4月27日に迫った南北首脳会談は、米朝首脳会談へ向けた「準備会談」という性格を帯びてくるだろう。
南北では「終戦宣言」「非核化宣言」も
韓国政府は(1)非核化(2)朝鮮半島の平和定着(3)南北関係の発展――を議題に考えている。このうち(3)の主要な中身は、開城工業団地や金剛山観光、南北交易の再開など経済問題になるだろう。ただこれは国連安全保障理事会の制裁下では実行できず、非核化協議を先行させるしかない。
文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領は、南北対話を米朝対話につなげることに成功した。今回は南北間で非核化の「下絵」を書いて、米朝首脳会談を成功させなくてはならない。ある意味で、文大統領はドナルド・トランプ米大統領との交渉に臨む金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長のコーチ役を務めることになる。
南北は今回の首脳会談で、象徴的な意味での朝鮮戦争の「終戦宣言」や何らかの「非核化宣言」を発表する可能性がある。その宣言を意味のあるものにするには、米国との合意が必要だ。そのために韓国政府は水面下で、米朝の直接交渉の仲介に努力している。韓国のこの仲介外交の努力は評価されるべきだ。
金正角軍総政治局長が政治局員に昇格
4月20日の朝鮮労働党中央委員会第7期第3回総会では人事も行われ、金正角(キム・ジョンガク)軍総政治局長(次帥)が党政治局員に選出された。北朝鮮軍部では軍総政治局長は軍総参謀長、人民武力相よりも高い序列にある。ある意味で、党政治局員に選出されたというのは妥当だろうが、前任者の黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏が党政治局常務委員だったことを考えれば、一段低いポストだと言える。
党政治局常務委員は、最高指導者の金正恩党委員長、対外的な元首の役割を担う金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長、党を代表して崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長、内閣を代表して朴奉珠(パク・ポンジュ)首相、軍を代表して黄炳瑞軍総政治局長の5人だったが、党政治局常務委員に軍関係者がいない状況になった。金正恩政権が父・金正日(キム・ジョンイル)総書記時代の「先軍」から、朝鮮労働党中心の「先党」へと転換していることを示すものだ。
また今回の人事では、今年に入っての対南・対中・対米外交で重要な役割を果たした幹部の昇進が目に付いた。
金(キム)チャンソン国務委員会部長は、国家機関である国務委員会で金正恩国務委員長の秘書室長的な役割を果たしていると見られる。『聯合ニュース』によると、金党委員長が3月下旬に中国を訪問した際にも同行したことが、写真から確認されたという。最近では南北首脳会談のための「儀典・警護・報道」分野の実務協議の北朝鮮側首席代表を務めている。今回の人事では党中央委員に選出されたが、党中央委員候補を経ずに党中央委員に選出されたと見られる。
さらに、南北閣僚級会談の首席代表である李善権(リ・ソンゴン)祖国平和統一委員会委員長は党中央委員候補に選出された。
また、平昌冬季五輪で北朝鮮オリンピック委員会代表団を引率して訪韓した金日国(キム・イルグク)体育相も党中央委員候補に選出された。金党委員長の訪中に同行した党国際部で中国を担当している金成男(キム・ソンナム)党国際部副部長は党中央委員候補から党中央委員に昇格した。
『聯合ニュース』によると、最近、軍総政治局組織担当副局長に就任したと見られている孫哲柱(ソン・チョルジュ)上将を党中央委員候補から党中央委員に、軍総政治局宣伝担当副局長に就任したと見られている李(リ)ドゥソン中将を党中央委員に選出した。
党機関主義の復活
