都市の論理、国家の論理

いまから1世紀前、都市がある規則性に従っていることがあきらかになった。都市をサイズ (人口) によってランクづけすると、最も大きな都市は2番目に大きな都市の2倍になり、3番目に大きな都市の3倍になり、4番目に大きな都市の4倍になり…。都市の分布は、人口が集中する少数の大きな都市と、数多くのより小さな都市に分かれる。
Bjarte Rettedal via Getty Images

いまから1世紀前、都市がある規則性に従っていることがあきらかになった。

都市をサイズ (人口) によってランクづけすると、最も大きな都市は2番目に大きな都市の2倍になり、3番目に大きな都市の3倍になり、4番目に大きな都市の4倍になり…。

都市の分布は、人口が集中する少数の大きな都市と、数多くのより小さな都市に分かれる。

上位になればなるほどランク間に大きな差がつくようになり、それは一定の規則性に従っている。

それを示したものが右のチャートだ。

1991年時点の米国の135都市圏のランクとサイズを両対数グラフにプロットすると、人口が最も大きい都市圏 (ニューヨーク) から135番目の都市圏まで、ほぼ一直線上に並ぶ。

ジップの法則」とよばれるこの規則性は、ここ1世紀の間、米国の都市で観察されている。

1.

この135の都市圏は、米国行政管理予算局が規定する「大都市統計地域 (MSA)」にもとづいている。

MSAの分布マップ (2012時点) をみると、それぞれの都市圏の地理的な拡がりには大きな差があることがわかる。

MSAによる1991年時点のニューヨーク都市圏の人口は17百万人。

ニューヨーク市のほかに、ニュージャージー州、ペンシルヴァニア州、ニューヨーク州の一部の郡を合算しているため、7.3百万人のニューヨーク市の人口 (1990年) と大きく異なる。

ニューヨーク経済はニューヨーク市だけで完結しているわけではない。近隣の州に住む多くの人たちがニューヨーク市内で働いている。

なるほど「都市圏」という考え方にはそれなりの妥当性があるようだ。だが同時に疑問も生まれてくる。

MSAのニューヨーク都市圏にはニュージャージー州のニューアークが含まれているのに、そのすぐ隣の郡はそうじゃない。

どこからどこまでをニューヨークの都市圏と考えればいいんだろう。

2.

t都市の分析には国勢調査を利用することが多い。そこで用いられる街区の最小単位は「国勢統計区」だ。

ニューヨーク市は2,168の国勢統計区に分かれていて、各統計区は3-4千人の人口から成っている。

統計区をひとつの性格をもつ地理的な単位として取り扱うことに、私たちは慣れている。

だが、統計区の境界の「むこう」と「こちら」にはほとんどなんの違いもないことが多い。

それにもかかわらず、街区が異なると違う特徴があるはずだと考え、区別し、整理する。

行政や国勢調査が規定する「都市の単位」には恣意性がつきまとう。都市や街区の姿を正確には反映していない可能性がある。

3.

恣意性に左右されない都市の定義を試みる研究者は少なくない。たとえば、通りのネットワークによって都市を規定しようとする試みがある。

人間の活動は通りによって制約される。通りがないところに人の活動はない。

通りが集中するパターンは人の居住パターンを反映しているはずだ。

複数の通りが交差する地点や、ひとつの通りが別の通りに合流するところは、通りの「ノード」とよばれる。

そのノードの集中の度合いをみれば、行政や統計上の区分とは違う、より自然な都市の拡がり方を示してくれるにちがいない。

米国内にある24,657,017ヶ所の通りのノードを抽出すると、そこには都市がたちあらわれる。

左の米国のマップを「衛星から撮った写真だ」と示しても、疑う人は少ないだろう (上のマップはニューヨーク市近辺を拡大したもの)。

そして、通りのネットワークから現れる都市をプロットすると、その結果はジップの法則に従っていることがわかった。

4.

別の方法で都市のあり方を探った人たちもいる。

米国を6マイル (9.6キロ) 四方の正方形 (グリッド) に分割し、それぞれのグリッドの人口分布を調べた研究がある。

3.1百万平方マイルの米国の国土 (大陸部分) は、85,527個のグリッドに分割される。

1人しか住んでいないグリッドは713個しかないが、2人が住んでいるグリッドの数は1,285個と増えていく。

1千人以上の人が住むグリッドの数は23,974個。米国の面積の28%を占めるにすぎないが、人口の96%を占める。

10万人の人口のグリッドになると、その数は5万人のグリッドよりも少なくなる。

各グリッドをひとつの都市と考えて、サイズのランクに従ってプロットすると、やはりジップの法則に従う。

もっとも、上のマップに違和感を感じた人は私だけではないだろう。マンハッタンのダウンタウンとニュージャージー州が同じグリッドにおさまっている。いかにも不自然だ。

そこで全てのグリッドを東に2マイル (3.2キロ) づつ移動させてみると、マンハッタンとクイーンズが同じグリッドにおさまることになる。

それでもその結果をプロットすると、相変わらずジップの法則に従うという。

グリッドの大きさに秘密があるんじゃないかと疑う人もいるだろう。

グリッドの大きさを2マイル (3.2キロ) 四方から20マイル (32キロ) 四方まで変化させてみても、結果にほとんど差は出ない。

やはりジップの法則がはたらいている。

5.

