昭和の時代、「女性解放」を唱えて多くの女性たちから支持を得た田中美津さん。彼女のこれまでの生き様、そして、今を追いかけたドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』が制作中だ。今秋の一般公開を目指し、クラウドファンディングも行われている。
■昭和の“Me Too運動”で女性の思いを代弁
この映画は、監督を務める吉峯美和さんが、田中さんの魅力に惚れ込んだことから制作が始まった。吉峯さんが初めて田中さんに会ったのは、今を遡ること4年前。2015年にNHKで放送された「日本人は何をめざしてきたのか 女たちは平等をめざす」という戦後70年の女性史のドキュメンタリー制作にフリーの映像ディレクターとして参加したのがきっかけだった。
「戦後に活躍したいろいろな女性の方にお目にかかったのですが、田中美津さんはその中でも特別で、強く心に残りました」と吉峯さんは当時を振り返る。
田中美津さんは、今の“#MeToo運動”の先駆けともいえる、昭和の女性解放運動家のひとり。40年以上前に発行され、<言葉にならなかった>女性の思いを的確に表現した著書『いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論』は、「世界のフェミニズム名著50冊」にも選ばれている名著だ。
日本でウーマン・リブ運動が盛んだった1970年代当時。「女性は男性のいうことを聞いていればよい」「女性は社会に出るよりも、家で家事と子育てをしていればよい」というのが、当たり前だった。そんな中、田中さんは、女性であっても自分を大切にし、他者から尊重されるべきであると主張し、多くの女性たちの共感を得た。
「便所からの解放」──ときに、男性の性欲処理の対象と見られていた女性たちの自尊心を取り戻そうと、田中さんが書いた言葉は、時代を象徴する言葉にもなった。
■「ありのままの自分でいい」と気づかされた
ウーマン・リブのリーダーと聞くと、勇ましい女性を想像しがちだ。しかし、吉峯さんの目の前に現れた田中さんは、伝説的な女性解放運動家というよりも、自分の心に素直でかわいらしささえ感じさせる女性だった。飾り気のない言葉でストレートに思いを口にする田中さんに、吉峯さんは、しなやかな感性とおおらかな人柄を感じたという。
「田中さんは、少女のような傷つきやすい心を抱えながら、今の自分をそのまま受け入れて生きてきた人。その頃、自分自身もどこかに“生きづらさ”を感じていた私には、“ありのままの自分でいいんだよ”と教えてくれる存在でした」
田中美津さんの「今」、そして「過去」を映像に残したい
今年76歳となった田中さんは、八王子市に開業する治療院「れらはるせ」で、鍼灸師として現役で働いている。ほかにも、さまざまな講演活動やライフワークでもある沖縄の基地問題にも精力的に取り組むなど、今なお忙しい日々を過ごしている。
そんな田中さんの「今」を映像に残したい。生の言葉を多くの人に伝えたい──。
心の内から湧き上がる強い気持ちでカメラを抱え、吉峯さんが田中さんの日常を追いかける3年にも及ぶ日々が始まった。ときに治療院で施術の様子を、ときに沖縄への旅に同行しながら。田中さんの過去や現在、そして人々との交わりを丁寧にカメラは追いかけていく。
田中さんの治療院には、心が疲弊してうつ症状に悩む人も多く訪れる。彼らの話にじっくりと耳を傾け、言葉をかけながら行われる施術。施術はときに4時間に及ぶこともあり、そのひとりひとりに真摯に向き合う。施術後、体と心を癒やされて明るい表情で治療院をあとにする患者たち。カメラが映し出すのは、そんな患者たちをいたわり続ける田中さんの手だ。
■深い傷を抱えた沖縄の心に寄り添う
田中さんがライフワークとして、頻繁に沖縄へと足を運ぶようになったのは、1枚の写真がきっかけだった。戦後の沖縄で倒れている女の子を米兵が取り囲んで見下ろしているモノクロ写真だ。
「これを見たときに、私は、これまで沖縄のことを何も知らなかったという思いにかられて、居ても立ってもいられなくなってしまった」と、沖縄の基地問題に揺れる辺古野に深くかかわるようになったという。
映画では、そんな田中さんの沖縄への旅の様子も収められている。
「沖縄では、聖地といわれる久高島を訪れたんですが、そのときの光景がとても印象的でした。海辺の朝日の美しさと田中さんの佇まいがオーバーラップして、なんともいえぬ神々しさがあり、とても美しかったですね。ぜひみなさんにも、その映像を観ていただきたいと思っています」(吉峯さん)
■自分を全肯定することで、生きやすさが見えてくる
幼少時に受けた性的に嫌な思い出、社会に出て目の当たりにした女性であることの差別。そして、それと戦い続けた日々。そんな田中さんの人生は「生きづらさ」を感じる自分をまるごと肯定することで、乗り越えてきたもの。
「“自分以外の何ものにもなりたくない”と、田中さんは語っています。誰もが、“どうして自分だけがこんなつらい目に遭うのだろう”と思うことがあるでしょう。私自身、田中さんと話している中で、自分の中に“膝を抱えて泣いている少女”がいることに気づかされました。自分で気づかずにいた痛み、人生への迷いがあったからこそ、田中さんの言葉に心を大きく動かされたのだと思います」(吉峯さん)
今の自分を認めて、生きる。
「そのうえで、今いる場所が自分のすべてを受け入れてくれるとは限らないという、ある種のあきらめを持つことも必要。そこに気がつけると、ふっと生きることが楽になるんです」と、田中さんは語っている。深い孤独と痛みを抱えながら、なお、しなやかに生きる強さ。
「この星は、私の星じゃない」──。
映画タイトルにもなったこの言葉には、田中さんのそんな思いが込められている。
「今の環境に馴染めなかったり、生きることがつらいと感じたりしている人は、世の中にたくさんいます。それが何なのか、どうしたらこのモヤモヤとした生きづらさを超えられるのか。この映画から、そのヒントを見つけてもらえると思います」(吉峯さん)
映画公開に先駆けて、5月には田中さんの著書『この星は、私の星じゃない』(岩波書店)が出版。7月3日には、渋谷で映画の完成披露試写会が開かれることが決まった。スクリーンに映し出される田中さんの3年の日々は、誰の心にも生きる勇気を与えてくれるだろう。
吉峯さんは7月9日まで、映画制作費の一部をクラウドファンディングで募っている。詳しくはこちら。
(工藤千秋)