規制を主張し、すべてのネットユーザーを法的リスクにさらそうとするのはやはり過剰だと思う。
いずれにせよ、今回のことで改めて、「みんな芸能人が大好き」で「芸能人のスキャンダルはもっと大好き」であることがよくわかった。わかったからせめて、そういう「特殊な人々」の特殊な例を引き合いに出して社会全体を動かそうとするかのような言説は、多少なりとも社会的影響力のあるマスメディアとしては、お控えいただけるとありがたい。
(この記事は「H-Yamaguchi.net」で5月15日に掲載された記事の転載です)