繰り返し強調しておくが、中国の歴代の政権は「宇宙強国」を目指してきた。
2022年には自前の宇宙ステーション「天宮」を全面運用し、2028年から2030年には搭載重量が140トンにも及ぶ新型ロケット「長征9号」を打ち上げる予定だ。「長征9号」の開発には、有人月面着陸や火星の表土や岩石を地球に持ち帰るサンプルリターン計画、大型宇宙ステーションの建造が念頭にあるとされる。
つまり、中国が目指しているのは、2030年代に米国と並ぶ「宇宙強国」の地位を確立することなのだ。
「2つの100年」を前に
「宇宙強国」の意味は、「軍民融合」が叫ばれる中国では、当然のことながら軍事面における「強国」と同列である。実際、習近平中国国家主席は2015年12月、「勝てる軍隊をつくる」として軍を再編し、「戦略支援部隊」を創設している。
「戦略支援部隊」は、宇宙領域を担う「軍事航天部隊」と、サイバーを担う「網路信息戦部隊」に分かれている。中国の宇宙開発は軍が指揮しているわけで、「戦略支援部隊」の任務は、各軍種の作戦や統合作戦の支援、サイバー及び電子戦にある。
まさに(上)で指摘したように、中国軍が湾岸戦争とイラク戦争で必要性を痛感した衛星通信を重視しているのだ。
例を挙げれば、海洋偵察衛星は敵艦艇の位置把握に、測位衛星は航空機や艦艇が自己の位置を知るのに必要であり、ミサイルの精密誘導で不可欠なものである。
中国は、軍事作戦の向上をもにらみ、独自の衛星測位システム「北斗」の構築を進めてきた。2020年までに測位衛星「北斗3号」を35基態勢にすることを公表しているが、2018年11月に18・19基目を軌道に投入し、12月から全世界での運用を始めた。
2020年は、中国の「2つの100年」(中国共産党100周年の2021年に「小康=ゆとりある=社会」、建国100周年の2049年に「社会主義の現代化した国家」を目指す習主席のスローガン)の最初の100年にあたる2021年を前に、愛国心の高揚が図られよう。
中国は、これら衛星に対するサイバー攻撃、GPS衛星に対する電波妨害の能力も有しているとみられているほか、「北斗」に対する電波妨害を防ぐ電磁シールド、衛星の小型化、ミニシャトル宇宙飛行体「神龍」などの開発も進めている。
世界で初めて「月の裏側」へ着陸
中国が進めている月の開発にしても、「対衛星攻撃兵器」(ASAT)と関連付けた見方が少なくない。
中国は2019年が明けて間もない1月3日、無人探査機「嫦娥4号」を世界で初めて月の裏側に軟着陸させた、と大々的に発表した。中国共産党機関紙『人民日報』は、「人類初! 月の裏側に着陸成功」と、スマートフォン用アプリ向けに「号外」紙面も製作した。
「嫦娥4号」は、月の裏側を近距離で撮影した画像を中継衛星経由で送ることにも成功したとしている。
月の裏側は、地球と直接通信できない。中国の国家国防科技工業局などが明らかにしているが、中国は2018年5月に通信衛星「鵲橋」を特殊な軌道に投入しており、地球と「嫦娥4号」の通信を中継させる役割を与えた。
そもそも、月の裏側は「6000メートル級の起伏」(中国軍機関紙『解放軍報』)があり、着陸の難度が高かった。着陸地点は「エイトケン盆地」と呼ばれる場所の中にある巨大なクレーターで、地質学的に極めて注目度の高い場所だという。
月探査プロジェクトの呉偉仁総設計師はメディアに対し、「われわれは『宇宙強国』の夢を徐々に実現している」と強調した。着陸の難度もさることながら、「嫦娥4号」の探査機には、多種多様の分析器が搭載され、月の環境を分析、今後の中国の宇宙計画に活かすだろう。
中国は2019年に今回の4号を大型化した「嫦娥5号」で土などのサンプルを2キログラムほど地球に持ち帰ることを計画しており、2020年には「嫦娥6号」を打ち上げる。2023年、2026年にも「嫦娥」シリーズで、水が氷の状態で存在する可能性や地質などの調査を進める予定だ。
月面基地建設も視野に
ちなみに「嫦娥」という名前は、中国の神話に登場する「月の女神」の名前からとったものだ。しかし、現実はそんな優雅な話ではない。と言うのも、攻撃用レーザー兵器などASATの月面設置も可能となる、いわば「月の軍事開発」を今後行う可能性が指摘されているからだ。
有人月面探査や月の本格的な地質調査は、将来的な有人・無人の基地建設を視野に入れたものとみられている。それに向けて既成事実を積み重ねるつもりだろう。
将来、無人・有人の月面探査が重ねられ、加えてレーザーの実用化と通信手段の改良が成功すれば、月面固定のレーザー兵器を配備することも理論上、可能となる。
少なくとも今回、投入した通信衛星「鵲橋」で、地球と月の裏側を中継する「実験」のデータは得られた。そうなれば、月に近い軌道上の衛星攻撃や監視は理論的に可能で、研究開発が順調に進めば技術的にも可能だとする声は中国にある。