北朝鮮ではこれに先立ち、朝鮮労働党中央委政治局会議が4月9日に開催された。これは同11日に開催された最高人民会議第13期第6回会議に提出する2017年決算と2018年予算を事前討議するもので、金日成(キム・イルソン)時代には必ず行っていた、最高人民会議前の党重要機関での承認手続きを行ったと言える。
朝鮮労働党は、2012年4月には最高人民会議に先立ち第4回党代表者会を、2013年3月31日に党中央委員会総会を、2014年4月に党政治局会議を開催したが、2015年にはこうした会議はなかった。2016年5月には36年ぶりの党大会を開催し、同年6月に最高人民会議が開かれた。昨年は2015年と同じように会議はなかったが、今年は本来の姿に戻し、党機関決定重視の姿勢を示した。
「南北関係発展、朝米対話発展」を分析
金正恩党委員長は党政治局会議で、「最近の朝鮮半島の情勢発展に対する報告」を行った。金党委員長はここで、4月27日に板門店の南側地域である「平和の家」で「北南首脳の対面と会談」があることについて述べ、「当面の北南関係の発展方向と朝米対話の展望を深く分析して評価し、今後の国際関係の方針と対応方向など、わが党が堅持すべき戦略・戦術的問題」を提示した。
北朝鮮メディアが4月27日に板門店の「平和の家」で南北首脳会談があることを報じるのは、これが初めてであった。また、金党委員長が「朝米対話の展望」について言及したと報じたのも初めてだ。ただここでは米朝対話が行われることを示唆しながらも、これが首脳会談であることについては言及がなかった。金党委員長はこの報告で、南北首脳会談や米朝首脳会談の方向性や展望について語ったと見られるが、その詳細は明らかにされなかった。
北朝鮮メディアはこのように、南北首脳会談や米朝首脳会談については極めて慎重で、情報を小出しにしている。特に米朝首脳会談は史上初めてのことでもあり、反米をほぼ国是としてきた北朝鮮にとって大きな転換を意味するだけに、扱いには慎重だ。
しかし北朝鮮が党政治局会議で、南北首脳会談や米朝対話についての討議を行ったことを内外に公表したことは、北朝鮮も激動する朝鮮半島情勢について内部的な準備を進めていることを内外に示す意図があり、これが今回の党中央委員会総会へとつながっていった。
北朝鮮メディアは、党政治局会議の写真や映像を公開したが、中央の円卓には金党委員長や金永南最高人民会議常任委員長、崔龍海党副委員長、朴奉珠首相など党政治局常務委員4人のほか、金平海(キム・ピョンヘ)、太宗秀(テ・ジョンス)、李洙墉(リ・スヨン)、朴光浩(パク・グァンホ)各党副委員長、楊亨燮(ヤン・ヒョンソプ)最高人民会議常任委員会副委員長と李明秀(リ・ミョンス)軍総参謀長、朴永植(パク・ヨンシク)人民武力相という政治局員メンバー11人が座った。
この円卓を囲むように椅子が配置され、そこには金英哲(キム・ヨンチョル)党統一戦線部長(政治局員)や金与正(キム・ヨジョン)党宣伝扇動部第1副部長など党政治局員や政治局員候補が座った。金党委員長から序列9位の太宗秀党副委員長までの政治局員9人と軍の李明秀総参謀長、朴永植人民武力相がメインテーブルに座ったと見られる。金正角軍総政治局長はこの時まだ党政治局員に選出されていないため、その姿はなかった。
また「4月9日」は、故金正日総書記が1993年に国防委員長に推戴されて25周年の日であったが、これに関する中央報告大会などは開催されなかった。金正恩時代に入り、昨年までは就任前日の4月8日に中央報告大会を開いてきたが、今年は25周年という区切りの年であるにもかかわらず、記念行事を省略した。これは金正恩政権の「先軍」離れを示すものと見られる。また南北首脳会談、米朝首脳会談を目前に控えているだけに、金正日総書記による核開発を含む「先軍路線」の業績を称えることを避けたのではないかと見られる。
金正角氏は副委員長に選出されず
