同僚が突然、だし汁も飲まない菜食主義を始めた。続けて大丈夫?ベストセラー本の著者に聞いてみた。

栄養不足にならないのだろうか。

ハフポスト日本版編集部のエディター、久世和彦と長澤史佳が、肉や魚などの動物性たんぱく質を一切とらない「ヴィーガン」の食事を1カ月間続けることに挑んだ。

お互い、その日に食べた食事を感想とともに共有し合っている。納豆・豆腐や野菜、ピーナッツなどが続く献立の写真。だしすら使わない和食のメニュー。2人とも楽しそうに続けていたが、わたしはモヤモヤしていた。動物性たんぱく質を一切とらない食生活を続けていて、栄養面は大丈夫なのだろうか?

久世の初日のランチ。さかなのだしもとらないので、しょうゆがつゆ代わり
久世の初日のランチ。さかなのだしもとらないので、しょうゆがつゆ代わり
KAZUHIRO KUZE

そこで、2人のヴィーガン生活が10日を過ぎたころ、津川友介・カリフォルニア大ロサンゼルス校助教授に、久世と長澤と筆者でインタビューをした。

津川さんは医療政策学の研究をしている医師だ。根拠が定かでないのに「体にいい」と紹介されている食事関連の情報がなかなか減らないことが気になっていて、ブログなどで発信してきた。4月には、栄養疫学者や医師らの専門家の協力を得ながら、「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」(東洋経済新報社)を出した。これまでの研究結果に基づいた、健康によいとされる食品についてシンプルに解説している。真面目な本なのに、アマゾンの保健食・食事療法のジャンルで1位となり、ベストセラー入りしている。

津川さん、ヴィーガンってほんとのところ、どうなんですかーー?

■ヴィーガンを始めたわけ

長澤:高校1年の時にカナダに留学して、ホストファミリーと暮らしていました。家族の一員として受け入れてもらったんですが、食事がステーキとかハンバーガーで....8キロも太って帰国して、食事を健康的なものに変えたんです。おかげで体重も元に戻ったんですが、以来、ヴィーガンやベジタリアンに興味が出てきました。テニス選手のジョコビッチがグルテンフリーで「生まれ変わった」という本を読んでから1カ月くらい、グルテンフリーもやったことがありました。

久世:この5年で、体重が15キロ増えました。やせるために、糖質制限、ラマダン、昼間の絶食と試しましたが、効果がありません。そんなときに長澤さんとお昼を食べていてヴィーガンを試そうと盛り上がったのが、挑戦のきっかけです。ただ、ヴィーガンを続けても大丈夫なのか、根拠も予備知識も知らないままのスタートなので、そのあたりの知識が知りたいです。

ロサンゼルスに住む津川さんとは、インターネットでやりとりした。興味深く津川さんの話を聞く長澤(奥)、久世(中)、錦光山の3人
ロサンゼルスに住む津川さんとは、インターネットでやりとりした。興味深く津川さんの話を聞く長澤(奥)、久世(中)、錦光山の3人
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■野菜ばかりって大丈夫?栄養不足にならないの?

津川:菜食主義の人が心筋梗塞になる確率は30%低く、がん、中でも大腸がんのリスクが減り、糖尿病に至ってはリスクが半減するという研究結果もあります。ただ、「菜食主義」が良い、というより、ガンのリスクが上がる加工肉や豚肉や牛肉といった「赤い肉」を食べないこと、それから野菜や果物をたくさん食べることーーという組み合わせが影響した結果では、と考えられています。

ここで重要なのは、菜食主義だからと言って必ずしも健康的な食事になっている、とは限らないということです。菜食主義でも、砂糖がたくさん含まれた甘いものや、パンやパスタなどは食べられますからね。

