近所によく行くバーがある。
きさくな雰囲気と手頃な価格で、週末には多くの人がやってくる。逆に、近くに住む常連客は、混雑して騒がしくなる週末を避けることが多い。
マンハッタンに住む人は週末の夜に出かけるのを避けるという。近隣地域から人が集まってきてどの店も混みあうためだ。
もっとも金曜の夜にそのバーが空いていることはあるし、月曜に奇妙に混んでいることもある。混雑の度合いは必ずしも特定の日時と連動しない。
「今夜は混んでいるだろうか」―。バーの混み具合の予想は、ほかの人たちの行動を予想することだ。
1.
経済学者のブライアン・アーサーはこれをゲームにした。
人気の小さなバーがある。木曜日の夜には誰もがそのバーに行きたいと思うが、店が狭いため60%以上の人がやってくると、バーは混雑して快適ではなくなる。
このゲームでは合理的な判断をしても、すべての人が同時に「正しい」状況にはなりえない。そこで、人は単純な仮説をたてるだろうとアーサーは考えた。
たとえば「先週混んでいたから、今週は混んでいないはずだ」、「2週間前は混んでいたから今週は混んでいるだろう」というように。
そうしたストラテジーをもとにそれぞれが試行錯誤するシミュレーションを行うと、バーにやってくる人はすぐに (平均で) 60%前後に近づく。
だがほかの人がストラテジーを変更するのに応じて誰もがまたストラテジーを変えるため、60%に落ち着くことはなく、その前後を行ったり来たりするようになる。
2.
バーのゲームは多くの変形を生み出した。「マイノリティ・ゲーム」はそのひとつだ。
バーのゲームと同じように、二者択一の結果マイノリティになった者が勝ちだ。過去の成績から最もうまくいったストラテジーを選び、毎回ストラテジーをアップデートする。
そのシミュレーションによると、プレーヤーによる選択は50%を中心に変動する。
右は「ありうるストラテジー」の数が多く、左はその数が少ないゲームだ。変動幅はプレーごとの、マイノリティ (勝者) とマジョリティ (敗者) の偏りの大きさを示している。
ストラテジーの数が少ない方が変動幅は大きくなる。ストラテジーが少ないと、競争を通じてプレーヤーがすべての情報を利用しつくすようになることをモデルは示唆している。
そこでは「必勝ストラテジー」が現れることはない。勝ちパターンが出てきても、ほかの人がマネをすることですぐに消える。成功はそれ自身の終わりの始まりだ。
だがストラテジーの選択肢が十分に多いと、誰も気づかないストラテジーのパターンが現れ、持続しうる。より多くの人がそれぞれのやり方で勝つことができる状態が生まれる。
ストラテジーが重複する可能性は、ストラテジーとプレーヤーの数の関係によって決まる。「ストラテジーの混み具合」がこのゲームの動学に大きく影響しているようだ。
3.
ストラテジーの混み具合には、社会的なつながりが大きな影響を与える。
金融市場の参加者ほど情報交換と学習に熱心な人たちはいない。市場とは人と人のつながりのことだ。ケインズの「美人投票」を思い出そう。
情報源はブルームバーグの端末にかぎらない。電話やレストランで市場関係者は噂などさまざまな話をやりとりする。
ニューヨークでは、ヘッジファンドのオフィスはミッドタウンの特定の地区に集中している。情報交換の利便性が大きな理由だと考えられている。
定期的にやりとりする相手とは考え方が似てくる。社会的な影響を与え合うと、見方の幅がせまくなり、さらに特定の考えを信じるようになることがわかってきた。
アナリストがなにより熱心に追いかけているのはほかのアナリストの予想のようだ。
同じ都市に住むファンドマネジャーは、同じ企業に投資する傾向にある。その都市からはるか遠く離れたところにある企業への投資の場合も同じだ。
4.
