「国共トップ会談」をどう読み解くか

中国共産党の習近平総書記と台湾の与党・国民党の朱立倫主席が5月4日、国共トップ会談を北京で行った。中台関係が停滞局面に差し掛かりつつあるなか、成り行きが注目された。中国、台湾それぞれの思惑も各所ににじみ出ていた。

中国共産党の習近平総書記と台湾の与党・国民党の朱立倫主席が5月4日、国共トップ会談を北京で行った。2005年の歴史的初会談以来、4度目の開催となるが、習近平、朱立倫両氏とも「初体験」のうえ、2人は初顔合わせ。中台関係が安定局面から停滞局面に差し掛かりつつあるなか、成り行きが注目されたが、両者とも「安全運転」に徹した感が強い。ただ、中国、台湾それぞれの思惑も各所ににじみ出ていた。

「心と心の通じ合い」

会談直前に中国の台湾政策ブレーンが「台湾に利益を譲るような時代は終わった」という発言をしていただけに、習氏が台湾に厳しい態度を取るとも予想されたが、穏やかな対応が目立った。中国側にもいろいろ言いたいことはあっただろうが、来年1月の台湾総統選を控えたこの段階で国民党を一層不利にすることは避けたのだろう。

習氏が朱氏に対して語った「5つの主張」の内容は以下の通りである。

(1)「1992年コンセンサス」と「台湾独立」反対の堅持は、両岸(中台)関係の平和的発展の政治的な基礎で、大陸と台湾が共に1つの中国に属することを認めることがその核心である。

(2)両岸は利益融合を深化し、両岸の相互利益・ウィンウィンを共に創り、両岸同胞の幸福を増進することは、両岸関係の平和的発展推進の趣旨である。

(3)両岸交流はつまるところ人と人との交流で、心の通じ合いが最も大切だ。 

(4)国共両党と両岸双方は大局に着眼し、相互尊重の精神に基づく必要がある。

(5)中華民族の偉大な復興は皆が一緒に取り組む必要がある。

(1)と(2)と(4)については重要ではあるが斬新さはない。興味深いのは(3)と(5)だった。「心と心の通じ合い」とは、台湾で「本土意識」の強化が進み、これ以上台湾の人々に「中国は中国、台湾は台湾」と割り切られてしまうことが最も厄介であるとの認識に立ったものと思える。(5)については習近平体制の金看板とも言える「中華民族の偉大なる復興」を指すもので、中華民族が1つにまとまるには、台湾も「中華」に入っていなければ論理的整合性がつかなくなる。

胡錦濤政策を踏襲

この習氏の「5つの主張」を、前任の総書記・胡錦濤氏の「胡6点」と比べてみたい。胡6点は2008年に胡氏が発表した台湾政策の重要談話で、今日までの中台関係の基調となるものだ。

(1)「1つの中国を厳守、政治的相互信頼を増進する」

(2)「経済協力の推進と共同発展を促進する」

(3)「中華文化を宣揚し、精神的きずなを強化する」

(4)「人的往来を強め、各界交流を拡大する」

(5)「国家主権を擁護し、対外関係を協議する」

(6)「敵対状態を終結させ、和平協定締結を」

こうして比較してみると、「5つの主張」は「胡6点」の順番をいじっただけで、内容はほとんど変わっていないことが分かる。つまり、現段階では習近平は胡錦濤の台湾政策を踏襲する考えだということだ。むしろ胡6点よりも慎重だと思われるのが、胡6点の最後で「敵対状態を終結させ、和平協定締結を」と呼びかけたところが「5つの主張」では消えているところだ。

和平協定は、馬英九総統がAPEC(アジア太平洋経済協力)のときに訪中して習近平と結びたかったことで、その申し出を断った習近平として、ここで呼びかけることにはいささかためらいがあったに違いない。同時に、昨年のひまわり運動と、統一地方選での国民党の大敗、総統選で不利が噂される国民党の現状などを考慮した場合、和平協定については今後の大事なカードとしていったんポケットにしまっておくべきがいいと判断し、引っ込めたのではないだろうか。

気負いすぎた朱氏

今回の国共トップ会談は、7年間の順調すぎるとも言える中台関係にすきま風が吹き始めたなかで開催され、先行きへの不安感を一応は押さえ込むという意義を持つものだった。ただ、会うことに意義がある、というのが実情だったようだ。AIIB(アジアインフラ投資銀行)については、「台湾の参加を歓迎する」と習近平が語ったことが一部でニュースになっていたが、これは前々から国務院台湾事務弁公室が明らかにしていることで、どうということはない。

馬総統にかわって国民党主席となった朱氏の「両岸デビュー」はどうだったのかといえば、無難ではあったが、見ていると、いささか気負いが感じられた。朱氏の過去の政治経歴では中台関係の経験が乏しく、その意味では、李登輝政権下で対中政策立案で働いた経験がある民進党主席の蔡英文に差をつけられている部分なので、朱氏はいいところを見せたかったのだろう。習氏に対して、「中華民国」の名前を出して語ったことをアピールする向きもあったが、もともと台湾が「中華民国」を堅持するから、同床異夢であっても中国と「1つの中国」を基盤に対話ができる。朱が「台湾国」と語ればニュースだが、「中華民国」と語っても中国側は安心するだけである。

朱氏は習氏との対話のなかで「1992年コンセンサス」について過去よりも踏み込んだと思われる発言も行っており、今後、中台関係をコントロールする「党のパイプ」を握っていくため、中国向けリップサービスの意識もあったようにすら思える。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2014年5月13日フォーサイトより転載)

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