北朝鮮は4月11日、最高人民会議第13期第6回会議を開催した。同会議では(1)内閣の2017年事業総括と2018年の課題(2)2017年決算と2018年予算(3)組織(人事)問題の3議案が審議された。
金正恩党委員長(国務委員長)は参加しなかった。金正恩政権になり今回を含め9回の最高人民会議が開催されたが、金党委員長が欠席したのは2014年9月、2015年4月に次いで3回目だ。
今回の最高人民会議は、これに先立って開催された党政治局会議で、金党委員長が「当面の北南関係の発展方向と朝米対話の展望」を分析したとしたために、最高人民会議では金党委員長が対南、対米外交路線について具体的な方針を明らかにするのではないかという期待が高まっていたが、南北首脳会談、米朝首脳会談を前に手の内を明らかにすることを避けた形となった。
人事では、金党委員長の提議により「黄炳瑞代議員を国務委副委員長から、金己男(キム・ギナム)、李萬建(リ・マンゴン)の両代議員、金元弘(キム・ウォンホン)を国務委員から召還」し、金党委員長の委任により「金正角、朴光浩、太宗秀、鄭京沢(チョン・ギョンテク)の各代議員を国務委員に補選」した。
ここで言う「召還」は「解任」の意味だ。黄炳瑞、金己男、李萬建の3氏は「代議員」の肩書き付きだが、金元弘氏は呼び捨てであった。北朝鮮では昨年10月に党組織指導部による軍総政治局への調査が行われ、黄炳瑞軍総政治局長と金元弘軍総政治局副局長への「処罰」が行われたと見られている。黄炳瑞氏には代議員の肩書きが付いたことから復権の可能性があるが、呼び捨てとなった金元弘氏はほぼ復権の可能性はないだろう。
また、金正角軍総政治局長、朴光浩党宣伝扇動部長、太宗秀党軍需工業部長、鄭京沢党政治局員候補(国家保衛相と推定)が国務委員に選出された。朴光浩氏は金己男氏、太宗秀氏は李萬建氏、鄭京沢氏は金元弘氏のそれぞれ後任者であり、順当な人事と見られる。
だが、軍トップの職責である金正角軍総政治局長が国務委員会の副委員長でなく、1ランク下の国務委員になったことは注目すべきだろう。これは金正角氏の軍総政治局長起用がワンポイントリリーフである可能性があると同時に、金正恩政権における軍部の地位の低下を示すものであろう。副委員長はこれまで党の崔龍海党副委員長、軍の黄炳瑞軍総政治局長、内閣の朴奉珠首相の3本柱体制だったが、当面は崔龍海、朴奉珠両氏の2人体制で進むと見られる。
このほかの人事では、朴泰成(パク・テソン)党副委員長を最高人民会議常任委員会委員から解任し、鄭(チョン)ヨングク代議員を最高人民会議常任委員会書記長に、金秀吉(キム・スギル)、朴鉄民(パク・チョルミン)、金昌葉(キム・チャンヨプ)の各代議員を最高人民会議常任委員会委員に選出した。
また、朴太徳(パク・テドク)代議員を最高人民会議法制委員会委員から解任し、梁正訓(リャン・ジョンフン)、金明吉(キム・ミョンギル)両代議員を最高人民会議法制委員会委員に選出した。
ファーストレディの地位強化
中国は金日成主席の誕生106周年に際し、宋濤中国共産党中央対外連絡部長を団長とする芸術団を派遣した。芸術団は4月14日に平壌の万寿台芸術劇場で公演を行ったが、これを金正恩党委員長の李雪主(リ・ソルジュ)夫人が崔龍海、李洙墉、金英哲各党副委員長、金与正党政治局員候補、朴春男(パク・チュンナム)文化相ら幹部とともに鑑賞した。
北朝鮮のメディアはこれを「尊敬する李雪主女史が党・政府の幹部と共に第31回4月の春、親善芸術祭典に参加した中国芸術団の公演を観覧された」(『労働新聞』)と報じた。
4月15日付の『労働新聞』1面は、金党委員長が宋濤党中央連絡部長に接見したと報じたが、李夫人の観覧ニュースは2面下段に写真5枚とともに報道された。写真の中には、公演を観覧する宋濤部長の右側に金党委員長の妹の金与正氏、左には李夫人が座ったものもあった。金党委員長は不在ながら、金ファミリーの女性たちを動員しての歓待であった。
北朝鮮における李夫人の報道は、これまではすべて金党委員長の活動に随行してのものであった。李夫人の単独行動が報じられたのはこれが初めてである。
