「海外医学部」留学希望が急増する「医学教育」の情けない実情--上昌広

どうしても医者になりたい若者の中には、海外に飛び出そうとする者も出てくる。

石川甚仁君という学生がいる。ハンガリーのセンメルワイス大学に通う36歳だ。日本の大学を卒業。社会人経験を積んだ後、医学の道を志した。

なぜ、ハンガリーなのか。石川君は「私にとって最適な医学部だったから」と言う。どういう意味だろうか。本稿では、その背景をご紹介したい。

急速に「難化」している地方医学部

いまさら言うまでもないが、医学部進学は狭き門だ。

我が国には82の医学部(大学校である防衛医大を含む)があり、そのうち31は私大医学部だ。6年間の学費は、もっとも安い国際医療福祉大学(千葉県成田市)で1850万円。もっとも高い川崎医科大学(岡山県倉敷市)は4550万円もする。開業医など一部の裕福な家庭を除き、子弟を進学させることはかなり困難だろう。

対して、我が国に50校存在する国公立大学の6年間の学費は約350万円。私立大学と比較すると格安だが、こちらは学力の面で入学するのが難しい。冒頭の図1は2016年の医学部の偏差値を比較したものだ。いまや地方大学の医学部の偏差値は東大理科1類と変わらない。

近年、医学部は急速に「難化」している。図2は、1986年と2016年の国公立大医学部の偏差値の変化を示している。比較のため、東大理1も示した。山梨大学、弘前大学などの地方大学の医学部が急速に難化していることがお分かり頂けるだろう。

格差広がる「西高東低」

実は、国公立大学の医学部は偏在している。圧倒的な西高東低だ。首都圏(1都3県)の人口は3613万人だが、国公立の医学部は4つ(東京大学、千葉大学、東京医科歯科大学、横浜市立大学)しか存在しない。一方、人口385万人の四国には4つの医学部があり、すべて国立だ。

私は、このような偏在は戊辰戦争の後遺症だと考えている。我が国の名門大学の多くは戦前に設立された。医学部の場合、戦前に17校が存在した。多くは江戸時代の藩の医学校から発展している。東京大学は江戸幕府の医学所、九州大学は福岡藩の賛生館という具合だ。

幕末、西洋列強の侵略を怖れた幕府や諸藩は藩校を整備し、蘭学を学ばせた。その中心が医学だった。このような学校が、その後、国立大学へと発展した。戦前までに九州に3 校の官立医学部(九州大学、熊本医科大学、長崎医科大学)があったのに対し、首都圏には東大と千葉医科大学(現・千葉大)、東北地方には東北大学、甲信越には新潟医科大学(現・新潟大学)だけしかなかった。

高度成長期、無医村解消を目指し、1県1医大政策が推し進められたが、これがさらに偏在を悪化させた。

西日本には小さい県が多いため、結果的に地域全体として多くの医学部が新設される形になったからだ。1975年の千葉県の人口は415万人で、404万人の四国とほぼ同じだった。ところが、徳島県以外の3県に国立の医学部が新設されたが、千葉大学があった千葉県には医学部は新設されなかった。その後、千葉県の人口は622万(2015年)と49%も増えて、四国は人口が減った。この結果、さらに格差は拡がった。

首都圏で国公立の医学部が不足しているのを緩和したのは、私大医学部の新設だ。現在、我が国には31校の私大医学部があるが、このうち首都圏に16校が集中する。

この結果、首都圏の医学部と言えば私大医学部、というイメージが定着した。そのため、普通の家庭で育った若者にとって、医学部は極めて狭き門となってしまった。図3は、18歳人口あたりの国公立の医学部定員を示したものだ。

地方大学は「地域密着」

読者の中には、「医師を目指すなら、首都圏にこだわらず、全国どこの医学部に行ってもいいだろう」とお考えの方もいらっしゃるだろう。

確かに、その通りだ。ところが、医学部に限らず、大学の多くは地元出身者で締められる。大学は、どこも「地域密着」なのだ。東大の関東出身者、京都大学や大阪大学の近畿地方出身者は、例年6割弱だ。九州大学や名古屋大学は7割以上を地元出身者が占める。

余談だが、もっとも地元出身者が少ない、つまり全国から学生があつまるのは北海道大学と東北大学だ。いずれも地元出身者は4割程度である。その分布を示す。

両者の分布は対照的だ。東北大は隣接する関東地方からの入学者が多く、地元出身率が低下する。北大は全国から集まっている。富山県など日本海側が多いのは、北前船や入植の歴史の影響だろう。かくの如く、大学入学者は地域の歴史を反映する。

話を戻そう。首都圏の高校生が医師になりたいと希望した場合、多くは首都圏か東北地方の国公立の医学部を目指す。それで駄目な場合は諦めるか、西日本の医学部に進学する。ただ、偏差値は高く、合格は至難の業だ。

どうしても医者になりたい若者の中には、海外に飛び出そうとする者も出てくる。これが冒頭にご紹介した石川君だ。

人気高まる「東欧」

海外の医学部と言えば、ハーバード大学など米国の医学部を思い浮かべる方が多いだろう。

ところが、最近注目を集めているのは、東欧の医学部だ。ハンガリー、スロバキア、チェコ、ブルガリアの医学部には、すでに約370人の日本人が在籍している。石川君も、その中の1人だ。

