駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」で展開したシリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」は7月中に無事終了した。
このシリーズは今年度の山口のゼミ活動とも連携していて、ゲスト講師のお話しとは別の角度から「メディア・コンテンツとジェンダー」について調べる活動を行っている。
少し前に、在京キー局の朝の情報番組の出演者について調べてみた結果について書いたが、今回は映画界の話だ。ハリウッドではジェンダーバランスがここ数年大きな話題になっているが、日本の映画界についてはほとんど話を聞かないので、とりあえず少し調べてみた。
2016年の邦画興行収入ベスト10作品の中で女性監督によるものは1作品、第10位タイの「映画 聲の形」(山田尚子監督)だけ、という話は前の記事で簡単に紹介した。
メディア・コンテンツとジェンダー 駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義の開講にあたって(2017年5月31日)
せっかくなので10年ほどさかのぼって調べてみる(表1)。ランキングは同じく日本映画製作者連盟ウェブサイトによる。性別は例によって名前と写真で判断した。
結果はというと、この10年、状況はたいして変わっていない。興収ベスト10クラスでは女性監督作品は数年に1回、そのほとんどがアニメ、ということになる。
一般社団法人日本映画製作者連盟
これはヒット作に限っての話なのか、そもそも女性映画監督が少ないのかわからないので、今度は映画監督全体の女性比率を調べてみる。
日本映画監督協会に照会したら、「会員数はだいたい550名弱、男女比は調べてないのでわからない」というきわめて「懇切丁寧」なご回答をいただいたので、公開されている会員データベースから物故者を除き、女性とおぼしき人を拾ってみることにした。
判断基準は例によって名前+可能なものはネット検索、なので正確さは保証しないが概ね傾向をつかむことはできそうに思う。
日本映画監督協会
データベースに名前の載っていた人(これが会員であると考えよう)は560名。この中で女性と思しき氏名の方は22名。率にして3.9%ということになる。
比較的若い人が多いというわけでもなく、さすがにもう現役ではなさそうな1930年代生まれの方から1980年代生まれの方まで幅広く分布している。
この状況は、米国とそう大きくは変わりない結果といえなくもない。
2007年から2014年まで(2011年を除く)の各年の北米興行収入トップ100作品を対象とし、ハリウッドにおけるジェンダーギャップに大きな注目を集めるきっかけとなった2015年の南カリフォルニア大学のグループの調査で、2014年のトップ100作品のうち女性監督によるものは1.9%であった。
Traci Gillig, Carmen Lee, and Dylan DeLuca (2015). Inequality in 700 Popular Films: Examining Portrayals of Gender, Race, & LGBT Status from 2007 to 2014.
Media, Diversity, & Social Change Initiative.
Report Finds Wide Diversity Gap Among 2014's Top-Grossing Films
The New York Times AUG. 5, 2015
その後2016年の調査では、2007年から2015年までの約800作品のうち、女性監督によるものは4.1%であるとしている。
Inequality remains about the same in Hollywood films, USC study finds
USC News SEPTEMBER 7, 2016
ちなみに米国でもテレビドラマでは女性比率はもう少し高い。全米監督協会(DGA:Directors Guild of America)の調べでは、2015-16シーズンにおいて、女性監督による作品は全エピソード数の17%を占める。
その意味で、ハリウッドは米テレビ業界と比べても遅れている、と批判されているわけだ。
DGA Diversity - Industry Reports
https://www.dga.org/The-Guild/Diversity/Industry-Reports.aspx
さらにちなみに、上掲2015年調査では出演者に関する調査も行っていて、セリフのある登場人物30,835のうち女性は30.2%、男女比にすると2.3:1である、としている。
男女比がほぼ半々の作品は約11%にすぎず、女性キャラクターが指導的役割を果たす作品は100作品のうち21作品であるという。
また2014年、セクシーな衣装で登場した女性キャラクターは27.9%、これに対して男性の場合は8%、といった具合だ。
アニメーション作品でもほぼ同じ傾向とのことだが、このあたりは、女性キャラクターばかり出て来る男性向け作品や男性キャラクターばかり出てくる女性向け作品が少なからずある日本では、少し状況がちがうかもしれない。
表現のジェンダーバランスについては、日本なりの文脈を加味した分析が必要と思われるので、ここではこれ以上踏み込まない。
