米朝交渉が膠着する中で注目されたのは、アルゼンチンのブエノスアイレスで11月30日から12月1日まで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の前後に行われる、米韓首脳会談、米中首脳会談で朝鮮問題がどう協議されるかだった。
米は「制裁堅持」韓国は「ソウル訪問実現」
ホワイトハウスのサラ・サンダース報道官は11月29日、G20首脳会議の期間中に開催予定だった米露首脳会談の開催が中止になったことを発表する際に、「対トルコ、および対韓国との会談は正式な2国間会談ではなく、PULL ASIDEになる」と語った。「PULL ASIDE」とは「脇に連れ出して」と言う意味に取れるが、これは正式会談ではなく、会議の合間に略式でやる会談というニュアンスのようだ。
韓国側はこの発表に慌てた。米国が通訳だけを同席させる会談を提案し、韓国がそれを受け入れただけで、正式か略式かということを米国と話し合ったことはないと説明し、「略式会談」への"格下げ"には同意しなかった。
しかし米国側のこうした対応は、非核化の進展を待たずに南北関係の進展を優先させる韓国への、不満の表明だったのかもしれない。
通訳だけを同席させた米韓首脳会談は11月30日午後3時半から約30分間行われた。「正式会談」とされた安倍晋三首相との日米首脳会談が35分間だったというから、実質的にはあまり変わらなかったと言えそうだ。
問題は形式ではなく、中身であろう。米韓両政府の首脳会談結果についてのブリーフィングには、微妙な違いがあった。
ホワイトハウスは「北朝鮮に経済繁栄の唯一の道は非核化しかないと理解させるために、現行の制裁を厳格に履行することが重要だとの認識で一致した」とし、経済制裁の厳格な履行で両首脳が合意したとした。
一方、青瓦台(韓国大統領府)は「ドナルド・トランプ米大統領も南北首脳会談が(非核化に)肯定的なモメンタムを与えるという点で意見の一致を見た」と説明し、米朝首脳会談と南北首脳会談は個別に開催でき、米朝首脳会談前に南北首脳会談を開くことにトランプ大統領も理解を示した、とした。
韓国政府は、北朝鮮が経済制裁の解除や緩和を強く要求していることを受けて、この米韓首脳会談で南北関係については制裁を緩和する方向で米側の同意を取り付けて、これを成果に南北首脳会談を開き、北朝鮮により具体的な非核化を働き掛ける意図だったと見られる。
しかし会談の結果は、トランプ大統領は制裁の厳格な履行を要求し、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領はこの主張を緩和させることはできなかった。その代わり、米朝首脳会談の前に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長のソウル訪問があってもこれを容認する、という理解を得た。
結局、米国は「制裁堅持」を成果に、韓国は「金党委員長のソウル訪問へ理解」を成果とする折衷的な内容の首脳会談となった。韓国の『朝鮮日報』は12月5日付記事で、トランプ大統領は核問題よりも在韓米軍の防衛費分担金の引き上げを強く主張した、と報じた。また米『ウォール・ストリート・ジャーナル』は12月7日、米国は防衛費負担金を1.5倍にするよう求め、トランプ大統領は2倍にするよう要求していると報じた。ジェームズ・マティス米国防長官らは財政的な理由以外の米韓同盟の重要性などをトランプ大統領に説明しているが、大統領はこれを聞き入れようとはしていないという。
韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相はジョージ・H・W・ブッシュ元米大統領の葬儀出席のために訪米し、12月6日にマイク・ポンペオ米国務長官と会談した。米韓双方は、米朝の今後の交渉、第2回米朝首脳会談、金党委員長のソウル訪問、南北関係の進展などについて意見交換したと見られた。韓国外務省は「制裁履行の重要性を再確認し、今後も朝鮮半島の完全な非核化や恒久的な平和定着のため引き続き協力していくことにした」と説明した。ここでも米国側から、制裁の堅持を確認されたと見られた。
「中国背後操縦論」から「100%協力」へ
アルゼンチンで開かれたG20首脳会議で最も注目されたのは、米中首脳会談だった。この会談で「米中貿易戦争」がより激化するのか、休戦に入ることができるのか世界中が注目した。結果的には、米朝両首脳は来年1月から予定されていた中国からの輸入品に追加関税を加える措置を90日間は見送り、中国による知的財産権侵害の問題などを協議する「休戦」に入ることで合意した。
今回の米中首脳会談で興味深かったのは、北朝鮮問題が重要議題になったことだ。
ホワイトハウスのサンダース報道官は、米中首脳会談についてのブリーフィングで貿易問題に言及した後で、「(米中首脳は)北朝鮮で偉大な進展がなされていることでの一致をみた。両首脳は、金党委員長と共に、核のない朝鮮半島を実現するために努力する。トランプ大統領は金党委員長に対する友情と尊重(friendship and respect)を明らかにした」と述べた。トランプ大統領が中国の最高指導者との会談で、第3国の北朝鮮の最高指導者について「友情と尊重」を明らかにするというのも奇妙というか、珍しいことだ。
さらにトランプ大統領は米中首脳会談後に、「習近平氏は北朝鮮問題で私に100%協力することで合意した」と述べた。
中国の王毅国務委員兼外相も、首脳会談で中国側が第2回米朝首脳会談の実施を支持すると強調し、米国側も核問題解決に向けた中国の役割を称え、今後も中国との意思疎通を維持したいとの意向を示したとした。
トランプ大統領は、北朝鮮問題に対する中国の姿勢への評価を大きく変えたと言える。
トランプ大統領は8月24日、予定されていたポンペオ国務長官の訪朝を中止する決定を下した際に、「私たちが貿易でさらに厳しく臨んだため、中国は以前より協力しなくなった」と中国を批判、北朝鮮が非核化に真剣に取り組まないのは後ろで中国が影響力を行使しているからだという「中国背後操縦論」を展開していた。
しかし、今回「習近平氏は私に100%協力することで合意した」と言うのは、中国が北朝鮮問題で米国に協力するという姿勢変化をしたことを公にする発言だと見ることができる。
制裁問題への中国の姿勢変化は?
