「領有」へ1歩踏み出した中国:尖閣「接続水域」進入

中国は諸島の領有権を主張し、中国海警局の「海警」という公船を常に接続水域で遊弋させ、時には領海侵犯さえ行っているのである。

6月9日未明に発生した、中国海軍フリゲート艦ジャンカイⅠ級による、尖閣諸島の接続水域進入事案。これについて「偶発的なもの」「軍事的な意図はないだろう」といった解説を散見するが、事はそれほど単純なものではなく、むしろ中国が「1歩」踏み出したのだ、と見るべきである。以下、いくつかの観点からこの事案を検証してみたい。

なお6月15日には中国海軍のドンディアオ級情報収集艦が鹿児島県口永良部島西方の領海を侵犯、さらに16日には同艦が沖縄県北大東島北方の接続水域に進入するなど、事案が立て続けに発生しているが、前者とこれらとは意味合いが異なり、分けて考える必要がある。

「接続水域」は自由航行可能だが

そもそも、「接続水域」とは何か。それは「領海の外縁にあり、基線から24海里の範囲で沿岸国が設定する水域」であり、ここでは「通関」「財政」「出入国管理」「衛生」についてのみ、沿岸国が権利を主張することができる。外国の艦船が日本に入港しようとする場合、通関手続や植物検疫、入国手続などを事前に行うのが、接続水域なのだ。国際空港で飛行機から降り、入国手続を済ませるまでのエリアだ、と考えればわかりやすいだろう。

空港と違うのは、接続水域はあくまで領海12海里の外つまり公海であり、外国籍の船舶は、軍艦か商船かに関係なく、ここを自由に航行できるということである。通過するだけなら、沿岸国への通告も許可も一切必要ないのだ。

ただし、尖閣諸島周辺海域、となると話は違うのだ。中国は諸島の領有権を主張し、中国海警局の「海警」という公船を常に接続水域で遊弋させ、時には領海侵犯さえ行っているのである。彼らは単なる「通航船」ではないのだ。

エスカレートした「領有権主張」

今回の事案は、ロシア海軍艦艇の接続水域通過がきっかけだった。演習を終えたロシア海軍駆逐艦など3隻は6月8日午後9時50分ごろ、尖閣諸島の接続水域に進入した。進路は北東、久場島と大正島の間を抜けるルートである。海上自衛隊の護衛艦「はたかぜ」は、ロシア艦が9日午前3時5分ごろに水域外に出たことを確認している。

一方午前0時50分ごろ、久場島の北東から中国海軍のジャンカイⅠ級フリゲート艦1隻が南下して接続水域に進入していることを護衛艦「せとぎり」が確認。約2時間20分後の午前3時10分ごろ、針路を北に転じていたフリゲート艦は水域を離脱した。

ロシア艦艇の動きに関しては、何の問題もない。この海域でロシアと日本との間に領有権の争いはなく、接続水域は自由航行が認められており、ロシア艦艇はこれまでにもたびたびこの水域を通航しているからだ。日本周辺の狭い水道等を外国軍艦が通行する際は、海上自衛隊の艦艇が警戒監視しており、これまでも統合幕僚監部は公表してきた。

「ロシア艦艇と中国艦艇が連携した事案だったのではないか」と見る向きもあるが、それよりはロシア艦艇の通航を事前に把握していた中国海軍が、この機に乗じて接続水域に進入したと考えたほうがわかりやすい。というのは、中国からすれば次のような理屈が成り立つからである。

中国が尖閣諸島の領有を主張している以上、その接続水域は「中国の」接続水域である。その水域を航行するロシア艦艇の警戒監視活動を行うことは、主権国家として当たりまえのことだ――と。

ロシア海軍が南方海域で訓練していたことを各国は当然承知しており、尖閣諸島周辺を北上する概略の位置も把握していた。したがって、ロシア艦隊に対する警戒監視活動を命ぜられたジャンカイⅠ級フリゲートは、レーダー捜索をしつつ南下し、ロシア艦隊を自ら探知したところで、追尾するように北上したのだろう。

