睡眠薬を飲んで運転したインパルス堤下さんにつけるクスリ

堤下さんが会見でコメントしていたように「ネットで調べた情報を鵜呑みにし、自己判断で服用してしまったこと」が今回の問題の要因であることは間違いありません。

お笑いコンビ「インパルス」の堤下敦さんが、停車した車内でもうろうとしているところを発見されたと各メディアが報じています。運転中、縁石に接触する事故を起こしていたとの情報もあります。

堤下さんが行った会見によれば、じんましんの治療のため医師から薬を処方されており、自宅近くの銭湯(サウナ)に行った際、風呂上がりに牛乳と一緒に睡眠薬とアレルギーの薬を服用し、その後、車を運転したとのことでした。

服用したのは、アレジオン錠(アレルギー性疾患治療剤)、ベルソムラ錠(不眠症治療薬)、レンドルミンD錠(睡眠導入剤)の3種類でした。これらの薬について、担当した医師・薬剤師からは「寝る前」に服用するよう説明を受けていたようですが、

 牛乳を飲む時に思い出し、ついでに飲んじゃおうと思った

 サウナから自宅まで車で10分かからない

 インターネットで調べたところ「作用するまで多少時間がある」という情報があった

などの理由から、服用してしまったようです。

服用後の運転時、記憶は断片的だったようです。本来曲がるべき道を忘れ、どこかでUターンしないといけないと思ったがその後の記憶はない。何かにガガガッと乗り上げてブレーキを踏んだことを覚えている。その後覚えているのは警察官から質問を受けたこと、次に気が付いた時はもう病院にいた。

その途中、あるいは運転中の記憶はほとんどなく、眠気が襲ってきた自覚や、あくびをしたといった記憶もないとのことでした。

会見で堤下さんが

 家に帰って、寝る前に飲めばよかった。

 勝手に調べて自分の判断の中で飲んでしまったのが全ての原因

 10分足らずで着くからいいだろうと思ってしまった。

 慢心してしまい、こういう事故を起こしてしまった

 人や対向車が絡まなくてよかった。認識不足、甘さがあった

と後悔のコメントをしていたのが印象的でした。

何が問題だった?

アレジオン錠、またはそれに類するアレルギー疾患治療剤の多くは、眠気や集中力の低下、反射運動能力の低下を引き起こします。その程度は各々の薬剤によって様々であり、薬剤師や医師が説明する「服用上の注意」に反映されています。

アレジオンは軽度の影響があるとされる薬剤です。添付文書(医療用医薬品の説明書)上では「眠気を催すことがあるので、本剤投与中の患者には自動 車の運転等危険を伴う機械の操作に注意させること」との記載で表現されています。

「運転しないよう注意する」ではなく、「運転に関する注意の記載がない」でもない、「運転には注意する」というレベルです。

ベルソムラ錠、レンドルミンD錠はいわゆる「睡眠薬」ですが、レンドルミンは特に「入眠」に作用するよう開発された短時間作用型の薬剤です。効果の発現は極めて早く「寝つき」をよくする一方で、効果の持続時間は短く、翌朝の眠気やだるさが生じにくいといった特徴があります。

薬学部の学生、あるいは新人薬剤師がレンドルミンについて学ぶ際、重要なポイントとされる事項の一つが「服用したらすぐベッドに入るよう、服薬指導すること」です。

眠気を自覚するのを待ってから、あるいは服用後に何か用事をしていたりすると、ふらつき・転倒の危険が生じます。効果の発現が極めて早いうえ、個人差もあるため「何分くらい」といった指導はしないのが一般的です。

そして、この系統の医薬品に特徴的な(副)作用が「前向性健忘」です。前向性健忘では、服薬前の記憶は障害されないものの、服用後の一定期間の行動や出来事の記憶が失われることがあります。服用したらすぐベッドに入るよう指導するのは、それを防ぐためでもあります。

堤下さんを襲った現象は、十分起こり得ると予測される、薬の影響でした。

失敗の要因は?

堤下さんが会見でコメントしていたように「ネットで調べた情報を鵜呑みにし、自己判断で服用してしまったこと」が今回の問題の要因であることは間違いありません。

インターネット上には膨大な情報が存在しています。その中には正しい情報もありますが、間違っている情報、鵜呑みにしてはいけない情報も少なくありません。

医師が診察する際、あるいは薬剤師が調剤を担当する際の患者への助言は、その患者さん・その状況に適したものであるよう細心の注意をもって行われています。そしてその助言には、それが万が一不適切であった場合に、責任を取る必要があるという覚悟を伴っています。

例え「情報」としては同じでも、その質、そこに伴う職業的善意や責任の面で違いがあることを、皆さんには是非とも理解して頂きたいと願います。

自己判断で行動を選択してしまった場合、その妥当性を誰かが保障してくれたり、責任を取ってくれることはありません。

情報があふれる時代に専門家と付き合う

そしてもう一つ、皆さんに留意して頂きたいのは、我々医療者が認識している「治療や健康についての常識」は、一般に考えられている認識と、思いのほか違う場合があるという点です。

堤下さんは「今回のじんましんの治療で服用してきた様々な薬の効果の実感から、いくら何でも10分足らずで前後不覚になるほどの薬効が現れることはないだろう」と考えました。同じことを考えてしまう方が他にいないとはいえません。

そんな判断ミス、誤った行動はしないという方の中にも、

 かぜ薬、アレルギー薬に含まれる抗ヒスタミン薬には、ウイスキーシングル3杯相当の眠気・判断力低下を引き起こすものがある

 抗ヒスタミン薬による反射運動能力低下が生じる際、眠気や自覚を伴うとは限らない

 1日1回服用するタイプの運転禁止の抗ヒスタミン薬を寝る前に服用した場合、翌日の日中も運転は禁止される

こういった「薬剤師の常識」について、意外に感じる方は少なくないのではと感じます。

私はよく患者さんに「テレビや雑誌、新聞、ネット、広告で見かけた医療・健康情報について、実際に自分がやってみようと思った場合には、些細なことでもいいから相談して欲しい」とお話ししています。

インターネットで膨大な情報や知識を気軽に検索できる時代に、いちいち顔を合わせ、あるいは電話して相談するというのは、面倒で気恥ずかしい行為かもしれません。

しかしながら、もし「手に入れた情報や自分の認識・理解は正しいとは限らず、医療者は面倒なコミュニケーションの手間をかけるだけの価値がある」ということに同意して頂けるならば、医療者は皆さんが直面するであろう多くの落とし穴の危険を回避し、適切な治療や健康管理を行う手助けができるのではないかと思います。

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