EUでは、EU内のどの医学部を卒業しても、医師資格試験に合格すれば、EU内で通用する共通免許を取得することができる。

文化レベルが高い割に、物価が安い東欧諸国は、この点を利用している。ハンガリーの医学部定員は約2万人だが、このうち5000人程度を英語で教育している。学生の出身地で多いのは、ドイツ・イスラエル・北欧だが、日本人の学生も多い。現在、約400人が在籍しており、2016年度は78人が入学した。

彼らが東欧を選ぶ理由は、比較的入学しやすく、かつ学費が安いことだという。図6は、国内、米国、東欧の医学部で、入学から卒業までに必要な学費を示している。日本の私大医学部や米国の有名医学部と違い、東欧の医学部なら、日本のサラリーマン家庭でも十分に負担出来る金額であることがお分かりいただけるだろう。

「学校歴」ではなく「学歴」

幸い、物価も安い。石川君は「年間の生活費は120万円もあれば十分です」という。

今後、この傾向は加速するだろう。なぜなら、東欧諸国は医学教育を外貨獲得の手段と考えているからだ。ハンガリーには4つの医学部があるが、留学生が納める学費は1億ドルを超える。

世界の高等教育は急速にグローバル化しつつある。低コストで、ハイレベルの教育が受けられる大学には世界中から学生が集まる。医師のような業務独占資格の場合は、なおさらだ。

日本人は東京大学やハーバード大学卒業などの「学校歴」が好きだが、世界では「学歴」がものをいう。医師免許、MBA、博士号などだ。資格をとれば、あとは実力勝負である。

では、日本人が東欧での医学部進学を考えた場合の問題はなんだろう。それは、入学は容易だが進学が難しいことだ。

この点については、月刊誌『選択』2017年3月号に「東欧への『医学部留学』がブーム」という論文が掲載されている。コンパクトにまとまっており、ご興味のある方はお読み頂きたい。

ハンガリーの医学部には、毎年40名程度の外国人が入学してきた。ただし、石川君によれば、「ストレートで進学できるのは4割程度。3割は留年、残りの3割は退学する」という。

チェコも状況は同じだ。毎年75~90人の外国人が入学するが、無事に卒業できるのは40~50人だ。これまでに20人の日本人が入学したが、すでに6人が退学している。

チェコで2番目に古い歴史をもつパラツキー大学で学ぶ坂本遙さんは、同大学の特徴を「入学後の1年間で3割から5割が退学すること」と言う。1年生のときに単位を落とすことが認められていないため、2回まで受けることが出来る追試で合格しなければ、自動的に退学となる。退学となった学生の多くは、授業を受け続けながら、翌年に再受験する。ポーランドなどEU内で難易度の低い大学を受け直す学生もいる。このようなやりかたは、1年間をかけて入学者を選抜していることに他ならない。日本とは異なるシステムを採用しており、日本の医学部とは異なる特性をもつ学生が選抜される。

日本の大学より魅力的

では、日本から東欧の医学部に進学する学生の背景はどうなっているのだろう。

石川君が、彼がアプローチ可能であったハンガリーの医学部で学ぶ日本人留学生61名の背景を調査した。興味深い結果だった。

親の職業が判明した45人のうち、親が医者だったのは23人、それ以外が22人だった。

入学者の出身地で多いのは、関東地方29人、九州11人、近畿8人、中国地方5人という順だった。出身地と親の職業の間には、明らかな関連はない。

冒頭で、首都圏の高校生は、国公立の医学部に進学するのが難しいことを紹介した。私は、石川君に依頼して、各地方の国公立大学の医学部の定員枠と、ハンガリーの医学部に進学している学生の割合を比較してもらった。勿論、少数例の検討で、確定的なことは言えない。

ただ、私は、この結果を見て驚いた。首都圏の若者がハンガリーの医学部に進学しているのは予想通りだったが、四国・九州・中国地方が、ほぼ同レベルだったのだ。

四国・九州・中国地方など西日本の若者の医学部志向が、我々の予想以上に根強いことがわかる。現在、厚生労働省は将来的な医師過剰を危惧し、日本の医学部の定員を抑制しようとしているが、こんなことをしても、海外の大学に進学するだけのようだ。英語で教育を受け、EU共通の医師免許を取れるため、日本の大学より魅力的と言っていいかもしれない。

しかも卒業後は、日本の病院での勤務も可能だ。2013年以降、ハンガリーの医学部を卒業し、日本の医師国家試験を受験したのは56人。このうち、41人が合格しいている。合格率は73%。日本の医師国家試験の合格率は88.7%(2017年)だから、立派な数字だ。

激変する日本の医学教育

最近になって、東欧の医学部で学ぶ若者が多くのメディアで取り上げられるようになった。その代表がスロバキア国立コメニウス大学医学部在学中の妹尾優希さんや、ハンガリー国立センメルワイス大学医学部在学中の吉田いづみさん(2017年9月8日「秋篠宮親子のハンガリー訪問から見た日本」、2017年9月26日「ハンガリーの『元移民』から見た『ドイツ総選挙』の影響」参照)だ。夏休みなどで日本に帰国している際には、私どもの研究室で研修している。

吉田さんは、「灘や開成など有名進学校の学生からの問い合わせが増えました」と言う。彼らにとっては、日本の医学部以上に有望な存在に映るのかもしれない。

政府は大学教育の国際化を推し進めている。ところが、その効果はイマイチだ。日本の主要大学の世界ランキングは低下の一途を辿っており、その理由の1つに国際化の遅れが挙げられている。政府の迷走を尻目に、若者たちはボトムアップで国際化を進めている。日本の医学教育は激変の最中にある。

上昌広 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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(2017年10月6日「フォーサイト」より転載)

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