「機能性表示食品」に気をつけろ:米「サプリ論争」からの考察

サプリメントは本当に健康に有効なのでしょうか。そもそも安全なのでしょうか。ここ数年、様々な議論が行われ研究も進められている米国の議論を辿りながら考えます。
Jon Larson

 現在、私たちの生活にはサプリメント(栄養補助食品)が溢れています。スーパー、コンビニでもネット通販でも、いつでも誰でも手軽に手に入れられます。種類も豊富で、それぞれ様々な効能が謳われています。中には毎日複数のサプリメントを摂取する人も少なくありません。

 しかし、それらのサプリメントは本当に健康に有効なのでしょうか。そもそも安全なのでしょうか。

 そうした問題について、米国ではここ数年、様々な議論が行われ、研究も進められています。そしてそれらは、日本にも多大な影響を与えています。

 折しも日本では4月1日、健康にどのような効果があるかを食品に表示しやすくなる「機能性表示食品」という新しい制度がスタートしました。米国での議論を辿りながら、この新制度について考えてみます。

「お金の無駄遣い」

「Enough Is Enough: Stop Wasting Money on Vitamin and Mineral Supplements(もう十分なのでいい加減にして下さい。ビタミンやミネラルのサプリメントにお金の無駄遣いをするのはやめましょう)」という米ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らによる論文が、2013年に米国内科学会誌『Annals of Internal Medicine:AIM』に掲載されました。同誌は国際的にも非常に評価が高く、影響力のある医学雑誌です。

 この論文では、信頼性の高い良質な3つの研究報告の結果を解析し、「ビタミンやミネラルのサプリメントを毎日摂取することで病気の予防や進行を妨げることができるか?」という疑問に対して、「No」という答えを結論づけました。当然ながら、関連する業界は騒然となりました。

 米大手メディア『CBS』によると、この論説に対してサプリメント企業側は激しく反発しました。業界関連企業らで組織する米国栄養評議会(Council for Responsible Nutrition=CRN)のスティーブ・ミスターCEOは、「著者らが、実生活にサプリメントが必要なことを受け入れられないのは残念です。私たちがみんな健康的な食生活を送り、食事からすべて必要な栄養素を得ているという、まるでおとぎ話のような世界に住んでいるかのような間違った推測です」と、論文の結論を真っ向から否定しました。

 その両者の見解を報じたCBSのチーフ医療特派員、ジョナサン・ラポック医師は、こう指摘しています。

「あなたの健康を守るためには、果物、野菜、ナッツ、豆や低脂肪乳製品にお金を使うことです。運動にお金を使うのもよいでしょう。ただし、遺伝性の自己免疫疾患であるセリアック病のような栄養の吸収ができない人や、お腹の赤ちゃんの先天性欠損症の予防が必要な妊婦さんのように、特定の人々にはビタミンのサプリメント摂取が利益をもたらすことも事実です」

覚醒剤の類似物質も!

 その後もサプリメントに関する議論は続き、その必要性の有無だけではなく、安全性にも及んでいます。米国政府としても無視できず、現在ではアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)のウェブサイトには、サプリメントの副作用、重金属の混入、未申告のアレルゲンや微生物汚染などの問題が頻繁に報告されています。

 最近の例をご紹介します。今年4月23日、FDAはサプリメント製造販売の5社に対し、覚醒剤の一種であるアンフェタミンに類似した物質「BMPEA(beta-methylphenethylamine)」を含むサプリメントの販売停止を警告しました。これらのサプリメントは、体重減少やエネルギー増強に効果があり、運動能力向上のために多くの利用者がいたのです。しかし、ハーバード大学医学部のピーター・コーエン教授らの報告によると、テキサス産の「アカシア・リジデュラ(Acacia rigidula)」と表示されている21種のサプリメントを解析したところ、11種がBMPEAを含有していたそうです。ただし、BMPEAそのものの人体への作用は、謳われているような効能があるのか、あるいはアンフェタミンのような害があるのか、まだ全く研究されていません。

 とは言え、覚醒剤に類似した物質が含まれているわけです。『ニューヨーク・タイムズ』によると、コーエン教授らの報告後、3人の米上院議員らが中心となって働きかけた結果、ようやくFDAが5社に販売停止を警告したというわけです。コーエン教授は、すでにいち早くBMPEAの「深刻な健康リスク」を認定したカナダ政府にFDAも倣うべきで、一刻も早く販売を一切禁止にするべきだと訴えています。

