日仏「宇宙飛行士」が語る「宇宙探査」の展望と意義(上)--フォーサイト編集部

人類は今、地球から月、火星へという道筋の転換点に立っているのだ。

 日本人が人類初の民間月旅行客になるなど夢のようだが、米宇宙開発ベンチャー「スペースX」が主催する「2001年 宇宙の旅」ならぬ「2023年 月の旅」は、まさにSFの世界が現実になる夢のような話。2020年代には、米航空宇宙局(NASA)が中心となって計画を進めている「月軌道プラットフォームゲートウェイ」(LOP—G)なる月宇宙ステーションの建設も始まり、月面着陸も予定されている。人類は今、地球から月、火星へという道筋の転換点に立っているのだ。

 その月旅行第1号を「ZOZO」の前澤友作社長とスペースX社が契約がしたと発表された9月18日(日本時間)の翌日、東京で「日仏宇宙協力:宇宙飛行士の視点から」という日仏交流160周年記念シンポジウムが開催された。

 日本とフランスのスペシャリストが集結し、野口聡一宇宙飛行士が「人類が地球だけでなく他の天体でも暮らせることが目標」と語れば、フランスのトマ・ペスケ宇宙飛行士は「私が生きているうちに、人類が火星に到達する日がやってくると思います」と話し、小型衛星の開発で知られる東京大学の中須賀真一教授は「人類は宇宙に出ていくべく宿命づけられている」と断言。熱い議論が交わされた。

 山崎直子宇宙飛行士がモデレーターを務めたこのパネルディスカッションの模様をお伝えする。

山崎 みなさまこんにちは。今日は私が東京大学大学院の博士課程に在籍しているということもあって、モデレーターを務めさせていただきます。まずは中須賀教授に自己紹介をお願いします。

中須賀 私は工学部の航空宇宙工学科で教育、研究をしています。研究としては小さな人工衛星をつくり、今までに8基の打ち上げに成功しました。政府の宇宙政策委員会でも委員をしており、宇宙開発をどうすべきかということを日夜、考えています。

山崎 今まさに地球低軌道から月、そして火星探査へという流れが国際的にあります。これまでも多々、科学宇宙探査は行われてきましたが、今度は「べピ・コロンボ」(日欧が共同開発した水星探査機)が打ち上がり、水星から冥王星までひと通りすべての太陽系惑星に探査機が向かっているということになります。また有人宇宙飛行としては、地球低軌道にある「国際宇宙ステーション」(ISS)を中心に科学実験や技術の蓄積をはかってきました。

 その2つの歩みが現在、交わろうとしています。

 この3月、日本は「第2回 国際宇宙探査フォーラム」(ISEF2)という閣僚級会議をホストし、45の国、機関から300名の代表者が東京に集結しました。国際宇宙ステーションから国際宇宙探査への今後の道筋について各国で協議し、基本合意に至り、さらに実務レベルのワーキンググループで具体的なロードマップを検討してきています。

 このロードマップは随時更新していますが、2022年頃から月の周回軌道に「LOP-G」を国際協力で建設し、2023年くらいに人を「LOP-G」に送っていきましょう、ゆくゆくは定期的に月に着陸して探査しましょう、さらにその先には火星有人探査を目指しましょう、というのが基本的な流れです。

 今回のパネルディスカッションでは、科学探査と有人探査という2つの方向が交わろうとしている国際宇宙探査について、その意義はどこにあるのか、無人と有人の探査をどのように協働していけばいいのかという2つの点でお話しいただければと思います。

野口 「ISEF2」では色々なディスカッションがありましたが、やはり産業界、学術界含め、我々はこの次に何処へ行くのかという問いに一生懸命、答えようとしているのが印象的でした。宇宙飛行士が行けるだけの世界では不十分で、まずはロボットないし衛星を送って様子を見てから無人の宇宙探査でできることをしっかりやり、その後、有人探査を行おうということで、有人と無人をうまく手を取り合いながら進めることになったのが良かったなと思います。

 やはり僕自身は、人類が今いる地球だけでなく他の天体でも暮らせる、あるいは経済圏を広げていけるというのが大きな目標だと思っているので、まずは技術分野でのイノベーションに対する刺激を与えていくのが大事かなと思います。

ペスケ 私が思うに国際宇宙探査の意義は、「短期」「中期」「長期」の時間枠に応じて3つあります。「短期」は、ご存じのように我々は毎日のように衛星のナビゲーションシステムや位置情報を使っていますよね。次の「中期」は科学ミッションで、宇宙で地球や気候に関する研究をし、科学者が必要としている様々な数値、たとえば気候変動の試算に用いられる値が得られています。そして「長期」が探査になります。

 我々は引き続きISSへ行き、そこから色々な領域を目指すことになるでしょう。宇宙で人間のプレゼンスを拡大するということも含めて、探査は重要だと思います。

 また、今日もフランスの宇宙飛行士と日本の宇宙飛行士が東京で一堂に会していますが、これも宇宙探査を国際協力で進めてきたことの証しでしょう。さらに多くの人を巻き込んだ国際協力が実現することこそ、宇宙探査の成果だと思います。

山崎 まさに「ISEF2」には、今のISSの枠組みよりもより多くの国、機関が参加してくれました。ですから、これから国際協力の輪がもっと大きくなるという期待があるかと思います。

中須賀 個人的には、人間は宇宙に出ていくべく宿命づけられていると思っているんですね。地球は何千年という歴史を経てきたわけですが、その閉鎖環境の中で、私たちは外に出ていきたくなっている。ポリネシアだったか、生活するには全く困らない島国でも、毎年数人が船に乗って外に出て行ってしまうと聞きます。満たされていても外の世界を見てみたくなるのが、ホモサピエンスである人間の本質だと思います。