最近では菜食主義の中にも「健康に良い菜食主義」と「健康に悪い菜食主義」があると言われるようになってきました。

「健康に良い菜食主義」とは、全粒粉などの精製されていない炭水化物、果物、野菜(ジャガイモは除く)、オリーブオイルなどの健康的な油を豊富に含むものです。一方で、「健康に悪い菜食主義」とは、じゃがいも、パンやパスタなどの精製された炭水化物、砂糖が含まれた甘いものを含むものです。最新の研究では、前者は心筋梗塞のリスクを下げる一方で、後者は逆にリスクを上げることが明らかになっています。

さらに、菜食主義を続けると、いくつかの栄養素は不足気味になる可能性があると指摘されています。まず、カルシウム。これが不足すると、骨がもろくなる「骨粗しょう症」になるリスクが高まります。ただ、カルシウムを1日525ミリグラム摂っていれば問題ない、とされています。ほかに、ビタミンDとK、ビタミンB12、鉄分も不足する可能性もあります。

こうした栄養は、次の食べ物に豊富に含まれています。参考にしてください。

■肉や魚の代わりに豆腐や納豆など豆製品を食べているけど、必要な量はどのくらい?

津川さん:日本なら大豆が簡単に手に入るたんぱく質なのは確かですね。女性の場合、必要なたんぱく質は、体重1キロあたり1グラムは必要だと言われています。

魚や魚介類を食べていれば、必要なたんぱく質は十分にとれるので、量を気にする必要はありません。でも、植物性たんぱく質しか摂らない人は、動物性たんぱく質も食べる人よりも少し多めに食べた方が良いとされています。

大豆100グラムには、だいたい13-16グラムのたんぱく質が含まれています。だから、体重40キロの人なら1日300グラムの大豆を食べれば、十分でしょう。納豆は1パック(50グラム)にたんぱく質が8グラムなので、1日5パック食べれば足りる量です。

(一同、5パックも!と驚く)

編集部員(左)からの質問に答える津川友介さん
編集部員(左)からの質問に答える津川友介さん
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たんぱく質だけ見るのであれば、植物性だから、動物性だから、と気にする必要はないです。これまでに出た論文を読んでみると、動物性より植物性を多めにとった方がいいと指摘されています。

仮にもし動物性たんぱく質をとるのなら、魚は健康面にとってはプラスで、本来ならば食べた方が良いと考えられています。魚を食べる菜食主義は、英語で「ペスカトリアン」といいますが、ペスカトリアンの方が、ヴィーガンよりも、健康の観点からは優れた食事だと考えられています。

■ご飯をたくさん食べてしまっている気がする...

ご飯は、玄米をおすすめします。日本ではあまり知られていませんが、白米は、食べる量が多ければ多いほど、血糖値が上がり、糖尿病のリスクも増えることが複数の研究 によって明らかにされています。その点、玄米は食物繊維や栄養に豊み、肥満や動脈硬化のリスクを下げると指摘されています。

ある日のヴィーガンメニューの献立
ある日のヴィーガンメニューの献立
ハフポスト日本版

白米も「食べ過ぎなければ大丈夫では?」とも聞かれます。ですが、白米の摂取量が少なければ少ないほど糖尿病のリスクが低くなると報告されています。一定の量までなら食べても影響はない、という訳ではなく、少量でも糖尿病のリスクがあると考えていいと思います。食べてはいけないとは言いませんが、食事を楽しむ自分の幸福度と勘案しながら食べてほしいと思います。

■ヴィーガンを続けるうち、慣れのせいか、肉や魚を食べたい気持ちが失せました。大丈夫?

