今月12日に亡くなられた大橋巨泉さんの奥様、寿々子さんがコメントを発表されました。その中に
先生からは「死因は"急性呼吸不全"ですが、その原因には、中咽頭がん以来の手術や放射線などの影響も含まれますが、最後に受けたモルヒネ系の鎮痛剤の過剰投与による影響も大きい」と伺いました。
もし、一つ愚痴をお許し頂ければ、最後の在宅介護の痛み止めの誤投与が無ければと許せない気持ちです。
という記述があったことから、ネット上では様々な憶測が飛び交っており、中には医療関係者によるものと思しき、寿々子さんに対する批判的な意見もみられます。
この「誤投与」とされる件については、週刊現代7月9日号に掲載されたコラム「今週の遺言 大橋巨泉」において、ご本人が言及されています。
3月20日を過ぎる頃から体力の落ち込みが激しく、27日に入院して検査を実施。幸いがんは見つからず、栄養補給のためCVポート(埋め込み型点滴補助器具)を留置し、退院して在宅療養に移行。「背中が痛い」との訴えにより、鎮痛剤が薬局から大量に届いた。
主治医は毎日来るが何もせず、この頃から記憶が曖昧に。日に日に弱っていく巨泉さんを見てご家族が不安になり、がんセンターの医師、奥様の親友の医師にそれぞれ相談、薬剤の使用方法に問題がありそうとの指摘を受ける。
退院後5日目で主治医より「今日が危ない!」と言われ、余りに急激な変化に疑問を感じ再入院を決断、移動中に意識が消失する。
その薬剤は体内に蓄積されるため、がんセンターでは体力に合わせて使っていた。センターからの資料を読めば理解できるはずが、何故だか大量に渡された。
奥様によれば、緊急入院後も普通に返事をしていたらしいがご本人は記憶になく、認識が戻り始めたのは4月末頃。
概ねこのような内容であり、こうした経緯によって、大きく体力を落としたとのことです。
薬剤師の立場からすると、確かに、非常に気を遣う病状です。
体力の落ち込みがあり、なおかつ栄養摂取にかかる経路が変わるタイミングでもありますので、体重や水分量、薬剤の代謝に関わる腎機能(急激に機能が低下する恐れのある時期でもあります)、薬効の評価・投与量の設定など、慎重な対応が必要です。
コラムでは、「記憶が曖昧に」「普通に返事をしていたらしいが記憶になく」とあり、過剰投与によるせん妄(周囲を認識する意識の清明度が低下し、記憶力低下、見当識障害等がおこる)の可能性を窺わせます。
患者さんとの長い付き合いがあれば、会話のちょっとした違和感から判断できるケースもあるものの、変化が明らかではない事例も少なくありません。主治医の「毎日来るが何もせず」は、巨泉さんの様子を注意深く観察していたのかもしれません。
通常、在宅医療における、こうした病状の評価や対応は医師の独断で進められているのではなく、看護師や薬剤師もベッドサイドに赴き、各医療職が情報を共有しながら治療を進めています。
当時の治療に直接関与していない二人の医師が、共に「薬剤の使用方法に問題があるかもしれない」と評価したにも関わらず、担当した薬剤師がこれに気付いていない(担当医や患者に対し問題を指摘していない)というのは、うまく医療チームが機能せず、情報共有に問題があったのかもしれないと感じます。
あるいは、そもそも薬剤師は治療に参加していなかったのかもしれません。薬剤師が在宅で薬学的管理指導業務を行うためには、制度上、医師の指示が必要であり、医師がその要否を判断しますが、薬剤師からの介入を嫌う医師も一部には存在します。
ネットの反応の中には、寿々子さんのコメント中の「鎮痛剤の誤投与」「モルヒネ系の鎮痛剤の過剰投与」といった言葉のみを捉え、「寿々子さんの誤解だ」「終末期治療だから仕方ない」等と反発する意見がみられます。しかしながら、上記のコラムの記述内容を読めば必ずしもそうではないことが分かるはずです。
モルヒネ等のオピオイド鎮痛薬に関しては、
「使用すると寿命が縮まる」
「強くなる痛みに合わせて鎮痛薬を増量すれば、最後は鎮痛薬によって命を落とすことになる」
「痛みを我慢せず鎮痛薬を使用すると、麻薬中毒になる」
といった誤解がいまだ根強く残っています。
しかし、日本ではWHO方式がん疼痛治療が普及しており、治療が適切に行われている限り、そのような危険性がないことを既に多くの臨床研究が証明しています。
疼痛治療は、単に痛みを楽にするだけでなく「痛みによって制限された生活の質を高める」という重要な役割を担っています。
誤った理解に基づく批判や安易な言説は、寿々子さんや関係者の方々にとって負担になりますし、現在治療中の多くの患者さんにとっても、混乱の要因になります。