北朝鮮の国営通信社『朝鮮中央通信』はホームページ内の「敬愛する最高指導者 金正恩同志の革命活動」で報じた。李夫人の活動を金党委員長と同格にする扱いである。さすがに『労働新聞』のホームページは、金党委員長の活動を報じる「革命活動報道」の中に入れず「重要報道」の中でこれを報じた。
さらに北朝鮮メディアは、李夫人について「尊敬する李雪主女史」と表現した。北朝鮮メディアが李夫人に「尊敬する」という形容詞をつけて報じたのもこれが初めてである。北朝鮮のファーストレディの地位を高める報道である。
「夫人」から「女史」へ
李夫人に対するメディア戦略は極めて計算されている。
夫人の姿が初めてメディアに登場したのは2012年7月6日。金党委員長が自ら結成した牡丹峰楽団の公演を鑑賞した際に、隣りに座った「謎の女性」として北朝鮮住民の前に登場した。報道では何の説明もなく、その後も金党委員長に同行する姿が報道された。そして、金党委員長が平壌に新たにつくられた綾羅人民遊園地の完工式に「李雪主夫人」とともに出席したと報じられ、件の女性が夫人であることを伝えた。写真や映像だけを流し、住民の関心を高めた上で夫人だと紹介するというメディア戦略であった。
その後も李夫人はミニスカートをはいたり、ブランド品の時計やハンドバッグを身に着け、公開の場で夫の金党委員長と見つめ合ったり、北朝鮮では公開の場で女性が着用することが避けられてきたズボンをはいたり、北朝鮮の一般住民から見れば「破格」の行動を続けてきた。幹部たちが付けている「金日成・金正日バッジ」を付けないこともたびたびであった。
住民たちの間では批判もある一方で、富裕層ではそのファッションが流行になったりもしたという。
北朝鮮では今年に入り、その李夫人への扱いが明確に変化し、ファーストレディの地位が強化されている。
今年2月8日に朝鮮人民軍創建70周年慶祝閲兵式が行われた際、金党委員長は黒塗りの大型乗用車で到着し、李夫人とともに車を降りて、迎える朝鮮人民軍軍種儀仗隊の迎接儀式を行った。金党委員長は赤い絨毯の上を歩いて名誉儀仗隊を査閲したが、李雪主夫人も厳しい表情で少し離れて並行して歩んだ。人民軍儀仗兵のセレモニーに夫人が同行するのは異例だった。またこの時、北朝鮮メディアは李夫人を「夫人」ではなく「女史」と呼称した。
さらに金党委員長が3月末に中国を電撃的に訪問した際にも李夫人が同行し、習近平中国国家主席夫妻との行事のほとんどに同行した。北朝鮮最高指導者の外遊に夫人が同行するのも異例だった。習近平国家主席の彭麗媛夫人と談笑する李夫人は、堂々たるファーストレディぶりを発揮した。2人とも歌劇団出身という共通点もあるが、中国のネットユーザーからは李夫人を称える声も多かった。
そして今回は、「尊敬する李雪主女史」という報道である。北朝鮮は計画的にファーストレディの地位強化の演出を図っている。6月初めまでにあると見られる米朝首脳会談にも同行する可能性が出てきた。
金正恩氏は「何でも金与正氏」
李雪主夫人と並んで存在感を示しているのは、金正恩党委員長の妹の金与正党宣伝扇動部第1副部長だ。金与正氏は2月の平昌冬季五輪開幕時に、金党委員長の特使として韓国を訪問。南北首脳会談実現の舞台づくりをして、一躍注目を集めた。これまで外部社会が注目していた以上の実力を持っていることが示された。
とはいえ金与正氏の訪韓は、金永南最高人民会議常任委員長を団長とする高位級訪問団の1人としてのものであり、これまで単独行動が北朝鮮メディアに報じられることはほとんどなかった。
だが金与正氏もまた、中国の宋濤党中央連絡部長ら芸術団が訪朝中の4月13日、中国芸術団の宿泊所を訪問して「兄弟的中国人民の芸術使節団が平壌滞在中、いささかの不便もないように最大の誠意を尽くす」と述べ、公演が成功することを願うとしたことが報じられた。『労働新聞』は4月14日付の2面上段に宋濤部長と懇談する写真とともに報じたが、金与正氏の単独行動が報じられたのもこれが初めてではないかと思われる。