本来、米中貿易戦争と北朝鮮問題は別の問題であり、直接的な関連性はない。トランプ大統領はそれを無理矢理結びつけて「中国背後操縦論」で中国を圧迫した。
中朝両国は、金党委員長の3月の訪中以来3回も首脳会談を開き、伝統的な友好関係を回復する動きを強めてきた。6月12日の米朝首脳会談直後も、金党委員長が6月19~20日に北京を訪問して会談結果を直接報告し、両国関係の意思疎通の強化を確認した。
当時、北朝鮮の建国70周年記念日となる9月9日に習近平中国国家主席が訪朝する可能性が指摘されたが、結局はそれを見送り、中国共産党ナンバー3の栗戦書全国人民代表大会(全人代)常務委員長が訪中した。これはトランプ大統領の「中国背後操縦論」を意識した人選と見られた。
北朝鮮問題での米中の最大の対立点は、北朝鮮への制裁緩和に対する姿勢の違いだ。米国は北朝鮮が明確に非核化を実施するまでは現在の制裁を堅持する、という姿勢だ。中国は北朝鮮が核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を止め、非核化への動きを見せている以上、一定の制裁緩和をして北朝鮮の非核化への動きを誘導すべきだという考えだ。
こうした違いがあるにもかかわらず、トランプ大統領が「習近平氏は私に100%協力することで合意した」と公言することは、北朝鮮への制裁に対する中国の緩和姿勢を封じ込める発言ともとれる。文大統領も、トランプ大統領の会談で南北関係を制裁の例外に認めるよう働きかける姿勢だったが、会談の結果は「制裁堅持で一致」だった。
王毅国務委員兼外相は、米中首脳会談後に「米朝両国が同じ方向に向かって行き、相互の合理的な懸念事項を配慮して朝鮮半島の完全な非核化と朝鮮半島の平和体制構築を並行推進することを願う」と述べた。王毅外相の言う「合理的な懸念事項」は、北朝鮮にとっては「制裁の解除・緩和」や「体制の保証」であり、米国にとっては「完全な非核化」であろうが、この発言は当事者である米朝両国の交渉を優先させるニュアンスがあるように感じられる。中国はその有力なサポーターという立ち位置だ。
中国が今後、北朝鮮が主張する「制裁解除・緩和」の要求にどういう姿勢を見せるのか注目される。
中国には2面性がある。中国が北朝鮮問題で米国から難癖を付けられて貿易問題で被害を受けてはならないという側面と、北朝鮮問題は依然として米国に対するカードになり得るという側面だ。中国は米中貿易戦争が激化する中で、とりあえずは北朝鮮問題で米国に協力姿勢を示したと言えそうだ。中朝関係よりも当面は米中関係を優先するという態度である。
しかし、これがずっと続くという保証はない。貿易問題などの推移如何では、北朝鮮問題で米国に注文を付ける姿勢に転換する可能性はある。
一方で、中国にとって制裁問題は北朝鮮を管理する上ではかなり有効な手段である。建前上は国連制裁を守る姿勢を堅持しながらも、実質的には中国のさじ加減次第で北朝鮮経済に影響を与えることが可能だからだ。中朝の伝統的友好関係を維持しながら、制裁を巧みに操ることで、米朝間の調整者としての存在感を誇示することもできるのである。
「第2回会談は1月か2月に」
そして最も大きなニュースが、G20首脳会議終了後に飛び込んできた。
トランプ大統領は12月1日、アルゼンチンから帰国中の専用機内で記者団に対し、第2回米朝首脳会談が「(来年の)1月か2月に開かれる可能性がある」と述べ、候補地として3カ所を検討していると明らかにした。さらに、金党委員長をいつかは米国に招待するとも述べた。
米朝交渉は膠着状態にあり、米韓首脳会談、米中首脳会談でもこの膠着状況を打破するようなニュースがなかっただけに、当初の「来年1月早々の第2回会談」という見込みは困難になり、相当に先延ばしになるのではという見方も出始めていた。だが、トランプ大統領が第2回米朝首脳会談開催時期を「1月か2月」と明示したことで、一気に状況が動き出した。
ポンペオ国務長官も12月1日の『CNN』とのインタビューで、第2回首脳会談について「近いうちにあると期待している。年明けすぐにあると思う」と述べた。また、「正しい、中身のある次のステップについて協議を続けている」とも述べた。
トランプ大統領が、会談場所の候補地として3カ所が挙がっていると明かしたことも、米朝間の水面下の交渉が具体的に行われていることの傍証と見られた。3カ所がどこであるかよりも、そういう米朝交渉が進行しているということに意味がある。
もっともトランプ大統領が「いつかは金党委員長を米国に招待する」と述べたことは、第2回会談の場所から米国は除外されていることを意味している。(つづく)
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。