英民放チャンネル4(フォー)が、「データ・ベビー」を使って、様々な面白い実験を行っている。
データ・ベビーとは架空の人物だ。番組制作者がネット上に「レベッカ・テイラー」という女性を作り上げ、彼女のデジタル上の行動がどんな波紋を呼び起こすのかを調べることで、ネットを使う私たちの生活について考える、という仕組みだ。
この件については、読売オンラインのコラム(ネットの裏をあぶり出す「データ・ベビー」)で一通り、書いている。
当時、番組のテクノロジー担当編集者ジェフ・ホワイト氏とジャーナリストのセーラ・スミス氏に取材して話を聞いた。記事の中には一部しか入れることができなかったので、以下に会話の大部分を紹介したい。日本のテレビ界の制作者、あるいはテクノロジー関係の方に、何らかのヒントになればと思う。
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なぜデータ・ベビーを作ろうとしたのか?
ジェフ・ホワイト:近頃、米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)による、個人情報の大規模収集の実態が暴露され、注目を浴びているね。個人情報が知らない間に収集されていることに、危機感を抱く人が増えている。
私たちはNSA報道が始まる前から、個人情報収集の問題に注目してきた。つまり、私たちはデジタルの足跡を残している。その結果として、集められた情報に基づいて画面上に広告が出ている。いったい誰がこんなことをしているのだろう。誰が情報を集め、私たちに広告を投げているのかー。
チャンネル4で働き出して2年半ほどになり、テクノロジーについてのトピックを映像化してきたが、いつも最後には「誰がどんな風に情報を収集しているのだろう」という疑問がわいた。
セーラ・スミス:制作班の仲間と、クッキーについて話していたことを覚えている。サイトの閲覧情報がクッキーの中に保存されているということは、どういう意味を持つのか、と。
ホワイト:普通の人は、どのようにどんな情報が収集されているかを理解しにくい。
そこで、考えた。ある人を媒体にして、ネット上で何が起きているのかを示すことができるのではないか、と。架空の人物を作ることにした。この人をできうる限りリアルにする。ツイッターやフェイスブックのアカウントも作った。
ある情報をこの人を通じて流す。するとネット上で何が起きるかを追跡しよう、と。何がその人に戻ってくるのか。その情報がどこから来てどこに行くのか、誰が受け取っているのか。次に誰に受け渡しているのか――ということを「データ・ベビー」を使ってやろうとした。
なぜ「データ・ベビー」と呼んでいるのか?
ホワイト:ちょうど意味が通じると思ったからだ。
2つの意味があって、1つはデータ、利用者のデータである、と。それと、私たちが生み出した「赤ん坊」であること。ちょっとフランケンシュタインのような響きがあるけれども。
実際に赤ん坊のようなものだ。みんなで面倒を見ているのだから。チーム全員でデータ・ベビーについてツイートし、ストーリーのアイデアを得る。
架空の人物を私たちが作ったため、最初はゼロだった。そこから成長してゆく、という意味もあって、「データ・ベビー」になった。
やり方としては、まず最初に、「レベッカ・テイラー」(データ・ベビーの名前)の人物像を作った。名前、年齢、住所(ロンドン)、そして、ある会社の従業員でもある、と。ある意味では操り人形のようなレベッカの特徴を作った。何に関心があって、休暇はどこに行くか、など。27歳のロンドン在住の女性のパーソナリティーを作るのはそれほど難しくはなかった。
誰がレベッカの面倒を見ているのか?
ホワイト:自分とそれからチャンネル4のチーム、テクノロジーのプロデューサーなどが担当している。
ネットの活動は今、24時間となった。レベッカの維持にはずいぶん手間がかかるのではないか?
スミス:それほどは(24時間は)忙しくレベッカは活動しているわけではない。ある意味では、故意にそうしている。
私たちニュースチームの活動は24時間だが、レベッカには特定の行動をとってもらい、これをフォローする形をとっている。例えば、レベッカが航空券を買おうとする。この価格は同じ航空会社であれば別のサイトでも同じなのかどうか。それとも、ネットのブラウジングの履歴に関連するのかどうか、とか。
レベッカは24時間、ショッピングをしたりしないし、24時間、ニュースを読んだりもしない。私たちよりは忙しくない。私たちが彼女の活動を分析できるようにするには、そうしないと駄目だった。
彼女は白いキャンバスのようなものだ。私たちがいろいろなことを実験できるようにした。
ホワイト:たった1時間、ネットをブラウジングするだけでも、非常に大量の情報が行き来する。驚くほどだ。フェイスブックを1時間やるだけでも、350回以上の情報の行き来がある。これを24時間やってしまうと、膨大な量になってしまう。
レベッカは携帯電話も使うようになるのか?