金正日総書紀の時代には、妹の金慶喜(キム・ギョンヒ)氏が金正日総書記の現地指導などに同行したことが報じられたことはあるが、金慶喜氏の単独行動が報じられたことはほとんどない。
3月31日から4月4日まで韓国の芸術団を率いて訪朝した都鍾煥(ト・ジョンファン)文化体育観光相は4月17日、ソウル駐在の外国メディアと会見した場で、金党委員長は「はきはきとして活発な印象を受けた。ユーモアもあった」と印象を語った。都文化相は韓国芸術団が4月1日に公演した際は、2時間半にわたって金党委員長とともに公演を鑑賞した。金党委員長は公演中に指示することがあると、何度も金与正氏を呼んで指示する様子を直接見たと述べた。金党委員長にとって金与正氏は秘書室長のような役割を果たしているようだ。
北朝鮮メディアが中国の宋濤部長の訪朝に合わせて李夫人や妹の金与正氏の単独行動を報じたのは、今後、金正恩政権において2人の女性の比重が大きくなっていくことを示唆したと言える。これは政権維持の手法において、金党委員長が夫人と妹の役割を認めたと言え、金党委員長の負担を軽減するとともにファミリー統治が強化されていくことを示しているように見える。
宋濤部長への厚遇で中朝修復を演出
南北首脳会談と米朝首脳会談を控えて、そこに関心が集中しがちだが、北朝鮮はその一方で中朝関係改善にも意欲的に取り組んでいる。
今年の金日成主席の誕生106周年の祝賀行事の目玉は、宋濤中国共産党中央連絡部長が団長となって率いた大型芸術団の、4月13日から18日までの訪朝であった。
宋濤部長は昨年11月、第19回党大会の結果を北朝鮮に報告するために習近平党総書記(国家主席)の特使として訪朝したが、金正恩党委員長は会談をしなかった。
しかし今回はその非礼さを埋めるように、金党委員長、李雪主夫人、妹の金与正党第1副部長という金ファミリーを総動員して歓待した。
宋濤部長が13日に平壌空港に到着した際には、李洙墉党国際部長と金与正氏が出迎えた。先述のように13日夜には金与正氏が単独で宋濤部長の宿所を訪問して会談した。北朝鮮側は同日、宴会も催した。
金党委員長は14日に宋濤部長と会談し、「朝鮮労働党と中国共産党の共同の関心事となる重大な問題と国際情勢に対する深みのある意見が真摯に交換」された。その中で金党委員長は、「今後、両党間の高位級代表団交流など党的関係をいっそう強化し、各分野、各部門間の協力と往来を活発に行うことによって、伝統的な朝中友好を新しい時代的要求に即して新たな発展段階に積極的に継承し、発展させていく」と強調した。そして同日夕、金党委員長の主催で盛大な宴会を催した。これに先立つ14日の中国芸術団の公演は、李夫人が金与正党第1副部長や宋濤部長とともに公演を観覧した。
金党委員長は4月16日に、中国芸術団のバレエ舞踏劇「赤い女性中隊」を鑑賞した。金党委員長は公演後に李夫人と舞台に上がり、出演者ら1人1人と握手して「芸術団の今回の平壌訪問は、朝中友好をさらに発展させる意義ある契機となる」と述べた。
北朝鮮の宋濤部長への歓待ぶりを印象付けたのは、金党委員長が、中国代表団が帰国する前日の4月17日に再び宋濤部長と会談したことだった。金党委員長が外国要人と2度にわたり会談をするのは極めて異例で、昨年の欠礼を埋めるような配慮であった。金党委員長はさらに17日夕、宋濤部長と中国芸術団のために夕食会を催した。
宋濤部長と中国芸術団は4月18日に帰国の途に就いたが、李洙墉党国際部長、金与正党第1副部長、朴春男文化相らが空港で見送った。
習近平主席の早期訪朝も
北朝鮮の中国芸術団に対する歓待は、冷却していた中朝関係の修復を誇示するとともに、習近平国家主席の訪朝が相当早い時期に実現するのではないか、という見方を生み出している。
