政府の規制改革会議(議長:岡素之・住友商事株式会社相談役)が6月16日にまとめた「第3次答申」(安倍内閣になって3回目の、年に1度の答申)では、約180項目の規制改革事項が盛り込まれた。病院敷地内の薬局(医薬分業の一部緩和)、耕作放棄地の課税強化、理容・美容の兼業容認、解雇の金銭解決の検討開始などの事項だ。
すでにマスコミでも指摘されているとおり、昨年の決定(農協改革、労働時間規制改革などを決定し、今国会に法案提出されている)と比べ、小粒感は否めない。強いて大玉といえば、解雇の金銭解決ぐらいだが、これは「平成27 年中、可能な限り速やかに検討開始」、つまり、これからようやく入口に入る段階だ。
安倍首相は昨年初頭に「今後2年間で岩盤規制を打ち破る」と宣言し、成長戦略の中核に岩盤規制改革を位置付けた。しかし、約1年半を経て、残念ながら、まだまだ道は遠いと言わざるを得ない。
「理容」と「美容」
そうした中、「こんなばかげた規制があったのか」と話題を集めたのが、「理容と美容の縄張り」に関する規制だ。
「男性が美容院でカットしてもらうのはNG」というのだから、さすがにおかしい。マスコミなどでも取り上げられ、規制改革会議で答申をまとめるまでのプロセスでは、数回にわたって議題とされた。
この程度の話が"目玉"扱いになっているようでは、成長戦略の中核を担うには甚だ不十分だが、問題はそれだけではない。実は、その程度の話についてさえ、改革はほとんど前進していないのだ。
理容と美容に関して、どんな問題があり、今回の答申でどう前進したのか、整理してみよう。
そもそも、「男性が美容院でカットしてもらうのはNG」などという話が出てくる根っこは、「理容師法」と「美容師法」という2つの法律があって、それぞれの縄張りが決められていることだ。
理容師と美容師は、それぞれ国家資格で、試験に合格しなければ業務を行うことはできない。業務内容は法律上、
・理容師は、「頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整えること」(理容師法第1条の2第1項)
・美容師は、「パーマネントウエーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくすること」(美容師法第2条第1項)
と区別されている。
1978年の局長通達
そうはいっても、理容室でパーマをかけることもあるし、美容室でカットしてもらうのも当たり前だ......と思われるだろうが、そのあたりは、法律ではなく通達で明確にされる。
日本の法令体系は、法律(国会が定める)→政令(閣議決定)→省令(各大臣が決定)という構造で、細かい事項は政令や省令で定めるようになっているが、この問題に限らず、実は重要なことは、省令より更に下の通達(各省の局長や課長などが発出する文書)で決められていることが少なくないのだ。
この問題では、昭和53(1978)年に厚生省環境衛生局長(当時)名で、「理容師法及び美容師法の運用について」と題する通達が出され、以下のように定められている。
・「理容又は美容には、それぞれ理容師法第1条第1項又は美容師法第2条第1項に明示する行為のほかこれに準ずる行為及びこれらに附随した行為が一定の範囲内で含まれる」
・「理容師が、刈込み等の行為に伴う理容行為の一環として男子に対し仕上げを目的とするコールドパーマネントウエーブを行うことは差し支えないが、これ以外のコールドパーマネントウエーブは行ってはならない」
・「 美容師が、コールドパーマネントウエーブ等の行為に伴う美容行為の一環として、カッティングを行うことは、その対象の性別の如何を問わず差し支えない。また、女性に対するカッティングは、コールドパーマネントウエーブ等の行為との関連の有無にかかわらず行って差し支えない。しかし、これ以外のカッティングは行ってはならない」
つまり、「美容室でカット」というごく当たり前のことが、法律上は実はグレーで、「美容行為」に「準ずる行為」または「付随する行為」として、通達でギリギリ認められていたわけだ。
そして、上記3点目の後段で、「美容室では、女性はカットだけでもいいが、男性はパーマ等に伴うカットしか不可」と定められる。
こんな男女差別のようなルールは、法律の条文で書こうとしたら、(1970年代であってもさすがに)国会で問題になったかもしれないが、通達ならば、国会審議を経るわけでもなく、役所内で定め放題。今日に至るまで生き残ってきた。
「資格外の行為を助長」
理容師と美容師の業務内容の区分に伴って、もうひとつ出てくる問題が、場所の棲み分けだ。
理容師と美容師はそれぞれ、法律上「理容所」「美容所」としての開設届を出した場所でしか業務が認められない。理容師が美容所で働くこと、美容師が理容所で働くことは、どちらも許されない。また、ひとつの店舗が「理容所」と「美容所」を兼ねることも認められていない。
考えてみれば、理容師と美容師どちらもいる店があってもおかしくないし、顧客にとっても便利そうなものだが、こうした規制の結果、認められていないのだ。規制の理由は、厚生労働省によると、