肝移植や死亡例も

 また、FDAは4月13日、『Tri-Methyl Xtreme』という筋肉増強のためのサプリメントが深刻な肝障害を引き起こす恐れがあるとして、消費者への使用禁止の警告を発表しています。きっかけとなったのは、カリフォルニア州、ニュージャージー州、ユタ州の消費者3人からの副作用の報告でした。さっそくFDAは調査を開始し、その結果、このサプリメントには、重篤で不可逆な多臓器への障害をきたす蛋白同化ステロイドが含まれていることが判明したのです。

 米フィラデルフィアにあるアインシュタインメディカルセンター(einstein medical center )のビクター・ナバロ博士らによる、2014年10月の米国肝臓学会誌『肝臓学(Hepatology)』の報告によると、2004年から2013年の839人の薬剤やサプリメントによる肝障害の症例を解析した結果、15.5%に及ぶ130人がサプリメントによる肝障害でした。その内45人が筋肉増強剤で、85人はそれ以外でした。しかも、サプリメントに関係した肝臓障害はここ10年間で7%から20%に増加しており、重篤なケースとして肝移植や死亡例さえ報告されています。

 もちろん、すべてのサプリメントに害があるわけではなく、中には有効性が裏付けされたものもあります。例えば、妊婦は葉酸が欠乏しやすく、胎児の先天性欠損症の原因となりますが、予防には葉酸のサプリメントが効果的です。ただし、この種のサプリメントの過剰な摂取は、がんのリスクを高めることも懸念されています。実際、高用量の葉酸の摂取は何種類かのがんのリスクが増加する研究結果も報告されています。

 他にも、表示されている物質が実際には含まれていなかったという問題もありました。今年2月3日、ニューヨーク州のエリック・シュナイダーマン司法長官の報告によると、DNA検査の結果、ハーブサプリメントとして宣伝・販売されている商品のうち79 %が実際にはハーブ薬草を含んでおらず、別の植物が混入していたというのです。逆に、表示されている植物のDNAが実際に検出された商品は、わずか21%でした。同州のケン・ラバル上院議員は、「公共のための適切な情報を提供する表示の立法のために戦い続ける」と語っています。

野放し状態

 ご存じの通り、米国は訴訟大国です。こうした様々な問題が明らかになるにつれ、消費者はFDAへの報告だけではなく、自ら訴訟も起こしています。そのため、サプリメント関連訴訟を専門にする弁護士も増加しているほどです。

 いったいなぜ、米国はこんな状況になってしまったのでしょうか?

 これを理解するためには、1994年に米国で成立した「栄養補助食品教育法(Dietary Supplement Health and Education Act:DSHEA)」について考えなければなりません。同法は、政治資金的にもサプリメント業界と強固な関係をもつユタ州のオーリン・ハッチ共和党上院議員の主導により成立しました。その後サプリメントは、「健康の自由」を謳う米国民に支持され、業界は成長を続け、年間50億ドルの売り上げとなりました。

 この法律によって、サプリメントに対するFDAの規制は大幅に緩和されてしまっているのです。

 具体的には、そもそもサプリメントは販売前にFDAの承認を必要としません。安全性や有効性、科学的根拠に基づくことを、証拠をもってFDAに証明する必要がないのです。サプリメントのラベル表示の内容が正確かつ真実であるか、安全であるかどうかは、製造業者や販売代理店の言うことを信じるしかないのです。

「この製品は栄養不足を助け、健康をサポートします」とか、「健康上の問題のリスクを低減します」などと表示することも、何の規制も受けずに可能なのです。ただし、同時に、「これはFDAによって評価されたものではありません。また、この製品は疾病の診断、治療、治癒、予防を目的としたものではありません」という"断り書き"は表示しなければなりません。また、仮に「特定の疾患または状態の治療、予防または治癒」などと表示すると、そのサプリメントは未承認薬ということになるので違法です。

 もちろん、先にご紹介した例のように実際に問題が起こり、安全でないことをFDAが発見した場合は、FDAは業者に警告を発するか、市場から製品を排除するなどの行動を取ることができます。

 しかし、これはあくまでも事後対応であり、DSHEA法によって、悪質なサプリメントが野放し状態にされているわけで、消費者は常にリスクに晒されているのが現実なのです。