『CNN』は中国芸術団が帰国した4月18日、習国家主席が早期の訪朝を準備しており、6月上旬までに予定されている米朝首脳会談の結果を見て、訪朝する可能性があると報じた。習国家主席が2014年7月に韓国を訪問したことから、中朝関係は急速に悪化した。北朝鮮側は、金正恩党委員長が3月末に訪中した際に習国家主席の訪朝を要請し、中国側がこれを快諾したと報じている。米朝首脳会談が成功した場合には、習国家主席が早期に訪朝する可能性がありそうだ。
筆者は、今年9月に迎える北朝鮮建国70周年での習訪朝の可能性が高いと考えていた。だが朝鮮半島情勢の展開が極めて急テンポであることから、そうした記念日とは関係なく、習国家主席の訪朝が推進される可能性もありそうに思える。
金党委員長が宋濤部長に2回も会った理由として、米朝首脳会談への対応の協議はもちろん、習国家主席の訪朝を協議するためだった可能性がある。朝鮮半島情勢は予測を超えたテンポで急流に乗って動き出した。最初は流れに乗っていなかった中国も、金党委員長の訪中でこの急流に合流した。ロシアも李容浩(リ・ヨンホ)外相の訪問を受け入れるなど、この急流に合流する姿勢を見せている。その外側には、取り残されたような日本がいる。
取り残される日本政府
北朝鮮が党中央委総会で核実実やICBM発射実験の中止を決めたことに対し、日本政府の当初の反応は否定的で冷ややかだった。『共同通信』によれば、外務省筋は当初「論評に値しない」と酷評した。日本政府筋は「核完全放棄を約束しておらず、事態は何も変わっていない」とし、制裁圧力の維持を国際社会に引き続き呼びかけるとした。
小野寺五典防衛相は訪問先のワシントンで、記者団に「国際社会をはじめ日米で協調している圧力を緩めるタイミングではない」「国際社会が求めているのは、完全で検証可能な、不可逆的な方法で全ての大量破壊兵器やあらゆる弾道ミサイルの放棄だ。日本にとっては、(日本を射程に収める)中・短距離弾道ミサイルの放棄がなければ意味がない」と語った。
同じく訪米中の麻生太郎副総理兼財務相は「数々の約束をしてきたし、金も払った。実験場とかをやめる条件だったが、その後も続いた。きちんと調査した上でないとコメントできない」とコメントした。
しかし、ドナルド・トランプ米大統領が日本時間4月21日午前7時50分、ツイッターに書き込むと状況は一変した。トランプ大統領は「北朝鮮が、あらゆる核実験を中止し、主要な核実験場を廃棄することに合意した。 これは北朝鮮と世界にとって、非常に良いニュース、そして大きな前進である! 我々の首脳会談を楽しみにしている!」と北朝鮮の決定を歓迎し、核放棄に向けた重要な進展との認識を示した。
日本政府内に戸惑いが走り、米国と歩調を合わせる必要が出た。安倍首相が同日の「桜を見る会」で記者団に語った内容は、米国にいる主要閣僚の否定的な反応を大きく修正するものになった。安倍首相は「北朝鮮の発信については前向きな動きと歓迎したい。ただ大切なことは、この動きが核、大量破壊(兵器)、ミサイルの完全、検証可能で、不可逆的な廃棄につながるか注視したい。基本方針に変わりはない。」と、一応歓迎しながらも事態を注視するという姿勢に留めた。「前向きな動き」とは何で、何を「歓迎する」のかについては語らなかった。
各国が北朝鮮と対話姿勢を強める中で、取り残された日本は、最大の同盟国である米国の大統領と歩調を合わせるしかなかった。
空振りの日米首脳会談
森友、加計学園、自衛隊日報隠蔽問題などで窮地に陥っている安倍晋三首相は、米朝首脳会談前の日米首脳会談で成果を出す目論見だった。トランプ大統領に米朝首脳会談で拉致問題を取り上げるよう提起し、北朝鮮への圧迫を続けることで一致し、対北朝鮮政策での日米共同歩調を演出するつもりだったのだ。しかし、訪米時の日本のトップニュースは福田淳一財務事務次官のセクハラ疑惑だった。さらに通商問題では、安倍首相は環太平洋経済連携協定(TTP)への米国の復帰や、鉄鋼・アルミ製品への関税対象から日本を除外することに失敗し、逆に2国間の貿易協定に関する交渉をするよう迫られてしまい、日米の溝が浮き彫りになった。
