「仮想通貨」と言うと、どんなイメージをお持ちだろうか。
「未来の通貨」「非中央集権的システム」「夢の通貨」などなどポジティブな意見を持つ人がいる反面、「胡散臭い」「危ない」「ギャンブル性が高い」といった批判的な見方もある。
どちらも理解できる。
確かに「ブロックチェーン」という新しい概念でインターネット時代の金融システムを目指すのは革新的だと言える。一方、日本では最近、ネガティブなイメージを抱かせるような事件、騒動が続出しており、一時期に比べて高揚感や期待が薄まりつつあるのも事実である。
相次いだ「仮想通貨流出事件」
11月14日、無登録で出資を募った「金融商品取引法違反」容疑で警視庁が男8人を逮捕した。高配当をうたって80億円近くを集めたというが、その約9割は仮想通貨「ビットコイン」だったとされる。同法の規制対象外であることに目を付けたと見られている。
今年1月には、日本の仮想通貨交換会社「コインチェック」から約580億円分の通貨「NEM(ネム)」がサイバー攻撃によって流出する事件が発生し、日本をはじめ世界中で大きな話題になった。何者の仕業なのか、そしてこれほど巨額の通貨がどこに消えたのか、詳細はいまも不明のままだ。
さらに9月には、仮想通貨取引所「Zaif(ザイフ)」から約70億円分の「ビットコイン」などが流出。運営会社の「テックビューロ」がコインチェックのように記者会見などで事情説明をしなかったこともあり、仮想通貨全体への不透明感・不信感が一挙に広がった。
その前年の2017年末にビットコインなどの価格が史上最高額(1通貨あたり約220万円相当)を記録して話題になっただけに事件の衝撃は大きく、「それ見たことか」「やはり怪しい」というネガティブな見方がそれまで以上に強まったと言えよう。
実際に取引所の関係者に話を聞くと、ザイフの一件以降は「打ちのめされた感」があり、仮想通貨離れに拍車がかかって「信用できないという雰囲気が漂っている」と弱気だ。ビットコインの価格も低調なままで推移している。先述の警視庁事案も重なり、悪用された仮想通貨そのものへの信頼も大きく揺らいでいる。
今後、仮想通貨はどうなってしまうのか。もうこのまま消え去ってしまうのだろうか――。
ところが実は、海外に目をやると、特に最近、仮想通貨に対する「空気」が日本と同じではないことが分かる。果たして仮想通貨はこれからどこに向かうのか、海外の状況からあらためて検証してみたい。
詐欺で83万4000ドル
まず海外の空気感は日本とどう違うのか。もちろん、ここ最近の度重なる流出事件の影響などは、日本同様に世界的に見られる。「打ちのめされた感」というほどではないにせよ、日本同様に仮想通貨市場の動きは鈍ってきた。
事実、世界最大の仮想通貨取引所「バイナンス」(中国)の趙長鵬(ジャオ・チャンポン)CEO(最高経営責任者)は、同取引所の取引量が、まだ価格が高かった2018年1月から最近までに90%も減少していると語っている。
日本や韓国、スロベニアなどの仮想通貨取引所に対する度重なるサイバー攻撃と通貨流出を鑑みれば、それも当然だろう。また海外では、仮想通貨への信頼が損なわれるような別の問題も取り沙汰されてきた。詐欺まがいの「ICO」(新規コイン公開)である。
日本でも閣僚の関係者や芸能人が関与したとされる仮想通貨「SPINDLE(スピンドル)」のICOがメディアを賑わせたが、海外でも大きな被害を生んでいる。
筆者は最近、元英政府関係者と話をしていたときに興味深いことを聞いた。この人物は「話題の仮想通貨詐欺がある」とスマホの画面を見せながら、2018年3月に起きたこんなケースを紹介してくれた。「何者かが金融取引を簡素化するスタートアップ企業を立ち上げてICOをしたのだが、すべて嘘だった」と、この関係者は言う。
その会社のウェブサイトには「幹部」とする人物の顔写真が掲載されているのだが、すべてネット上で拾ってきた他人の写真で、まったくの偽物だという。しかもその中には、映画『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートもされたハリウッドの有名俳優、ライアン・ゴズリングの顔まである。彼の肩書きは「経験豊富なグラフィックデザイナー」とある。
あからさまな詐欺にもかかわず、「83万4000ドルもの投資を獲得したらしい」と、その関係者は大笑いした。「こんなに簡単に金を集めて逃げられるなんて、仮想通貨業界は異常としか言えないし、騙された方もよっぽど世間知らずってことだ」
米一流大学がこぞって仮想通貨へ投資
そんな「世間知らず」が、実は世界にはかなり多い。事実、ICOに関するアドバイザリー業務を行っている米「サティス・グループ」の調査では、2017年にICOで調達された119億ドル(約1兆3000億円)のうち、実に80%が詐欺だったと報告されている。
そんな実情なのだから、仮想通貨の評判が落ちるのも無理はない。米国の2018年のICOトレンドを見ると、ICOの件数と調達額は、3月のピークを皮切りに下降傾向にある。まさに「仮想通貨バブル」は萎みつつあるのだ。
しかし、である。そんな逆風にもかかわらず、米国では仮想通貨に対して日本ほど「打ちのめされている」という状況ではない。最近米国でこんなニュースが大きな話題になった。
米TVニュース『CNBC』は、アメリカのアイビーリーグに属するイェール大学が仮想通貨の市場に参入すると判明した、とのニュースを報じた。294億ドル(約3兆3000億円)という全米第2位の規模のエンダウメント(大学基金)を誇るイェール大学だが、新たに仮想通貨やブロックチェーンに特化した3億ドル(約340億円)規模の仮想通貨ファンドに投資したのだという。
また同日、『ブルームバーグ』も、同じイェール大学のエンダウメントが、別の4億ドル規模の仮想通貨ファンドに投資を行ったと報じ、「イェール大学が仮想通貨市場に参入することが判明した」と報じている。