 ちなみに、米国では1990年に成立した「栄養表示教育法」により、サプリメント以外の食品全般を対象として、企業から申請があったもののうちFDAが認めたものについてのみ、"健康強調表示"が可能となりました。ただし、これはFDAの厳格な審査により、明確な科学的な根拠に基づいて専門家の間で合意が得られ、食品や栄養素を摂取したことで病気のリスクを軽減する可能性が認められた場合に限定されます。例えば、カルシウムと骨粗しょう症、塩分の低減と高血圧、飽和脂肪酸やコレステロールの低減と心臓疾患のリスク、食物繊維とがんなど、生活習慣病の予防に効果が報告されている食品です。その後、法律の多少の緩和はあるものの、今日まで、食品の表示に関しては、サプリメントとは違って、FDAにより厳しく規制されています。

 ニューヨーク・タイムズ紙の記事で、ハーバード大学のコーヘン教授は、「FDAは、米国市場から危険な物質が混入したサプリメントを排除できなかった。サプリメントに対するFDAの規制を高めるために、法律の改正が必要だ」と指摘していますが、まったく同感です。

日本の新制度も......

 今回スタートした日本の「機能性表示食品」の新制度は、実は1994年に米国で成立した「栄養補助食品教育法」におけるサプリメントの表示制度を参考にしています。前述した「栄養表示教育法」、つまりFDAによる厳格な審査を課した法律ではなく、サプリメント業界から政治資金の支援を受けている議員によって成立した"業界のための"法律のほうを参考にしているのです。ですから、企業は企業自身の判断で、食品の安全性や機能性について自らその科学的根拠を評価したという旨とその効能を表示できるようになりました。

 日本にも、すでに米国の「栄養表示教育法」と同種の制度はあります。「トクホ」の名称で知られる「特定保健用食品」などがそれで、国の審査が必要です。この表示許可を得るには、臨床試験データをはじめ膨大な量の書類を厚生労働省に提出しなければならず、その審査も厳密に行われます。つまり費用や時間の面で企業側の負担が大きいため、それを軽減する狙いで今回の新制度がスタートしたのです。

 新制度では、健康に与える効果の科学的根拠を示す論文や表示内容を消費者庁に届け出るだけで、60日後には効能を表示して販売できることになっています。実際、すでに消費者庁には100件あまりの申請があり、早ければ6月中にもそれらの商品が順次店頭に並ぶのだそうです。

 しかも、米国ではサプリメントと食品の境界は明瞭ですが、日本では、新制度の対象はサプリメントだけではなく、加工食品や生鮮食品も含まれます。

 果たしてこの新制度で、本当に日本人の健康を守ることができるのでしょうか?

 成分や効能を謳う内容は、審査を受けることなく、企業の責任だけで表示されるのです。「消費者庁に届け出ている」という"断り書き"を「安全の保証」と勘違いする消費者がいないとも限りません。販売を拡大したい企業側は、この新制度を最大限利用し、PRするでしょう。リスクはすべて消費者が負わされることになります。また、新制度によって米国の危険なサプリメントが輸入されるリスクも増大するでしょう。

機能性表示に振り回されるな

 さて、こうした問題点を踏まえたうえで、改めて考えてみてください。私たちは、食生活の質の悪化によるカロリー過多と偏った栄養の摂取、そして身体活動の低下の対策として、果たして積極的にサプリメントや健康食品を利用するべきでしょうか――。

 私には、議論が逆さまになっているように思えます。まずは食生活の質の悪化と身体活動の低下の原因を考えて、習慣となっている根本的なライフスタイルを改善することのほうが先決であり、重要だと思います。

 最後に、ハーバード大学公衆衛生大学院のある専門家の食生活に対するアドバイスをご紹介します。

 果物、野菜、全粒穀物、ナッツ、ヘルシーなオイルを摂取して、赤身肉や不健康な油を避けるという食生活が何より大切です。マルチビタミンは、栄養不足に対していくらかの備えにはなりますが、ヘルシーな食事とは比べ物になりません。マルチビタミンは、安価な備えになりますので、1日1粒摂取することは推奨します。ただし、高用量ビタミン剤や高用量ビタミン強化食品は避けて下さい。テレビやインターネットで宣伝されている数多くのサプリメントの機能性表示に振り回されてはいけません。それよりもむしろ、健康的な食事や休暇にこそお金をかけて下さい。

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大西睦子

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。

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(2015年5月20日フォーサイトより転載)

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