スピードもストラテジーの選択に影響を与える。
高速化が進んでいる今日の市場では、トレードは1/1000秒 (ミリ秒) 単位で行われている。ヘッジファンドのストラテジーは1秒以内に学習し、アルゴリズムも適応する。
物理学者のニール・ジョンソンは、金融市場で1秒以内の人間には知覚できない「ミニ・クラッシュ」が頻繁に発生していることを発見した。「フラクチャー」とよばれている。
金融市場の1ミリ秒は、ただの1秒の千分割ではない。
5ミリ秒で演算できる単純なアルゴリズムは、50ミリ秒を要するより洗練されたアルゴリズムの10倍トレードができる。
そのため高頻度取引には、単純なストラテジーを指向する誘因がはたらきやすい。そして市場を混雑に導きやすいことをブキャナンは示唆する。
5.
天候、地震、雪崩、フラストレーション、長記憶性―。自然現象に観察される力学から、市場のはたらきを理解するヒントをいくつもブキャナンはひきだしてくる。
ブキャナンは市場と天候が同じだといってはいない。彼が指摘するのは、まったく異なるようにみえるものに驚くほどよく似た動学がはたらいているということだ。
その固有のマイクロストラクチャーのために、市場は一点にとどまることができない。
そこに集団的なプロセスがもたらすポジティブ・フィードバックが作動し、プレーヤー間の強いつながりがそれを増幅する。
その行き着く先は金融市場の歴史が繰り返し示している。その対象は株でもチューリップでもいい。それとよく似たはたらきは嵐などにもみられる。
無風の晴天を観察し、嵐を例外扱いすることによって、天候を理解したという人はいない。市場の暴落は雷雨のように、そのシステムの一部と考えた方がよさそうだ。
市場は「均衡へと収斂する自動調節機能のマシン」というよりも、「互いに作用するエージェントのエコロジー」と考える方がふさわしい。
6.
マイノリティ・ゲームは「人がしないこと」を競うゲームだ。それは人と人のかかわり合いからなる「都市のゲーム」そのもののようにみえる。
このせまいニューヨークで、誰もが新しいチャンスを探し続けている。まだ手がつけられていない新しいエリアを多くの人が嗅ぎ回っている。
何もないところにあるビジネスがオープンし、次のビジネスがその隣にオープンすると、1年後にはその周辺は同じようなビジネスでいっぱいになる。
あるレストランが人気になると、その店のつくりや運営方法までよく似た店が出てくる。
最近ブルックリンがどこも似たようになってきていると指摘される。
多くの人がそれぞれ同じようなストラテジーを追いかけた結果、どこも似てきている状態だ。
今夜こそ空いていると思い、かけつけたバーの扉を開けたら超満員だったようなものだ。
ブルックリンはクールになった。まさにそのことによってブルックリンはクールではなくなりつつある。
成功したストラテジーはあっという間にコピーされる。人がしないことをするだけでは十分ではない。人がしないことを模索し続ける必要がある。
誰の目にもあきらかな「ゲームのルール」がみえるところに妙味が少ないのは投資だけではないだろう。多くの分野のビジネスでも同じことがいえるはずだ。
どうやってほかのプレーヤーを出し抜くのか。「ゲームのルールのルール」は、現れてくるゲームのルールとの距離のとり方にあるようだ。
7.
都市の魅力の源泉は変わり続けるところにある。都市を豊かにしているその同じはたらきが、都市をつまらなくすることにもなりうる。
野火のように新しい店舗がオープンし、コンドミニアムが次々とたちあがる。一見するとにぎやかで好調な様子も、同じストラテジーの混雑に向かっているとしたらどうだろう。
変わりゆくさまやそのスピードよりも、注意すべきことは変化のクオリティなのかもしれない。それは個別の人やビジネスを観察してもわからない。
どんなゲームのルールやストラテジーがそこにはたらいているのか。それがヒントを与えてくれるだろう。
(2015年1月5日「Follow the accident. Fear the set plan.」より転載)