「独中同盟」は西側のリスク要因と化す

メルケル・ドイツ首相は7月上旬、中国を訪問した。メルケルの「北京詣で」は2005年の首相就任後、7度目となった。
ロイター

メルケル・ドイツ首相は7月上旬、中国を訪問した。メルケルの「北京詣で」は2005年の首相就任後、7度目となった。

昨年12月に発足した第3次メルケル内閣は、与党間で合意された連立協定で「対日友好関係はドイツのアジア外交の重要な支柱」と宣言しているだけに、日本との兼ね合いから、中国との新たな「間合い」がはかられるのかどうか注目されたが、中国の人権問題に対するメルケルの言及は形ばかりの空疎なものであり、ビジネス最優先で中国との戦略的互恵関係を維持するドイツの「国是」が変わるような兆しは全く見えなかった。

ドイツとの関係を一層強化して対日牽制カードに使う中国の思惑はあえて言うまでもないが、中国は欧州連合(EU)最強国となったドイツを抱き込むことで欧米陣営に離間のくさびを打ち込む戦略でもある。「独中同盟」は国際関係のリスク要因としてウォッチしていく必要がある。

■「新シルクロード」

今回のメルケル訪中に際しては、例によって経済界要人も大勢随行し、大型投資契約が次々に調印された。その最大案件は、自動車最大手フォルクスワーゲン(VW)が計約20億ユーロを投じて新たに山東省・青島と天津市の2カ所に大型工場を設置するプロジェクトだ。2017-18年に操業を開始し、それぞれ年間50万台の生産台数を見込んでいる。青島は第1次大戦まで帝政ドイツの租借地であり、中国は大戦勃発100年に当たる今年、ドイツの「旧植民地への回帰」を祝ってみせた図柄とも言える。

エアバスもヘリコプター100機の売却契約を交わしたほか、ルフトハンザ航空は中国国際航空と戦略的パートナーシップの拡大で合意した。

メルケルはまた、VWが内陸部の生産拠点として重視する成都工場も視察した。VWは昨年、広東省にも新工場を開設、18年まで180億ユーロ超を投資し、中国における生産能力を大幅に引き上げる計画であるなど、中国市場で全面攻勢に出ている。

VWのこうした強気の背景には、独中両国がユーラシアを横断する鉄道貨物輸送で結ばれるという地政学的な新局面が作用している。

中国の内陸工業のハブとして整備されている重慶と、ドイツ工業地帯ルール地方に位置し、欧州最大の内陸河港を擁するデュースブルクが、新疆ウイグル自治区、カザフスタン、ロシア、ベラルーシ、ポーランドを経由する総延長約1万1000キロの貨物鉄道ルートでつながっている。貨物列車は、今は週3便だが、将来は1日1便に増便される計画という。

重慶からデュースブルクまでの旅程は16日と、従来の海上輸送の半分以下の日数に短縮されている。中国から欧州までの長い海上輸送の間に製品が破損するケースも珍しくないが、陸上輸送によってそのリスクの低下が期待されている。重慶には自動車関係やエレクトロニクス分野の企業などが多数集積し、片やデュースブルクにはVWの巨大なロジスティクス・センターが建設されている。

習近平政権は「シルクロード経済ベルト構想」を掲げて中央アジアから欧州に出る影響圏の拡大を目指しているが、沿岸部からバルト海へ至る鉄道輸送路はまず、シベリア経由で整備が進んだ格好となった。このルートを運営するドイツとロシアの合弁鉄道会社は「新シルクロード」と命名、その戦略的意義を強調している。

■真の狙いは「G3」

ドイツと中国の「戦略的パートナーシップ」は2004年、社会民主党(SPD)・緑の党連立のシュレーダー前政権時代に確立した。この間、ドイツ経済は以前に増して輸出主導型となり、輸出に陰りが出ては成り立たない産業構造となった。リーマンショック後も、ドイツの景気は対中輸出の拡大によって持ち直した。中国はドイツ国債を積極的に引き受けてもいる。

欧州債務・信用危機を通じてEU内でドイツの力が高まると、中国はドイツとの一層の関係強化を図った。経済的な対中依存度が増大したドイツを通じて、EUに影響力を及ぼそうという狙いだ。少し古いが、欧州外交評議会のハンス・クンドナニ調査部長らが発表した政策論考「独中の特別な関係はなぜ欧州にとって問題なのか」によれば、「中国は米国へ対抗するパワーとなる可能性があるとみて欧州統合を支持してきた。つまり、『一枚岩の西側』という観念を打破するような強力な欧州の登場を中国は望んでいる」と分析されている。同論考は、中国はG2ではなくG3を志向し、欧米陣営を分裂させるための道具としてドイツを使おうとしているとの見方も紹介、中国市場にのめり込むメルケル政権に警告を発した。

欧米間のみならず、中国は欧州内部にも亀裂をもたらそうとしている。太陽光パネルをめぐる中国と欧州の貿易摩擦では、ドイツが対中制裁発動に強硬に反対して欧州内の足並みが乱れ、結局、中国に有利な決着となったことは記憶に新しい。中国当局によるブリーフィングなどの情報提供もドイツと他のEU加盟国とでは雲泥の差があり、英仏外交当局は不信感を募らせているようだ。

■「反日宣伝」に利用されるメルケル

日中関係をめぐっては、メルケル政権はこの春、訪独した習近平がベルリン中心部のホロコースト犠牲者追悼碑を訪れたいと申し出たのを拒否した。習近平は「過去を反省しているドイツとは対照的に、日本は歴史修正主義に走っている」というメッセージを世界に改めて発信する狙いだったが、ドイツは日中対立に巻き込まれるのを嫌気し、習近平の「反日歴史パフォーマンス」を未然に防いだ。

今以上の日中間の関係悪化はドイツの権益にとっても望ましくなく、この拒絶によって日中間の緊張が和らぐ方向に動くのではないかという一抹の期待もドイツ政府の念頭にあったようだ。

しかし、今回の訪中に際し、メルケルは再び「反日宣伝」に利用された。7日に開かれた共同記者会見で、メルケルと並んで立った李克強首相は、この日が盧溝橋事件から77年に当たると述べ、「歴史から学んだ者だけが未来に奉仕できる」などと対日牽制を繰り返した上で、メルケルに発言を促した。メルケルはこれに反応しなかったが、ドイツが今後も反日宣伝の「だし」に使われ続けることははっきりした。

2014-07-16-7f7ff4c9509e648050515d29902a950e.jpg

佐藤伸行

時事通信外信部次長兼編集委員。1960年山形県生れ。85年早稲田大学卒業後、時事通信社入社。90年代はハンブルク支局、ベルリン支局でドイツ統一プロセスとその後のドイツ情勢をカバー。98年から2003年までウィーン支局で旧ユーゴスラビア民族紛争など東欧問題を取材した。07年から09年までワシントン支局勤務をへて現職。

関連記事

(2014年7月15日フォーサイトより転載)

注目記事