 したがって、宇宙に出ていくのは宿命づけられていて、そこに理由なんかないのではないか、と。それを実現するために無人有人問わず色んな活動をしながら準備をしているのが、今の時代なのだと思います。

山崎 無人の科学探査にも有人の探査にもそれぞれ意義があり、協働していくことが大切だということは、皆さんの一致するところではないかと思います。では、もう少し踏み込みまして、それぞれ大切とはいえ、注げる税金、リソース、マンパワーには限りがあります。その中で宇宙探査を進めていく時に、どうバランスを取ったらいいのか。その辺りのご意見を伺えればと思います。

ペスケ これは素晴らしいトピックですね。というのも、しばしば有人宇宙探査と無人宇宙探査は対立軸として捉えられます。メディアでも、「ロボットvs.人間」という取り上げ方をしますよね。でも、この2つは決して競い合うものではないと、私は思っています。日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)であれ欧州宇宙機関(ESA)であれNASAであれ、1つの組織が有人宇宙探査と無人宇宙探査の両方を手掛けていますし、どちらも同じ「宇宙探査」という活動の枝分かれです。

 もちろん、有人宇宙探査は非常に難しい。我々ができることの中で最も難しいと言ってもいいでしょう。有人宇宙探査では酸素を送る装置に食べ物、宇宙服なども一緒に送らなければなりません。非常に複雑です。でも、ロボットを送るのはもっと単純。実行されるタスクも単純です。

 たとえばNASAの火星探査機「キュリオシティ」は当初、1日に40~50メートルしか動きませんでした。しかも地上からレーザー分析器(土壌や岩の表面をレーザーで蒸発させてスペクトル分析を行う)を遠隔操作しなければならないので、どうしてもエラーコードが出てしまう。時には24時間、何もできない場合があります。

 一方、NASAの宇宙飛行士が1960~70年代に月面に行った際は、ローバーという月面探査車を使って岩石などのサンプルを採取したのですが、1日で30キロメートルも進んだことがありました。そして合計400キログロムものサンプルを採取し、持ち帰ったのです。

 もし火星に人を送っていたら、科学者は100倍の試料を得ることができていたでしょう。けれども、それはとても複雑ですし、人命を不必要にリスクにさらしたくないということなのです。地上には優秀な人間がいて、ロボットを送り、操作している。そう考えると、ロボットの探査というのもやはり、人が実行するものと言えます。

野口 私からは、有人と無人で協調するとこんないいことがある、という2つの例をあげたいと思います。

 1つはISSですね。ISSは宇宙飛行士が行ってなんぼの世界ですが、無人技術がどんどん使われてきています。たとえばロボットアームを自動運転させる、あるいは地上から遠隔操作で使うということをしている。地上にオペレーターがいるので、人間の手がかかっているという意味では完全なオートメーションではありませんが、軌道上にいる宇宙飛行士から見ると、それまで自分たちで動かさなければいけなかったものが勝手に動いている、自分たちの手をかけずに動いているということになります。

 恐らく月面基地や火星探査となると、これまで人がやってきたことを無人、いわゆるオートメーションに任せ、我々が他の作業をできるようにすることがすごく大事なので、有人プロジェクトであっても無人技術は重要。

 逆の例は、NASAのハッブル宇宙望遠鏡です。あれは打ち上げ当初、一番大事な鏡の部分にズレがあった。想定していなかったものでした。でも、幸い宇宙飛行士が修理に行けるような設計にしてあり、鏡の修正を行うことができた。その後の成果は皆さんご存じの通りですよね。ハッブルが送ってくれる本当に美しい映像を我々は楽しむことができる。

 有人と無人が手を取り合っていい成果を生んだという例を2つあげました。

中須賀 宇宙政策委員会の中でも有人無人の議論はよくあります。有人はやはりお金がかかるんですね。無人でやるより数十倍、お金がかかる。ですので、どううまくバランスを取るかということが大事だと思いますが、先述した通り人間は宇宙に出ていくことを宿命づけられていると思っているので、やがては出ていくんです。今から500年後に宇宙に人間が出ていっていないことは想像できない。必ず出ていっている。

 つまり、そこに至るまでのプロセスをどう進めていくか。有人をするかどうかではなく、有人に向かってどう無人技術を使い近づいていくか。このプロセスをうまく設計することがとても大事だと思っています。

 もう1つ大事なことはアポロ計画からの教訓ですね。アメリカが何十兆円というお金をかけて月に行きました。でも、あの後、何が起こったか。アポロ計画で月に行って「アポロ17号」で月プロジェクトが終わった後、現在に至るまで誰も月に行っていません。これはどういうことかというと、月に至るまでの一本道をつくっただけなんですね。毎回、一本道。大きなロケットを使って月に行って帰ってくる、また行って帰ってくる。つまり月に向かってだんだんインフラを作っていくという概念がなかった。

 もしアポロ計画に費やされたお金を使って地球に近いところから宇宙ステーションをつくり、月のステーションをつくり、月に着陸する乗り物をつくるというステップを経ていたら、恐らく今はもっと多くの国々が月に行くような時代になっていたと思います。

 そういうことを考えると、国際的な連携の中で有人宇宙飛行を進めていくためのステップをどう踏んでいくか、そのための輸送系インフラをどうつくっていくかということが大事。それぞれの国がそのインフラからベネフィットを得ることを前提にし、かつそれぞれの国々が自分たちのやりたいことをある程度できるようなものになるといいと思います。(つづく)

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(2018年10月25日
より転載)

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