しかしこの行為は、中国が尖閣諸島の領有権主張を、海軍軍艦を使うレベルにエスカレートさせたことを意味するのである。

習近平国家主席の「強い意思」

接続水域で警戒監視活動をしたのは、ジャンカイⅠ級フリゲート艦艦長の冒険的な独断専行ではない。

読者は意外に思われるだろうが、これまで中国海軍の警戒監視区域は尖閣諸島の北方海域に設定されていて、まるで「尖閣付近の活動は海警局に任せた」と言わんばかりに、絶対に尖閣諸島付近まで軍艦が南下することはなかったのだ。

以前中国軍艦から海自艦艇がレーダー照射を受けた事案があったが、それもこの北の海域で生起したものだ。この警戒監視区域は、現場ではなく、上級司令部から指定されるもので、艦長は区域内での活動が義務付けられるのだ。

今回の動きは、中国海軍がこの区域を南方に下げ、尖閣諸島の接続水域を含むエリア内での行動命令を発したのだと考えられる。

これまで日本との緊張関係を抑制するために、中国海軍の活動は北の海域に抑え込んでいたが、今回ついに中国は、いや習近平国家主席は、一歩踏み出すことを海軍に許可したのだ。その結果が、今回の接続水域への進入なのである。

日米の共同海上パトロールを

尖閣領有に向け既成事実を積み重ね、漸進的な膨張(creeping expansion)を続ける一方、アメリカの出方を注意深く確認した中国。今後も南シナ海のように規制事実を積み上げ、力による現状変更を狙ってくるのは間違いない。これに対して抗議や遺憾の意を表明するだけでは、1938年のミュンヘン会談でヒトラーの要求に屈したイギリスのチェンバレンと同じになってしまう。

では日本はどうすればいいのか。ひとつは、日米共同で東シナ海の警戒監視活動を行い、断固たる態度を示すことである。これまで日米は、共同「訓練」をたびたび行ってきた。それを一歩進め、共同「行動」することで、一体化した「力」が東シナ海にあることを見せつける必要があるのだ。

こう述べると「緊張をエスカレーションさせるべきではない」といった反対論も出てくるが、そうではない。中国こそこれまで勝手に軍拡を進め、エスカレーションしているのである。日本はそれに対して、共同対処することで抑止力を高めればいい。それは決して危機のエスカレーションではなく、中国の「漸進的な膨張」を食い止めるための手段なのである。

中国軍の「国際化」を促せ

こうした態度を示す一方で、中国軍の「国際化」を促すことも重要である。

 国海軍は長らく沿岸防衛を任務としており、外洋海軍を目指すようになったのは近年のことだ。そのため世界の海軍の常識に疎いところがあり、ちょっとした偶発的な事故が国家間の紛争になりかねない。

そこで2014年、西太平洋海軍シンポジウムという学術会議の場で、日本やアメリカはもちろん中国やロシア、フランス、フィリピンなど21カ国が合意してCUES(海上衝突回避規範)というルールブックを作成した。

「砲やミサイルの照準、火器管制レーダーの照射、魚雷発射管やその他の武器を他の艦船や航空機がいる方向に向けない」「アクロバット飛行や模擬攻撃を艦船の付近で行わない」といった、現場でのエスカレーションを抑制しようという内容と、各艦艇間で通信できる信号書とで成り立っている。

CUESはあくまで紳士協定であり法的拘束力はないが、平時にこうした国際慣行に馴染ませていくことが、少なくとも各国海軍間の信頼醸成につながり、現場での偶発的衝突を避けることが可能になるのだ。実際、現在ロシア、中国とも海軍艦艇はこのCUESを各艦きちっと保有しており、海自艦艇とこれを使用してコミュニケーションできる状態にある。

またアメリカ海軍は近年、自らが主催するリムパック(環太平洋合同演習)に中国海軍を参加させているが、これも中国海軍を「国際化」させるという意味を持っている。

重要なのは、日本が常に毅然とした態度を示し続けることなのだ。

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伊藤俊幸

元海将、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。1958年生まれ。防衛大学校機械工学科卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第二潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監を最後に昨年8月退官。

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(2016年6月17日フォーサイトより転載)

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