急接近する「アリババ」とタイ「プラユット政権」それぞれの思惑--樋泉克夫

中国最大のインターネット通販サイトで知られる「アリババ」を率いるジャック・マーは、かねてASEANにおけるインターネット通販支援を打ち出していた。

中国最大のインターネット通販サイトで知られる「阿里巴巴(アリババ)」を率いる馬雲(ジャック・マー)は、かねてASEAN(東南アジア諸国連合)におけるインターネット通販支援を打ち出していたが、最近のASEAN諸国政府、わけてもタイのプラユット政権との"蜜月関係"から判断して、中国市場でのネット通販ブームを追い風に「熱帯への進軍」に踏み出したようだ。

"前のめり状態"で接近する

昨年9月、インドネシアのジョコ大統領は馬雲に対し、インドネシア経済顧問就任を要請している。2カ月後の11月、親中姿勢を打ち出すマレーシアのナジブ首相は大型経済代表団を率いて7日間の長期訪中を行ったが、李克強首相、張德江全人代常務委員長とは当然のことながら、馬雲とも会談を行っている。この訪中で両国が結んだ14項目の1つに、マレーシア対外貿易発展局と阿里巴巴の両者間の相互協力に関する覚書があるが、加えてマレーシア政府は馬雲にデジタル経済委員会顧問就任を要請し、同国のデジタル経済発展への協力を求めたのだ。

両国に較べ、さらに"前のめり状態"で馬雲に対するのがタイのプラユット政権ということになる。

プラユット首相は、昨年9月の杭州G20参加の際の会談に引き続き、10月10日にも訪タイ中の馬雲とバンコクで会談している。僅か1カ月ほどの短時間で2度の会見は、やはり異例というべきだろう。タイ政府スポークスマンによれば、両者は阿里巴巴によるタイ中小企業支援の方向で一致したとのことだ。

同じ10月10日、バンコクでは中国工商銀行とタイ投資委員会(BOI)との共催による「 Sino-Thai Business Investment Forum 2016/2016年中泰経済論壇」が開催されているが、プラユット政権で経済政策を担当するソムキット副首相は、製造業の構造改革とインフラ(鉄路・陸路・水路・空路)建設を軸としたタイ政府の経済政策を明らかにする一方、「直近の訪中において中国国務院の張高麗副総理及び王勇国務委員と会談し、新たな状況下において戦略的合作――(1)中国はタイの国家改革に際し経済発展への参画から経済投資までを支援する(2)タイは中国が進める一帯一路政策において積極的役割を担う――を積極的に進めることを双方で確認した」と語っている。

同フォーラム翌日の10月11日、ソムキット副首相は馬雲を首相府に招き会談した後、阿里巴巴と共に経済合作に関するワーキング・グループを始動させることを明らかにした。この席で馬雲は、(1)中小企業を軸としたタイ国内電子取引ビジネス支援の用意がある(2)プラユット政権が建設を進める東部経済回廊域内での免税区構想に強い関心を持つ(3)タイ政府は東部経済回廊建設の速度を速めると共に、中小企業産品の免税区への支援策を特に希望する――と語った。

次いで10月12日、馬雲は「馬雲との対話:創業と寛容のグローバル化」と題するセミナーに参加し、タイの若手起業家を相手に自らの体験を語っているが、注目しておきたいのが、同セミナー主催者がタイ外務省だということだ。

この翌日、プミポン国王が崩御している。

「造船出海」から「出海造船」へ

それから20日ほどが過ぎた11月1日、香港では馬雲とタイ最大の多国籍企業である「CP(正大)集団」を率いる華人企業家の謝国民(タニン・チョウラワノン)の2人によって、阿里巴巴とCP集団による戦略的合作協議が合意に達したことが公表された。

伝えられるところでは、馬雲が率いる阿里巴巴傘下の「螞蟻金服」がCP集団傘下の「Ascend Money」株式の20%を購入(将来的には30%に増資の方向)し、CP集団のタイ国内におけるインターネット通販ビジネスを支援する。商品の宅配は、マレーシア出身で香港に拠点を置く郭鶴年(ロバート・クオック)が率いる「嘉里(Kerry)集団」が担当するとのこと。