「理容師と美容師が同一店舗で混在すると、(美容師が法律上許されていない髭剃りを行うなど)資格外の行為を助長する」(2015年2月規制改革会議での厚生労働省担当課長発言より)、ということだ。
同じ場所で医師と看護師が業務を行うと、看護師が資格外の行為を行いがちになる......などという話は聞いたことがないし、典型的な"屁理屈"というしかないが、こんな理屈がまかりとおるのが日本の規制の実態だ。
以上2つの問題、つまり、
(1)理容師と美容師の業務区分(美容師が男性のカットをできないのはおかしい)
(2)理容室と美容室の場所(両方を兼ねる店舗があってもよい)
が、規制改革会議での主な論点となった。
"屁理屈"の勝利
そこで、結論はどうなったのか、「第3次答申」に基づいてみていこう。
まず(1)については、
「利用者が男性か女性の性別に着目してサービス内容を定めている『理容師法及び美容師法の運用について』を改め、性別による職務範囲の規制を撤廃(平成27年度措置)」という。
それは結構だが、考えてみれば、現状でもすでに、多くの男性は美容室に行ってカットだけをしてもらっている。ということは、今回決めたことは、あまりに時代遅れですでに空文化していた通達を、現実の後追いで直そうというだけの話に過ぎない。
理容と美容という2つの資格を設ける必要性といった「そもそも論」に踏み込むことなく、空文規定を改正するだけでは、実益はほとんどないに等しい。
次に(2)については、マスコミ報道では「理容と美容の兼業容認」などと丸めて記載されていることもあるが、正確には、
・「①理容師及び美容師両方の資格を有する者のみからなる事業所については、理容所・美容所の重複開設を認める(平成28年度措置)」
・「②制度改正後5年後を目途に、①の効果を見極めつつ、見直しについて検討を行う」
ということだ。
つまり、
・理容師と美容師の両方の資格を持つ人だけで運営するという、ごく特殊な例外的ケースだけは認め、
・一方で、ふつうに「理容師と美容師のどちらもいる店舗」という可能性については「制度改正後5年後を目途に検討」、言い換えれば、今後6年間は議論を封印するという意味だ。
こうして、前述の「理容師と美容師が混在すると......」という"屁理屈"が、今回も勝利をおさめたわけだ。
日本の美容技術は評価が高いが......
以上のとおり、こんなに小粒で、明らかに合理性が欠如している規制にさえ、穴をあけることができていない......これが、今回の規制改革会議答申の現実だ。
だが、そのうえで申し添えておくと、筆者は、こうした規制改革会議の力不足をあげつらうことのできるような立場ではない。
筆者は、規制改革会議の別働隊ともいえる国家戦略特区ワーキンググループの委員を務めてきた。規制改革会議は全国ベース、国家戦略特区ワーキンググループでは特区限定の規制改革課題という分担関係で、関係省庁との折衝などを担っている。
実は国家戦略特区でも、美容分野の「外国人美容師の解禁」という提案が民間事業者からなされており、年初以来取り組んできた。
国内ではさほど認識されていないが、日本の美容技術は世界でも評価が高い。このため、海外からの観光客で日本の美容室に立ち寄ろうという人は少なくなく、現場の美容室では、言語制約で対応しきれないなどの問題が生じつつある。一方で、日本で美容の修業をしたいという外国人も多く、日本の美容専門学校に留学して国家試験に受かる人もいるのだが、現行の就労資格制度では就労は許されず、そのまま帰国せざるを得ない。
そこで、外国人美容師を一定要件のもとで解禁し、両方のニーズに応えたらよいのでは......という話なのだが、現時点では、「安価な外国人労働が流入して日本人の仕事が奪われる」といったステレオタイプ的な反発に阻まれている。
こちらでも、この程度の話に、全く前進ができていない。
安倍首相が表明した「2年で......」という期限まで残り半年。小粒な課題から、農業・医療・労働などの本丸の「岩盤」まで、まだまだ課題は多く残されている。
規制改革会議も国家戦略特区も、褌を締め直して取り組まなければならない。
原英史
1966年東京都生れ。東京大学法学部卒、米シカゴ大学院修了。89年通商産業省(現・経済産業省)入省。大臣官房企画官、中小企業庁制度審議室長などを経て、2007年から安倍・福田内閣で渡辺喜美行政改革担当大臣の補佐官を務める。09年7月退官。株式会社政策工房を設立し、政策コンサルティング業を営む。現在、大阪府特別顧問、大阪市特別顧問も務める。著書に『官僚のレトリック』(2010年、新潮社)、『「規制」を変えれば電気も足りる』(2011年、小学館101新書)。
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(2015年7月2日フォーサイトより転載)
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