そもそも、資源開発などを理由に、中国が月や自前の宇宙ステーションなどに何を持ち込もうと、どの国も誰も検証、立証できないだろう。
もちろん中国にとって月の開発は、無人探査の成功や有人船着陸などによる国威発揚という効果もある。経済が落ち込めば落ち込むほど、宇宙開発に投資し、ナショナリズムの発揚に使うだろう。
また、月の資源開発で目が離せないのが、エネルギー資源「ヘリウム3」である。「ヘリウム3」は核融合への応用が容易な気体で、地球上にはごくわずかしかないが、月には豊富に存在しているとされる。月の「ヘリウム3」の採掘に関する議論は宇宙関連の団体や国際会議の場で幅広く行われており、すでに米露も関心を明らかにしてきた。
中国「次世代AI発展計画」
さらに中国は、宇宙開発に加えて人工知能(AI)の開発にも本腰を入れている。AIは軍事分野で応用すれば、戦争の性質を変えるからだ。
中国は2017年7月、「新一代人工智能発展計画」(次世代AI発展計画)を公表している。
その計画では、2025年までに中国が重要なAI技術のブレークスルーを目指し、中国産業の向上や経済転換の主な原動力とするという。そして2030年に中国が世界トップのAIイノベーションの中心として世界をリードすると"宣言"している。
現在、米中はAI関連特許申請のトップ争いをしているが、中国は米国を引き離す勢いである。日本は完全に出遅れている。
今後、中国の軍事面でのAI利用と対衛星攻撃システムなどが融合し実用化されれば、革命的と言える影響力を及ぼすことは必至である。
電磁レールガン、無人機、無人潜水艇、無人ステルス戦闘機などの開発にも傾注する中国が、米軍と並ぶほどの競争相手となる可能性を秘めているからこそ、米国は軍事領域で優位性を失いかねないと危機感を抱いている。だからこそ、宇宙軍を創設し本腰を入れるわけだ。
中国共産党中央委員会の政治理論誌『求是』は2010年12月、ウェブサイトで「米軍の衛星は攻撃に対し脆弱である。衛星への攻撃は米国を攻撃する最も効果的な手段だ。速やかに宇宙兵器開発の努力をすべきだ。最終的に人工衛星からミサイルを発射できるようになれば、米国はどこにも隠れる場所がないと知るだろう。完全に中国の兵器の射程にさらされることがわかるはずだ」などとする論文を掲載したことがある。
ここでは「ミサイル」としているが、中国はレーザー兵器関連の部品などは対外輸出を禁止しているとみられることからも、「レーザー」の単語はあえて入れなかったのだろうか。
中国の姿勢からは、米軍との戦争が起きた場合に備え、どの国が何と言おうと我関せずと宇宙開発を進める構えがうかがえる。
「専守防衛に抵触する」
一方、宇宙における軍事開発を進めない日本はどうか。
米軍は宇宙配備型のセンサーを配置したり中ロの攻撃用衛星を無能化する技術などへの対策を進める方針だが、日本は、米国が日本など同盟国と宇宙分野における協力を強化する方針に合わせ、宇宙、サイバー空間、電磁波領域での対処能力を強化する「クロス・ドメイン・オペレーション(領域横断作戦)」を打ち出している。
衛星攻撃型衛星をも監視する監視レーダーを設置し、2023年度からの運用を目指すほか、宇宙空間を常時監視する宇宙領域専門部隊を航空自衛隊に新設する方向だ。いわば米軍をサポートする役割であろう。
ここまで見てきた現状から分かる通り、今後、「米軍と同盟国VS.中国軍」の宇宙空間での熾烈な開発競争が一段と激しくなることは確かだ。
日本も、迎撃が不確実な弾道ミサイル防衛よりも、ミサイル迎撃用のレーザー兵器の開発に本腰を入れるべきではないのか。
無論、日本も研究はしているようだが、実際に開発し配備すれば、またもや「専守防衛に抵触する」との批判が出ることも容易に想像がつく。しかし、「宇宙戦争」の現状は斯くの如しである。「専守」についての議論は尽くしつつ、「防衛」のための開発を怠るべきではあるまい。(野口 東秀)
野口東秀 中国問題を研究する一般社団法人「新外交フォーラム」代表理事。初の外国人留学生の卒業者として中国人民大学国際政治学部卒業。天安門事件で産経新聞臨時支局の助手兼通訳を務めた後、同社に入社。盛岡支局、社会部を経て外信部。その間、ワシントン出向。北京で総局復活後、中国総局特派員(2004~2010年)として北京に勤務。外信部デスクを経て2012年9月退社。2014年7月「新外交フォーラム」設立し、現職。専門は現代中国。安全保障分野での法案作成にも関与し、「国家安全保障土地規制法案」「集団的自衛権見解」「領域警備法案」「国家安全保障基本法案」「集団安全保障見解」「海上保安庁法改正案」を主導して作成。拓殖大学客員教授、国家基本問題研究所客員研究員なども務める。著書に『中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関』(新潮社)など。