津川:貧血になっていたり健康診断で問題が指摘されていなければ、特に問題ないと思います。

■テニスのジョコビッチ選手がグルテンフリーの食事に変えてから試合が強くなったという本を読んで、1カ月試したことがあります。グルテンフリーは健康にいいのでしょうか

ジョコビッチ選手
ジョコビッチ選手
Alessandro Bianchi / Reuters

津川:実はグルテンフリーで、健康になれるというエビデンスはありません。グルテンフリーはそもそも、セリアック病という、小麦や大麦に含まれるグルテンに反応してしまう自己免疫の病気の患者向けの食材でしたが、この病気でなくても、グルテンフリーの食材を食べる人がアメリカでも増えています。

ただ、病気が防げたり、体重が減ったりといった効果は期待できず、グルテンを減らしても「健康」という面では、その価値はないと思います。ジョコビッチ選手1人の体験をもって鵜呑みにしない方がいいと思います。

■「栄養素」でなく「食べ物」で判断しよう

津川:これまで、いろいろ説明してきましたが、どんな栄養をとればいいか、という「栄養成分」ベースではなく、何を食べればいいか、という「食べ物」ベースでいつも考えてほしいと思っています。

白米を続ける代わりに食物繊維が豊富な食べ物を食べれば、玄米と同等の効果が期待できるのでしょうか? それには、エビデンスがありません。白米より玄米が身体にいいというエビデンスがありますが、だからといって、玄米に含まれる食物繊維の話をするべきではないのです。だから、やはり「食べ物」に立ち返る必要があるんです。

久世と長澤が食べるおやつは、ナッツや果物、枝豆などが目立った
久世と長澤が食べるおやつは、ナッツや果物、枝豆などが目立った

マイケル・ポーランというアメリカのジャーナリストが書いた「In Defence of Food」(邦題:ヘルシーな加工食品はかなりヤバい―本当に安全なのは「自然のままの食品」だ)で、食品の中の成分に注目し、食品を成分の集合体としてだけとらえてしまう考え方を「栄養至上主義」と紹介しています。

たとえば、「トマトは体にいい」という広告や「キュウリがいい」という宣伝文句は聞かないですよね。新しい野菜なんてそうそう出てきませんから、目新しさは感じないでしょう。だけど「リコピンが体にいいからトマトを食べよう」とうたう広告はよくありますし、特定の栄養成分が流行することもある。

食品としてのトマトは体にいいのですが、含まれている成分「リコピン」が体にいいというエビデンスはありません。血の中のリコピンの濃度が、がんや心筋梗塞と相関があるという研究結果はありますが、リコピンをサプリメントでとって、病気のリスクが下がるというエビデンスはないのです。

それでも栄養成分に置き換えると、なんだか最先端の話を聞いているかのように聞こえる。毎週のように、新しい栄養成分という「目新しさ」が足され、莫大な市場が形成されています。

でももう、そういう宣伝に耳を傾けないでほしいのです。大事なのは「栄養成分」より「食べ物」、とわたしが繰り返すのは、そういうことなのです。

これまでの研究結果から、津川さんがまとめた健康に影響を与える食事の分類
これまでの研究結果から、津川さんがまとめた健康に影響を与える食事の分類
「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」より抜粋

■インタビューを終えて

久世:重要なのは、根拠を持ってやることだと分かりました。根拠のないヴィーガン情報がネットにも載っているが、根拠のある食生活を送るのが大事だと改めて思いました。

長澤:白米と玄米で、こんなに違うというのには驚きました。情報に流されずに証拠を持って、自分がそれを食べてどうなのか、という「幸福度」とのバランスをとりたいと思いました。

津川さんからの助言を受け、2人は豆をさらに食べるようになった。「納豆なら5パック」という助言をできるだけ守ろうとしているらしい。

久世の食事
久世の食事
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YUSUKE TSUGAWA

ハフポスト日本版は5月に5周年を迎えました。この5年間で、日本では「働きかた」や「ライフスタイル」の改革が進みました。

人生を豊かにするため、仕事やそのほかの時間をどう使っていくかーー。ハフポスト日本版は「アタラシイ時間」というシリーズでみなさんと一緒に考えていきたいと思います。「 #アタラシイ時間 」でみなさんのアイデアも聞かせてください。

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