昨年11月の国会で外国人技能実習制度(実習制度)の拡充が決まった。外国人実習生の受け入れが認められる機械・金属や縫製・衣服関係の製造現場、建設業や農業など74の職種に「介護」を加え、就労期限も3年から最長5年へと延長する。昨年6月時点で約21万人に上る実習生の数は、今後さらに増えていくことだろう。
実習制度は、発展途上国への「技術移転」や「国際貢献」を趣旨に掲げている。しかし現実は、日本人の働き手が不足する仕事に外国人の出稼ぎ労働者を補充するための手段である。そんな欺瞞に満ちた制度が拡大されることに対し、私は過去の本サイトでの連載など(2014年11月10日「『実習制度』拡充で『ブラック企業化』する日本」)でも反対を唱えてきた。本来、"親日"の外国人を増やすための制度であるはずなのに、日本で働くうち"反日"感情を募らせる実習生に数多く出会ってきたからだ。
失踪者は3年で3倍増
実習制度をめぐっては、職場から失踪する実習生の問題が指摘され続けている。2015年の失踪者数は5803人に達し、3年前の12年から3倍近くにも増えた。その対策として、政府は「外国人技能実習機構」という監督機関を設立する。受け入れ先の企業、そして実習生を斡旋する「監理団体」に対する監視を強め、実習生の失踪を減らすというのだ。
今回の実習制度改正に際し、新聞各紙で「適正化法案」という言葉が使われたのも監視機関の設立があってのことだ。いっけん制度が「適正化」され、失踪の問題もなくなるかのようだが、新聞は法案を共同提出した法務省と厚生労働省の文言をそのまま伝えているに過ぎない。監視機関などつくったところで、失踪に歯止めはかからない。そんなことは、実習生の受け入れに関わる人なら誰しもわかっている。
実習生の受け入れ先は全国で3万社以上に上る。そんな膨大な数の現場が監督できるはずもない。すでに似たような機関として公益財団法人「国際研修協力機構」(JITCO)という官僚の天下り先も存在するが、全く機能は果たしていないのである。
失踪の増加は、実習生が受け入れ先の「ブラック企業」から賃金の未払いなどの人権侵害を受けているからではない。単純に失踪した方が「稼げる」からなのだ。人手不足が深刻化している現在、不法就労の外国人でも雇う会社はいくらでもある。
実習生に対しては「日本人と同等以上」の賃金を支払うよう制度は定めているが、給与は、職種に関わらず都道府県ごとに定められた最低賃金が基本となる。その上、実習生と受け入れ先の間に「ピンハネ構造」が存在するため、給与が低くなってしまい、実際の手取りは月10万円前後に過ぎない(2015年6月8日「なぜ実習生の給料は安いのか」)。
では、なぜ実習制度は見直されることなく、拡充が決まってしまったのか。その大きな原因が、官僚の意に沿う報道しかできない新聞・テレビの体たらくだ。そうした現状を象徴する番組が、つい先日もNHKであった。
「潜入ルポ」のお粗末さ
1月18日、「クローズアップ現代+」で「潜入ルポ"不法滞在ネットワーク" ~次々に消える外国人~」と題した番組が放送された。実習生が失踪し、不法滞在者となる問題に焦点を当てたものである。
「クローズアップ現代+」はNHKの看板番組の1つで、しかも「潜入ルポ」と聞けば力の入った調査報道を期待してしまう。番組は、ある監理団体への同行取材がメインだった。この監理団体が企業に斡旋した実習生から失踪者が出る。そして団体の担当者が失踪先のアパートを突き止め、入管に報告する様子をカメラが追う。このどこが「潜入ルポ」なのか。せいぜい民放でよく見かける警察の摘発現場を追った番組レベルである。ちなみに番組のホームページでは、こう番組は宣伝されていた。
〈私たちは、不法滞在者を摘発する現場を密着取材。すると、住居の斡旋から、仕事の手配、偽造在留カードの発行...失踪を可能にする"不法滞在ネットワーク"が水面下で広がり、失踪に拍車をかけている実態が浮かび上がった。〉
"不法滞在ネットワーク"と聞けば、組織的な犯罪集団が存在するかのように錯覚する。しかし現実は、個人的な人間関係の延長線上で、不法就労の手助けをしている程度である。
外国人の不法滞在者数は直近の2年は微増傾向にはある。それでも16年1月時点で6万2818人と、約30万人を数えた1993年のピーク時から大幅に減っている。私は不法滞在者となった元実習生や元留学生の取材もしているが、彼らはたいていフェイスブックなどのソーシャルメディアを通じて日本国内の同胞から情報を得て、職場や学校から失踪する。取材する限り、"ネットワーク"と呼べるほど大規模なものが存在するとは思えないが、失踪ルートは広範で、撲滅することなど不可能だ。番組が取り上げていた中国で偽造されるという在留カードを使用するケースは、そのうちの1パターンにすぎない。
「失踪に拍車をかけている」存在は、"不法滞在ネットワーク"よりもむしろ別にある。NHKが全面的に取材を頼った監理団体こそ、ピンハネを通じて失踪の元凶となっているのだ。そのことに番組制作者は気づいていないのだろうか。
「ピンハネ監理団体」の成り立ち
番組が取り上げたのは、公益財団法人「国際人材育成機構」(通称:アイム・ジャパン)という監理団体だった。この団体を私は10年前に取材したことがある(2007年10月号「官僚組織がたかる『研修生利権』の甘い汁」)。当時から監理団体として最大規模を誇っていて、これまで斡旋してきた実習生はインドネシア、タイ、ベトナムの3カ国から約4万5000人に上る。今年度に限っても2500人以上の斡旋を見込んでいるほどだ。