しかも、大学のエンダウメントが仮想通貨に投資するというニュースは、これに留まらなかった。
今度は米ニュースサイト『ザ・インフォメーション』が、エンダウメント規模が全米第1位のハーバード大学も仮想通貨に投資したことが分かったとし、さらにマサチューセッツ工科大学(MIT)やスタンフォード大学、ダートマス大学、ノースカロライナ大学などもこぞって仮想通貨ファンドに投資していると報じている。
世界大学ランキングで常にトップを競っている大学が、このタイミングで仮想通貨への投資に乗り出しているのだ。
まだまだ伸びる
筆者が留学していたMITでは、2014年にすべての学部生に100ドル相当のビットコインを無償提供し、新しいテクノロジーに触れてもらうという試みを行っていた。そんなテクノロジーに通じたMITが仮想通貨に投資するのは意外ではないが、ハーバードやイェールが――というニュースには筆者も驚いた。
また、米国以外にポジティブな動きが報告されている国もある。イスラエルである。サイバー政策を重視している同国ではスタートアップ企業も盛んで、今年はスタートアップ企業のICOによる資金調達額が現時点で6億ドルを超えている。これは2017年の総額を上回る数字だ。
米大学の仮想通貨投資を報じた『ザ・インフォメーション』の記者は、「エンダウメントによる仮想通貨への投資の動きは、投資家心理の大きな変化を示している。これは大学基金がここ10年で民間IT企業への投資をしたがっているのと同じ流れだ。これまでは多くの投資機関が仮想通貨をリスキーだと考えていたが、注目度の高い大学基金から支援を受けることは、仮想通貨にとって正当性を証明する助けになる」とも書いている。つまり、仮想通貨はまだまだこれから伸びていく、といった認識のようだ。
さらに最近、全米最大規模の資産運用会社「エデルマン・フィナンシャル」のリック・エデルマンCEOが、仮想通貨の値動きに連動するインデックス・ファンドの役員に就任したことも、仮想通貨業界にとって追い風だと報じられている。また米トップクラスのオンライン証券会社として知られる「TDアメリトレード」などが、仮想通貨の新取引所に投資するという話もあり、仮想通貨をめぐる積極的な動きが続々と報じられている。
前述したように今年3月以降、調達件数と額は下がり続け、ICOにまつわる詐欺などの不安要素もあるのに、投資は盛り上がりを見せている――。どうやら世界では、仮想通貨は前向きに動いているようだ。
淘汰の段階
こうした状況のなか、結局のところ、仮想通貨はどうなってしまうのか。空気感は違えど、日本も世界と同じ方向に進むのではないだろうか。
まず1つ言えることは、仮想通貨は今、「淘汰」の段階にあるということだ。『CNBC』によれば、現存する「アルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)」の数は2000を超えていると言われるが、そのうちコインの価格が1セント以下のほぼ価値のない通貨が800以上もある、というのが実際のところだ。そうしたコインはほとんど存在価値もなくなっており、9割以上が消滅すると見られている。
また仮想通貨の取引所を見ても、仮想通貨の価格下落とともに取引額が全般的に減ってジリ貧状態にある。世界では大手14社が取引の7割以上を占めているとも言われており、中小規模の取引所などがその状況にいつまでも耐えられない可能性がある。
さらに、セキュリティの甘さや不安定さによって当局の規制が厳しくなることで、今後は、当初の触れ込みだった自由で非中央集権的な仮想通貨という色は薄くなっていく可能性がある。やはり投資家らにとっても、ICO詐欺の例を出すまでもなく、「合理的な規制」は必要だからだ。
一方で、そういう傾向によって仮想通貨市場が落ち着けば、これまでの投機的な投資とは違い、機関投資家などが投資しやすくなる。大学基金などから仮想通貨への投資が相次いで盛りあがっているのも、背景にはそうした分析があるからだろう。
投機筋の妄言
そもそも、これまでが異常だった。前出の元英国政府関係者は、「次々とICOが行われ、アルトコインが乱立し、詐欺が横行していた。それは仮想通貨が道を誤っていた証左ではないだろうか」と指摘していた。
また価格が低調な現状も『バイナンス』のジャオCEOに言わせれば、「現在の価格は2~3年前の価格と比べてもまだ利益になるレベルだ」という。彼のように、2017年のバブルよりずっと以前から仮想通貨に投資をしてきた人たちには、現在の価格は決して低いわけではないということらしい。
もっとも、米国のベンチャー投資家として世界的に著名なティム・ドレイパー氏などは、「2022年までに1ビットコインの価格が25万ドルに達する」と予想して話題になったが、こうした見解は、バブルの再来を煽ろうとする「投機筋の妄言」と切り捨てておいてもよいだろう。
ともあれ、今の状態は、画期的なブロックチェーン技術を使う仮想通貨が「金融業界で主要な通貨として認められる前に通過しなければならない試練のとき」と言えるのかもしれない。本当の意味で仮想通貨が覚醒するのはそれから、ということではないか。
山田敏弘 ジャーナリスト、ノンフィクション作家、翻訳家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などを経て、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のフルブライト研究員として国際情勢やサイバー安全保障の研究・取材活動に従事。帰国後の2016年からフリーとして、国際情勢全般、サイバー安全保障、テロリズム、米政治・外交・カルチャーなどについて取材し、連載など多数。テレビやラジオでも解説を行う。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文芸春秋)など多数ある。