産経前ソウル支局長起訴:検察と裁判所の戦いへ

ウェブサイトに書いた記事が朴槿恵大統領に対する名誉毀損にあたるとして、韓国の検察当局が産経新聞前ソウル支局長を起訴した(10月8日)。

ウェブサイトに書いた記事が朴槿恵大統領に対する名誉毀損にあたるとして、韓国の検察当局が産経新聞前ソウル支局長を起訴した(10月8日)。今後その当否が裁判で争われる。韓国で軍人政権時代が終わり、言論の自由が保障される民主化時代がスタートした1990年代以降、外国人記者が法廷に立たされるのはこれが2件目である。

 1件目は1993年にフジテレビ・ソウル支局長が軍事機密保護法違反で逮捕、起訴されているが、いずれも本来は保守・親韓的だったフジ・サンケイ・グループが韓国当局から非難・追及され、法的処罰の対象にされるというのは皮肉である。日韓関係をめぐる時代の変化を物語るものだ。

21年前のフジテレビ事件

 今回を含めこの2件には、いずれもその時の韓国の政治情勢が色濃く反映しており、時の政権の政治的思惑によって日本メディアがスケープゴートとして"血祭り"に上げられたという共通点がある。

 21年前のフジテレビ事件は、軍事専門家だった当時の支局長が、知人の韓国軍将校から得た対外秘情報を日本の軍事専門雑誌で引用し、その情報を日本大使館武官に提供していたことが罪に問われた。逮捕、起訴で1審有罪の実刑だったが2審で執行猶予がつき釈放、帰国となった。この間、半年以上も身柄を拘束されている。

 この事件でフジテレビは「事を荒立てたくない」との立場で抗議や反発は控えたが、外国人記者に取材上の問題があった場合は「国外退去」が国際的には一般的である。それが逮捕・起訴・裁判にまでなった背景には発足まもない金泳三政権の「初の文民政権としての堂々たる姿勢」を「日本何するものぞ」と国民に誇示するという計算があった。

国内向けの警告

 今回の朴槿恵政権の動きの背景には、政局の最大争点として世論の関心が集中している「セウォル号沈没事故」で政権の責任をいかに回避するかの思惑がある。野党勢力を中心に世論の追及ポイントは事故当日の朴大統領の「7時間の空白疑惑」であり、産経報道はその「ウワサの疑惑」に触れそのウワサに箔を付ける結果になったため、政権をいたく刺激した。

 朴政権としては「大統領の責任」につながる国内でのウワサの再燃・拡大と政治問題化を遮断するため、産経に対する法的強硬措置に踏み切った。「ウワサを広げると産経のようになりますよ」という、国内向けの警告として産経を狙い撃ちにしたのである。

昔から外国メディアの中では日本メディアが最も韓国に対して影響力を持ってきた。今回はそのことを朴政権があらためて実証してくれたかたちだが、一方ではまた韓国にとって日本メディアは昔から最も叩きやすい。欧米のメディアに対しては逮捕、起訴などという乱暴は決してできない。日本に対しては歴史的被害意識からくる居直りで、「何をしても文句はいわれない」と思っているからだ。

「男女関係」はなかった?

 ところで問題の「謎の7時間疑惑」の真相はどうか。産経報道にある「大統領の男女関係」はなかったと思う。なぜなら朴槿恵大統領は「クリーンとストイック」を政治指導者としての最大の看板にしている。弟家族さえ大統領官邸に近付けようとしないほど対人関係には慎重で臆病である。

 ウワサの男はすでに"札付き"であり彼女にとってはきわめて危うい。今さら"秘密接触"などあり得ない。このままだと彼女は「クリーンとストイック」だけで歴史に残る大統領になるかもしれないのだから。

 さて産経・前支局長の起訴、裁判の行方だが、おそらく無罪になるだろう。理由は韓国の司法界では裁判所がいわゆる民主化時代の影響を最も受けているからだ。とくに第1審の地裁段階にそれが著しい。判事たちの主流がいわゆる民主化世代なのだ。具体的には国家的観点より市民的観点が強くなっており、権力(政権)志向の検察には大いに批判的だ。韓国司法のリカバリーに期待したい。

黒田勝弘

産経新聞ソウル駐在客員論説委員。1941年生れ。共同通信ソウル支局長、産経新聞ソウル支局長兼論説委員を経て現職。2005年度には日本記者クラブ賞、菊池寛賞を受賞。在韓30年。日本を代表するコリア・ウォッチャーで、韓国マスコミにも登場し意見を述べている。『"日本離れ"できない韓国』(文春新書)、『ソウル発 これが韓国主義』(阪急コミュニケーションズ)など著書多数。

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(2014年10月11日フォーサイトより転載)

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