スミス:そうだ。最近、使い出している。
ホワイト:携帯電話は面白い。利用者の生活の中に食い込んでくるからだ。
人々は、携帯電話(スマートフォン)がコンピューターを持ち歩いているようなものだということにまだ気づいていない。スマートフォンはラップトップと同じほどの個人情報を抱えている。しかも、携帯には位置情報が入ってくる。さらにパーソナルな情報が出てゆくことになる。
レベッカを使っての、フェイスブックのエピソードがあった。「いいね!」を販売する業者があって、これをチャンネル4が買う。その後で、レベッカがカップケーキを販売するフェイスブックのページを開いてみると、ここに「いいね!」が押し寄せた。後で、チャンネル4がカップケーキのページにいいね!を押した人に取材してみると、「押した覚えがまったくない」といわれた、という結末となった。知らない間に、「いいね!」を押していた仕組みがあった。(詳細は上記の記事を参照。)恐ろしい話だった。
ホワイト:確かに、恐ろしい話だった。
スミス:すべてのストーリーがデータ・ベビーの中から生まれるわけではない。例えば、フェイスブックについての懸念が別にあった。しかし、データ・ベビーの存在は、テストをするのに最適だったというわけだ。
テクノロジーの話はテレビの映像に出しにくい。ケーブルがコンピューターの後ろから出る画像などを使っても、限界がある。テレビ向けの話に作り変える必要がある。レベッカはこの点でとても役に立つ。
ホワイト:でも、ずっとやっていると、ちょっと奇妙な、少し哲学的な領域にも入ってくる。データ・ベビーの携帯電話についての話だったので、携帯電話を誰かが持って歩く必要があった。架空の人物の携帯電話を持ち歩くなんて、なんとも奇妙な感じだった。
それと、データ・ベビー自身は自分がモニターされていることを知っているのか、という問いだ。
データ・ベビーにはツイッターのアカウントがあって、データ・ベビーのストーリーをやるときは、私たちはこのアカウントを使う。フォロワーたちがこのアカウントを通じて、私たちと双方向のコミュニケーションをとる。
こんなとき、データ・ベビーのアカウントは、番組のチャンネル4ニュースのアカウントとなるのだろうか?そうだとすると、これとは別にレベッカ・テイラーのアカウントを作るべきなのかどうか。
大きな問題は、支払をどうするかだ。架空の人物ではものを買ったときの支払いはほぼ不可能だ。クレジットカードを使わなければいけないからだ。カードを作るとすれば、カードが届けられる場所を作らないといけない。どんな風にしても、支払いには物理的な足跡が残る。
スミス:郵便局を使うとしても、支払う人の身元情報が必要だ。ペイパルにも銀行口座が必要だ。バーチャルコインとして人気の「ビットコイン」を使っても、いずれかは払わないといけない。どこかで物理的にお金を渡さないといけない。
レベッカにはフェイスブックのアカウントがあるそうだが、架空の人物がアカウントを作ってはいけないというのがルールでは?
スミス:確かに、そうだ。
フェイスブックは文句を言わないだろうか。
スミス:知らないのだと思う。架空の人物の口座はたくさんあるし。
ホワイト:まだフェイスブックからは何も言われていないが、もし架空のアカウントだといわれたら、2つの理由を言うだろう。まず、リアルな人が後ろにいる。それと、リアルなアカウントよりもリアルで実り多い相互関係がある、と。
最終的な目的は?
ホワイト:興味深いテーマを放送するのが目的だけど、自分的には、リアルな人物の具体的な名前を出したい。この会社がこんなことをやっている、と。会社や個人の名前に行き着くところまでやりたい。そうすると、リアルなストーリーになる。
レベッカはバーチャルな存在だが、私はリアルな人々を画面に出そうと思っている。
ジャーナリストとして、データ・ベビーを通して感じたことは?
スミス:テクノロジーの専門家ではないし、自分についての情報やパスワードの保全について、深く考えたことがなかったので、巨大な量の情報の行き来の事実を知って、衝撃を受けた。不用意にデジタルの足跡を残していたなと今では思う。
ネット上の行動を変えたか?
スミス:そうしようとは思っているがー(笑)。実際にはフェイスブックの利用などを変えた。
まじめに答えると、学んだことがある。情報がどこに行くのかを考えることと、プライバシーを守ることを考えるべきだと思った。
携帯電話を持てば、どこにいてもトラッキングされているということを知っていることは重要だ。無線LANのスイッチを切ったりなど、そうしようと思えば、トラッキングされないようにするいろいろな方法がある。
どの情報を外に出すのか、どの情報を出さないのかについて、考えないといけない。無料でサービスを受けるために、こちらの情報を出す前に、いわば哲学的な問いかけを行うべきではないか。私たちはこの問いかけを十分にやってこなかったと思う。
このプロジェクトで意識が変わった?
ホワイト:そうでもない。いつも情報について強い関心を抱いてきたからだ。ただ、大量の情報が行き来していたことを知って、その規模に驚いた。
視聴者へのアドバイスは?
ホワイト:物事を自分で決めることだ。ラップトップや携帯電話に情報をあげっぱなにしていないかどうか。車で言えば、ボンネットの中のエンジンなどをまったく見ずに、ディーラー側が「こちらでやってあげますよ」という言葉をそのまま信じていたりはしないか、と。(ボンネットの)中を開けてみて、自分で決めるべきだ。
アプリを利用するとき、携帯電話の番号を聞かれるときがある。果たして教える必要があるのか。理由も与えず、そうした情報を聞いてくるとき、そのサービスを使いたいと思うのかどうか。自分のプライバシーを便利さのために引き渡している可能性を考えてみてほしい。
スミス:無料のものはないということを思い出してほしい。誰かが無料のサービスを提供しようとするとき、あなたの情報を使って十分な利益をあげているから、それができる。
誰がその情報を使っているのか、サービスを無料で提供するほど、その情報がなぜその会社にとって価値があるのか、と問いかけてみてほしい。
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クリップの多くは海外でも視聴できる。
(2014年1月27日「小林恭子の英国メディア・ウォッチ」より転載)