トランプ大統領は4月18日の共同会見で「拉致問題は、首相にとって重要な問題であるため、私にとっても重要だ。日本人拉致被害者の帰国に向け最大限の努力をすると約束する。米国は日本に忠誠を尽くす」と述べた。
米国は同盟国であり、トランプ大統領が米朝首脳会談で拉致問題を持ち出すことは間違いないだろう。しかし、拉致問題をどれだけの重要案件として協議するかは疑問だし、金正恩党委員長が米朝首脳会談の場で拉致問題に誠実に対応する可能性は低い。また、金党委員長が「拉致問題は解決済み」とか「再調査をしたのに報告書を日本が受け取らない」などと言い出した場合、事態を十分に把握しているとは思えないトランプ大統領の対応が逆効果になる危険性もある。
拉致問題は日朝間で解決するのが基本だ。日朝間で水面下で行われてきた非公式協議も、最近は行われている兆候がない。日本政府が強調する最近の「接触」は、北朝鮮が出席する場に行って、日本側が一方的に主張を通告するようなケースがほとんどで、「協議」と言えるようなものではない。
「米国と100%ともにある」危険性
安倍首相は昨年9月の国連総会で、「対話による問題解決の試みは、一再ならず、無に帰した。何の成算あって、我々は3度、同じ過ちを繰り返そうというのでしょうか」「必要なのは、対話ではない。圧力なのです」と訴えた。
さらに安倍首相は、昨年11月にトランプ大統領が訪日した際の共同会見で、北朝鮮問題について「日本は全ての選択肢がテーブルの上にあるとのトランプ大統領の立場を一貫して支持します。改めて日米が100%ともにあることを力強く確認しました」と述べた。米国が軍事行動を取っても「100%支持する」と取られかねない発言だった。
しかし、日本の国益や事情と、米国の国益や事情は異なる。「100%ともにある」という言葉の危険性を認識していたのだろうか。
今年3月6日、トランプ大統領は韓国の特使団に対して、金正恩党委員長との首脳会談を受け入れると表明してしまった。トランプ大統領は3月9日に安倍首相と電話会談し、米朝首脳会談を受け入れたことを連絡してきたのだが、最近の報道では、トランプ大統領はこの時「シンゾー、グッドニュースだ」と米朝首脳会談を伝えてきたという。安倍首相にとってはトランプ大統領が米朝首脳会談を受け入れてしまったことが心外だったはずだ。しかし、この時も安倍首相の台詞は「日米は100%ともにある」であった。
しかし、朝鮮半島情勢が急展開し、日本が蚊帳の外に置かれているという批判が高まると、安倍政権の対北朝鮮政策は自らの圧迫一辺倒政策への検証もなく変化した。本音では「圧力一辺倒」を続けたいのに、日朝対話に前向き姿勢を示し始めたのである。安倍首相は3月16日に文在寅大統領との電話会談で「日朝平壌宣言に基づき、北朝鮮との国交正常化を目指す考えに変わりがない」と伝えたという。安倍首相は、その後の国会での質疑でも「日朝平壌宣言に基づき、北朝鮮との国交正常化を目指す考えに変わりがない」という趣旨の答弁をしている。それでは、昨年の国連総会での「必要なのは、対話ではない。圧力なのです」と断言した姿勢は何だったのか。
安倍首相は、2014年5月には北朝鮮と「ストックホルム合意」をしている。北朝鮮は拉致問題を含めた北朝鮮の日本人問題を再調査し、日本側は日朝平壌宣言に則って、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現する意思を改めて明らかにした。これは「対話」ではなかったのか。安倍政権は、ストックホルム合意に対する検証や評価もすることなく「圧力一辺倒」を叫び、朝鮮半島情勢が急変するとまた対話も模索するというあり様だ。
過去の政策を十分に検証することもなく、その時その時の情勢に揺さぶられながら、政権の維持や浮揚に北朝鮮問題を利用しているという印象を免れない。北朝鮮問題に正面から取り組む姿勢が必要だ。
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。