実習生の斡旋には民間の人材派遣会社は関与できない。公益性を認められた組織のみが監理団体として活動できるが、実習生の受け入れを主たる事業にすることは許されない。実習制度が営利目的で利用されないよう配慮してのことである。ただし、アイム・ジャパンだけは実習生の斡旋に特化した団体だ。
そんな特権が認められているのは、この団体の成り立ちに理由がある。アイム・ジャパン(創設時の名称は財団法人「中小企業国際人材育成事業団」)は1991年、旧労働省(現・厚生労働省)出身の故・古関忠男氏が創設した。彼は実習制度の生みの親である。アイム・ジャパンを創設した頃には、「参議院のドン」として政界に君臨していた村上正邦・自民党参院議員(当時)らに働きかけ、実習制度の創設に動いていた。そして93年、実習制度が実現すると、アイム・ジャパンに「特権」が与えられる。
その後、古関氏は2000年に発覚する「KSD事件」で逮捕され、村上氏ともども失脚した。こうして現在の実習制度をつくった2人が表舞台から去った後も、アイム・ジャパンは存続し、右肩上がりで成長を続けていく。
膨れ上がる事業規模
今年度の事業収入は23億円以上が見込まれ、銀行預金だけで約8億円に及ぶ内部留保もある。10年前には135名だった従業員は220名まで増え、北海道から沖縄まで全国に12カ所、加えて送り出し側の3カ国にも事務所を構えるほどだ。福島での原発事故直後には、ベトナムから数千人規模の実習生を受け入れて原発で働かせようと計画したこともある。
アイム・ジャパンの事業を支えているのが、実習生の受け入れ先から得る様々な手数料だ。受け入れ先は実習生を斡旋してもらう場合、アイム・ジャパンへの入会金として10万円、加えて1万円の月会費が必要となる。さらに、就労前に受ける研修費として実習生1人につき14万8300円も支払わなければならない。そして実習生が仕事を始めた後は、アイム・ジャパンに対して1年目は1人当たり月6万4100円、2年目は月5万8200円、3年目は月5万5300円を支払う義務が生じる。そこから1年目は月1万円、2年目以降は月2万円を「事業奨励基金」としてアイム・ジャパンが預かり、実習生が母国に帰国する際に手渡す仕組みだが、目的は実質、彼らが途中で失踪しないようにすることだ。日本人の労働者に対しては到底許されないシステムである。
アイム・ジャパンのような監理団体が実習生の受け入れ先から徴収する費用を「ピンハネ」と呼ぶことに対し、彼らにも言い分はあるだろう。費用には実習生の渡航費なども含まれてはいる。とはいえ、実習制度の趣旨が全く形骸化し、実習生の斡旋がビジネスと化していることは紛れもない事実だ。
こうした監理団体の存在があるため、実習生の手取りは低くなる。たとえば、受け入れ先が月20万円を用意しても、アイム・ジャパンへの支払いや実習生のアパート代などを差し引けば、実習生には半分ほどしか渡らない。
役所と大メディアによる「八百長」
古関氏が失脚した後、アイム・ジャパンを乗っ取ったのが法務省と厚労省だ。理事長の坂本貞則氏は法務省、専務理事の坪田一雄氏は厚労省からの天下りなのである。つまり、実習制度の拡充法案をつくった両省とは、表裏一体にある団体でもあるわけだ。もちろん、そんなカラクリは「クローズアップ現代+」では全く伝えられなかった。基礎知識もなく番組を見た視聴者が、法務・厚労両省とNHKの「八百長」に騙されたとしても当然だ。
官僚がつくった法案の正当性を、自らの天下り先である団体を使って宣伝し、それを大メディアが垂れ流す。その結果、世論が誘導され、まるで国益に沿う政策であるかのような錯覚が広まっていく。そして裏では、天下り先のビジネスが繁盛する――。
実習生の失踪を減らしたいなら、監理団体のピンハネにメスを入れることが先決だ。実習生がブラック企業の犠牲になっているというのなら、彼らに職場の移動を認めればすむ。天下り先の監視機関などつくらなくても、制度のスキームを変えればよいのである。
外国人労働者が必要なのであれば、「実習」などと偽らず短期就労を認めるべきだ。たとえ就労期限が3年から5年に延びようと、労働者が入れ替わり、再来日が許されないローテーション型の実習制度は、受け入れ先にとって決して好ましいものではない。日本語能力を条件に課すなどして再来日を認めれば、失踪する外国人も減るだろう。彼らは期限内に日本で少しでも多く稼ごうとして失踪するのである。そんな簡単なことすらできないのは、現行制度のもとで官僚機構が巧妙に実習生を食い物にし、自らの利権を広げているからなのだ。
そうした官僚の思惑にNHKを始めとするメディアが加担する。しかも「潜入ルポ」などと称して放送するなど、まさに国民への裏切り行為に他ならない。
出井康博
1965年岡山県生れ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『THE NIKKEI WEEKLY』記者を経てフリージャーナリストに。月刊誌、週刊誌などで旺盛な執筆活動を行なう。主著に、政界の一大勢力となったグループの本質に迫った『松下政経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)、本誌連載に大幅加筆した『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『民主党代議士の作られ方』(新潮新書)がある。最新刊は『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新社)。
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(2017年1月27日フォーサイトより転載)