今夜キックオフ! 日本サッカー「停滞」と日本企業「凋落」の因果関係--大西康之

代表チームの強さはその国の「経験」×「人口」×「経済力」で決まると言われる。
John Sibley / Reuters

 6月15日に始まったサッカーのFIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ(W杯)ロシア大会。今夜(19日、日本時間21:00)にはいよいよ日本代表が登場(対コロンビア戦)するが、予選での苦戦は必至。よほどの幸運がない限り決勝トーナメント(ベスト16)進出は難しいと見られている。1998年の初出場から20年。出場こそ6大会連続だが、「サッカー強豪国」への道は遠のいている。

 実は、日本サッカーの停滞は、日本企業の凋落と軌を一にする。

3分の1が中国企業

 日本企業の停滞をわかりやすく示しているのが、W杯ロシア大会のスポンサーの顔ぶれである。毎試合、ピッチをぐるりと囲む電光掲示の看板に、入れ替わり立ち替わりでロゴが表示されるので、試合観戦の合間に気に留めていただければ簡単に確認できる。

 もっとも高い広告料を払う「FIFAパートナーズ」が「アディダス」(独、スポーツ用品)、「コカ・コーラ」(米国、清涼飲料)、「ワンダ・グループ」(中国、不動産開発・ホテル)、「ガスプロム」(ロシア、エネルギー)、「現代/起亜グループ」(韓国、自動車)、「カタール・エアウェイズ」(カタール、航空)、「ビザ」(米国、クレジットカード)の7社。日本企業では前回のブラジル大会までソニーが名を連ねていたが、今回から消えた。

 パートナーより1ランク下の「FIFAワールドカップ スポンサーズ」が「バドワイザー」(米国、ビール)、「ハイセンス」(中国、家電)、「マクドナルド」(米国、ハンバーガーチェーン)、「蒙牛乳業」(中国、乳業)、「ビボ」(中国、携帯電話)の5社である。ここにもまた日本企業の名前はない。

 ハイセンスは総額約100億円でW杯の前哨戦と言われるFIFAコンフェデレーションズカップとW杯ロシア大会のスポンサーになったと報じられている。世界最大の家電メーカーであるハイセンスはわかるとして、新興の携帯電話メーカーのビボや蒙牛乳業が100億円規模のスポンサー料金を支払ったのは驚きだ。

 FIFAのスポンサー料については「高くなりすぎた」という声も上がっており、マーケティング調査会社「ニールセンスポーツ」によると、ロシア大会のスポンサー収入は14億5000万ドル(約1600億円)で、前回ブラジル大会の16億ドル(約1800億円)を下回った。

 汚職疑惑もスポンサー離れに拍車をかけている。

 それでもW杯が世界最大のスポーツイベントの1つであることに変わりはない。2014年ブラジル大会の決勝、ドイツ対アルゼンチン戦は「世界で10億人が視聴した」(FIFA発表)という。これからグローバル企業になろうという会社にとって、W杯スポンサーは名前を広め、ブランド力を高める絶好のチャンスだ。蒙牛乳業はロシア大会の会場でヨーグルトを無料配布する。計12社あるロシア大会のパートナー、スポンサーの3分の1が中国企業というのは、世界を目指す中国企業の勢いを表している。

日本企業の黄金期

 日本企業も、かつてW杯をジャンピングボードにしてグローバル市場に駆け上がろうとした時期があった。1982年には富士フイルム(2006年まで)、日本ビクター(2002年まで)、キヤノン(1998年まで)、セイコー(1986年まで)がFIFAパートナーになっており、日韓共同開催の2002年には東芝(2006年まで)、富士ゼロックス(この年のみ)、NTT(同)が加わった。そして2007年にはソニーが8年間で330億円という大型契約でパートナーになった。

 この時期は日本のFIFAランキング(過去4年間の代表チーム同士の試合の成績をFIFAがポイント化したもの)も上昇傾向にあり、1997年に14位、2005年も15位に浮上している。 しかしパートナーがソニーのみになった2007年以降は低落が続き、現在は61位まで順位を落としている。2006年にFIFAの算定方式が変わったことも若干、影響しているが、大きな傾向としてはジャパンマネーが勢いを失うにつれて日本サッカーは弱体化している。

 1991年にバブルが崩壊する前の数年間、ジャパンマネーは無敵だった。ちなみに1989年3月末の株式時価総額世界ランキングを振り返ると、1位がNTTで2位が住友銀行、3位日本興業銀行、4位第一勧業銀行、5位富士銀行と邦銀がずらりと並び、6位にようやくIBMが顔を出す。7位は再び邦銀の三菱銀行で8位がエクソン、9位が東京電力で10位が三和銀行。実にベスト10のうち8社が日本企業という黄金期だった。

 バブルが崩壊したとは言え、まだジャパンマネーの勢いが残る1993年に発足したJリーグでは、ジーコ(ブラジル)、ピエール・リトバルスキー(ドイツ)、ゲーリー・リネカー(イングランド)など世界のスター選手がプレーしていた。今年、スペイン代表のキャプテン、アンドレス・イニエスタが年俸32億円でヴィッセル神戸と契約して話題になったが、各チームに1人ずつ「イニエスタ」がいたのがJリーグの黎明期である。自国リーグで世界のトップ選手に日々揉まれた日本の選手たちは急激な成長を遂げ、それが1998年のW杯初出場に結びついた。

強さ=「経験」×「人口」×「経済力」

 それから20年、日本企業の凋落ぶりは目を覆わんばかりだ。株式時価総額世界ランク(2018年5月時点)のベスト10は「アップル」、「アマゾン・ドットコム」、「マイクロソフト」、「アルファベット(グーグル)」、「フェイスブック」と上位5社を米国企業が独占。その後に「アリババ」、「テンセント」という中国ネット企業が続く。8位から10位も「バークシャ・ハサウェー」、「JPモルガン・チェース」、「エクソンモービル」と米企業。まさに「米中時代」であり、そのあとに続く11位が韓国の「サムスン電子」。日本は最上位のトヨタ自動車が37位で、トップ50に入る日本企業はこの1社のみだ。

 代表チームの強さはその国の「経験」×「人口」×「経済力」で決まると言われる。監督交代や戦術の変更でカバーできる部分はたかが知れている。経験ではヨーロッパ、南米の国々が突出しており、日本はその差を経済力で埋めてきたが、経験で追いつく前に経済力で息切れを起こしてしまった。少子化によるサッカー人口の減少が加われば、日本サッカーは確実に、W杯に出場できない「冬の時代」に逆戻りする運命にある。唯一抗う術があるとすれば、日本企業が奮起して経済力を取り戻すことである。

大西康之 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。
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(2018年6月19日
より転載)

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