新華社によれば、これまで中国企業の「走出去」(海外進出)には、(1)白物家電の「海爾(ハイアアール)」や「華為(ファーウェイ)」にみられるような「造船出海(自社製造商品の海外展開)」(2)「TCL」と「聯想」に代表される「借船出海(M&Aによる海外展開)」の2パターンがあった。だが今回、馬雲は敢えて表現するなら「出海造船(自社ノウハウの海外展開)」とでもいうべき全く新しい方式に打って出た。自らが構築した先進技術と管理方式を他国企業に積極的に開放・提供することで"双贏(ウイン・ウイン)関係"を模索しようとしている――と報じた。

「造船出海」から「借船出海」を経て「出海造船」へ――こう並べてみると、同じく4文字ながら、江沢民政権が「走出去」政策を打ち出して以降の中国企業の海外展開戦略の変化が浮かび上がってくるようだ。

"民間版"一帯一路構想

おそらく馬雲と謝国民は今回の提携によって近い将来のビジネスモデル――タイ国内から阿里巴巴系列の通販サイトに発注し、CP集団がタイ全土に展開するセブン・イレブン店頭で決済すれば、即時に商品がKerry(嘉里)集団の物流ネットワークを通じて配達される――を想定していることだろう。

両者による試みが成功し、馬雲と謝国民の提携によるタイ国内におけるネット通販ビジネスが確立した場合、両者は郭鶴年を介在させながら、新しいビジネスモデルを東南アジア全域に拡大させる可能性もなきにしもあらず。おそらく馬雲は、阿里巴巴が圧倒的シェアをしめる中国市場とASEAN市場とが連結されることを目論んでいるのではなかろうか。

馬雲、謝国民、郭鶴年――いずれもが習近平政権との間の太いパイプを噂されている新旧3人の野心的企業家だけに、習近平政権に呼応する"民間版"の一帯一路構想であり、「熱帯への進軍」に1歩も2歩も踏み出したと考えられる。であればこそ、中国市場のみを注視している時代は、すでに過ぎ去ったのではなかろうか。

習近平政権への支援か

さらに昨年末の12月28日、CP集団、阿里巴巴、螞蟻金服の3社の実務責任者が武漢に集まり、「戦略合作」の調印式を行っている。3社の共同事業として農村を基盤に農業畜産商品の開発、ネット・ビジネス、金融サービス、農業畜産技術支援、物流、商品販売、貧困支援を進めようというのだ。

すでに阿里巴巴は農村でのネット・ビジネスの拠点として「農村淘宝」を全国展開しているが、農村淘宝はCP集団と組み、2016年初から武漢や綿陽など長江中流域農村地帯でのネット・ビジネスの実証実験を進める一方、同年7月には「農村でのネット・ビジネスは農民へのサービスを中核とすること」を方針とする「3・0戦略」を打ち出した。今回の3社の提携は昨年の経験を発展させたものと思われるが、今回の戦略合作の調印によって飼料、畜産、食肉加工、乳製品産業などを軸にしたアグリビジネスの全国展開を見据えているとも考えられる。

今回の3社提携の背後に、CP集団がタイで成功させたアグリビジネスのノウハウが基礎になっていると見るべきだろうが、3社によれば「政府+企業+金融+農家」の4者一体による農村における新たなビジネスモデル創出とのこと。どうやらCP集団が技術面を、阿里巴巴が流通・販売面を、螞蟻金服が金融面を担当することになりそうだ。

この試みが成功した場合、中国政府積年の懸案である三農(農民、農業、農村)問題解決に向けた突破口が開かれる可能性もある。だとするなら、今回の3社提携が習近平政権支援を意味しているとも考えられる。

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樋泉克夫

愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。

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(2017年1月16日フォーサイトより転載)

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