もう少し角度を変えてみよう。日本映画製作者連盟公式ウェブサイトにある映連データベースは、松竹・東宝・東映・KADOKAWAの4社が製作・配給した作品を網羅しているが、この中から2010年〜16年の作品について、監督と、併せて脚本家の性別を調べてみた結果を次に示す(表2)。
監督の女性比率5.7%は、上で調べた結果と大きくは変わらず、ほぼ整合的に思われるが、注目すべきは脚本家だ。26.7%という数字は、監督に比べると明らかに女性比率が高いように思われる。
日本シナリオ作家協会の公式ウェブサイトには男女別が記録されたデータベースがあるので検索してみると、登録されている407名のうち女性は34.9%を占めているから、大手会社の作品を手がけるいわば有力脚本家のうち女性が占める比率は、脚本家全体の女性比率よりやや下がるが、そう大きくは変わらない状況といえる。
日本シナリオ作家協会
この傾向はハリウッドでもある程度共通していて、上掲の2015年調査では、興収トップ100作品のうち女性監督が1.9%であったのに対し、脚本家の女性比率は11.2%とより高くなっている。
この監督と脚本家の差がどこからくるのかはわからないが、他の領域の似たような話を参考までに挙げてみる。
たとえば音楽。米国のトップ20オーケストラについて調べた方がいるようで、それによると、演奏家1,833人のうち女性は37%だが、これは楽器や役割によって大きな差があって、たとえば指揮者の女性比率は9%と圧倒的に低い。
同じ楽器でも、バイオリンの場合、全体では59%と女性が過半数を占めるのに対し、コンサートマスターとなると女性比率は18%に下がる。フルートも、全体の女性比率は68%なのに、第一奏者に限ると43%、といった具合だ。
つまり、集団を指導、リードする立場になると、女性比率が低くなる傾向があるように思われる。
Graphing Gender in America's Top Orchestras
Suby Raman NOVEMBER 18, 2014
脚本家は、映画作りの中で主要な役割ではあろうが、その作業はどちらかといえば個人、ないし小集団で行われるものだろう。集団を指導、リードするような立場でないがゆえに、脚本の分野では女性の活躍の機会がより広く開かれているのかもしれない。
だとすれば、同じように文字を書く作業が主要な内容である文学の世界では、女性はより活躍しているのだろうか、と思ってみてみると、それらしい傾向がみられるようだ。
文学の世界では毎年話題になる文学賞がいくつかあるが、その中でも最も有名な芥川賞について、その受賞者の性別を調べてみた。芥川賞は1935年に始まっているが、1930年代から2010年代まで、年代ごとに女性受賞者の比率を追ってみると、次のようになる(図1)。
増減はあるものの、長期的には女性比率が上がる傾向ははっきりしており、特に2010年代では受賞者の過半数が女性となるなど女性優位が明らかになってきている。
こうした差が男女の能力や適性の差、あるいは興味の対象のちがいに起因するものかどうかは簡単にはいえないだろう。
上掲の、オーケストラのバイオリン奏者の事例を考えれば、むしろ個人の問題というよりは、社会や集団の中での女性の位置づけが影響していると考える方が自然とも思えるが、それもそう断言できるほど確たる根拠はない。
少なくとも今いえることは、映画をはじめとするさまざまな表現のクリエーターたちの中で、ジェンダーバランスが必ずしもとれているとはいえない領域がある、ということだ。
上掲の邦画興行収入トップ10の中の女性監督作品では『ドラえもん』3作品の存在感が大きい。いずれも寺本幸代監督の作品だが、これらが「女性監督ならでは」の表現であると思っている人はどのくらいいるだろうか。少なくとも私はそうは思わない。
そう言われなければ女性監督の作品であることすら気づかない人の方が多数ではないかと想像する。寺本幸代監督は、女性だから起用されたのではないだろう。監督としての能力ゆえの起用であるはずだ。
寺本幸代監督「ドラえもん」で垣間見させる"繊細"と"剛毅"
映画.com 2011年3月5日
もちろん、他の少なからぬ職種と同様、相対的に女性の層が薄いことによって失われているチャンスもあるだろう。「裾野」が狭ければ「頂」が低くなりがちであることも、一般論としては否定できない。現在の状況が、そうした要素の反映である可能性はある。
とはいえ、これまた他の多くの領域と同様、そういう言い訳が通じる余地は日増しに小さくなってきているのも事実だろう。
実際、テレビアニメを含むアニメの領域では、実写映画より女性監督の活躍が目立つように思う。上掲の女性監督作品の多くがアニメであるのも、数ははっきりとはわからないが、アニメ業界では以前から女性監督が少なくないことが背景にある可能性がある。
業界では珍しくない女性アニメ監督
Togetter
日本映画界においても、女性クリエーターのキャリアの可能性は今後さらに開かれていくべきだ。業界としてもこの点にもう少し問題意識を持ってもいいように思われる。少なくとも、データの整備と公表くらいは今のうちから始めておいた方がよいのではないか。
駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」に関する記事は以下の通り。
メディア・コンテンツとジェンダー 駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義の開講にあたって(2017年5月31日)
「男女の戦い」と「忘れられた人々」(2017年6月5日)
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