いろいろな方法で規定してみても、都市はジップの法則に従う。都市には著しいスケール性とロバスト性がそなわっているようだ。

固有のパターンがおのずと生まれるそのさまは、私たちがどんなマスタープランをおしつけたところで、都市はそれとはまったく無関係に自生を続けるかのようだ。

ところが、ニューヨーク州など特定の州の都市群だけをプロットすると、それはジップの法則には従わない

欧州の都市は各国内ではジップの法則に従う。だが、EUすべての都市を一緒にプロットすると、ジップの法則にはまったく従わないという。

その違いはどこにあるんだろう。

ヒントを与えてくれるのは、世界100ヶ国の過去1世紀のGDPのプロットだ。

世界のGDPは、1900年から1950年かけて、ジップの法則から乖離している。

一方、近年の2000年から2008年にかけてはジップの法則に近づいた。

エコノミストのポール・クルーグマンによると、第一次世界大戦までの世界経済は、今日と同じぐらい国際投資や貿易が盛んだった。

その後1920年代のナショナリズムの台頭とともに各国は内向きの保護主義に転じ、今日のような自由主義的な国際化が再び進展するには何十年もの時間を要した。

世界経済は自由化へと一直線に進んできたわけではないとクルーグマンはいう。ジップの法則に近づいた時期は、自由化が進み、世界経済が統合に向かった時期と合致している。

6.

欧州では各国が国民国家として発展してきた。EUとしての統合化にとりくみ始めたのは最近のことだ。依然各国がそれぞれ独自のやり方を続けている。

EUの都市をすべてプロットしてもジップの法則に従わない。各国の国境がそれを妨げている可能性がある。

ニューヨーク州の州都は、州の中部に位置するオールバニだ。

同じ州とはいえ、オールバニとニューヨーク市との間には共通点といえるものはほとんどない。

ニューヨーク市のビジネスにとって、ハドソン川の対岸のニュージャージー州の方が地理的に近いし、文化的にもまだ近い。

同じニューヨーク州だからといって、オールバニのビジネスを優先する理由はない。

米国経済は連邦レベルで統合されている。経済的には州の境界は存在しないに等しく、各州はほぼ完全な自由競争の状態にある。域内にいくつもの国境を有するEUとは違う。

7.

ビジネスは規制の少ないところを求めて移動する。人はより大きな自由やチャンスがあるところに移り住む。とはいうものの、国境を超えて移動するのは今日でも簡単ではない。

移民やビジネスの規制が撤廃された完全に統合した世界では、より良い場所を求めてビジネスも人も移動を続けるのだろう。そして都市間にはより激しい競争が生まれるはずだ。

そうした環境下では、世界の都市はジップの法則に収斂するのかもしれない。私たちがよく口にする「グローバル化」は、ジップの法則に近づくことだとしたらどうだろう。

都市は自律的に成長し、統計区分や州などの「小さな恣意性」をのみこんでいく。だが国家という「大きな恣意性」をのりこえることはできない。

都市はみずからの論理を追求し、国家はそれを抑制しようとする。本来的に相反するこのふたつの力が背中合わせの「首都」ほど奇妙なものはない。

8.

なぜジップの法則がはたらくのか、そのメカニズムは誰にもわかっていない。都市にひそむ規則性に、物理学者や数学者が関心をよせるのも無理はない。

物理学者のジェフリー・ウェスト都市の研究にとりくみ、数学者のスティーブン・ストロガッツも都市にはたらく数学に魅了されているようだ。

経済のつながりから都市圏を規定してみても、有意味な規定を一切排除したグリッドを機械的にあてはめてみても、一国内の都市はジップの法則に従う。

同じパターンが異なるスケールで観察されるのは、おそらく都市がフラクタルのような自己相似的な構造に組織化されているからなのだろう。

地理学者のブライアン・ベリーは、都市はそれ自体ひとつのシステムであると同時に、いくつかの都市が集まって上位のシステムを形成していることを指摘した。

組織化の科学で知られるハーバート・サイモンは、都市のパターンは雪の結晶のように自然に生まれ、そのパターンを階層化して都市が自己増殖しうることを示唆している。

都市は組織化のシステムだ。都市というと私たちは高層ビルや公園を連想しがちだが、雪の結晶や河川のネットワークの方が都市の理解を助けてくれるにちがいない。

(2014年4月14日「Follow the accident. Fear the set plan.」より転載)

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