「ネットのエロ広告がひどい」というようなことを言うと、「ネットの広告はターゲティングされてるんですよ。エロ広告が出るのはあなたが普段エロサイトばかり見ているからではないですか」と言い返す人がいる。
最近どうも流行りの考え方のようで、このごろツイッターで似たようなやりとりを何度も目にしている。
ネット広告を生業としてきた自分がこの論を反証するかたちで2018年に書いたのが「あなたがネットでエロ広告を見るのは、あなたがエロいからではない」という記事である。この記事は今でもよく読まれているが、予防線をあちこちに張った上、技術的な背景を説明したため、ずいぶん長文になってしまった。
そこで、元記事をより簡潔にまとめつつ、元記事に対するツイッターやまとめサイト上での反応に対して答える形で、より趣旨を明確にした対話版をここにまとめる。
# ネットでエロ広告を見る人は、普段からエロサイトを見ているからエロい人としてターゲティングされているのであり、自業自得である。
これは誤解である。
# インターネット広告はターゲティングに基づくはずだ。だからエロ広告を見ている人はエロいのではないのか。
インターネット広告の中には、ターゲティングに基づくものもあれば、そうでないものもある。また、一口にターゲティングと言っても色々な種類がある。
エロ広告が配信されたとして、その広告はターゲティングを利用せず、ただランダムに表示されているだけかもしれない。あるいは「30歳男性」とか「夜中にスマホを見ている人」とか、エロとは関係のないターゲティングを利用しているだけかもしれない。
つまり、エロ広告を見たからといって、それがターゲティングに基づくものであると断言することはできないし、ターゲティングに基づくものであるとしても、エロい人に正確に配信されているとは言えない。
以上から、エロ広告を見るからエロいというのは、あまりに単純化しすぎた、誤った結論だと言える。
# 「普段からエロサイトを見ている」という情報を広告配信システムは利用できるはずである。その情報を用いれば、エロい人を正確にターゲティングできるのではないか(リターゲティング広告)。
前提として、大手の広告配信システムでは、そのようなアダルト広告の配信は禁止されていることが多い。
仮にエロ広告でそのようなリターゲティングが行われていたとして、すべてのエロ広告がそのように配信されているわけでない限り、エロ広告を見るのは普段からエロサイトを見ているからというのは、誤った結論であることに変わりはない。
# そもそもインターネット広告のターゲティングは正確ではないのか。
インターネット広告のターゲティング精度は配信するシステムやターゲティング手法、取り扱うデータなどによりまちまちであるが、いずれにせよ100%ではない。
仮にターゲティング広告の配信精度が100%であれば、あなたの受け取る広告はすべて自分の関心のあるものだということになる。そんなことがありえるだろうか。むしろ、一日のあいだに何十、何百と目にするインターネット広告の中で、まさに自分にぴったりだと思う頻度がどれくらいあるだろうか。
控え目に言っても、インターネット広告では自分には興味のない広告が配信される場合がある。興味のないゲームの広告、健康食品の広告、マンションの広告、転職の広告が配信されるのであれば、興味のないエロ広告が配信されることもあるはずではないか。
# マンションの広告などは広く周知させるため、興味のない人にも配信される場合があるだろう。しかしエロ広告は正確なターゲティングに基づき、興味のある人にだけ正確に配信されていることが多いのではないか。
あなたがインターネット上のすべてのエロ広告の運用を行っているのでなければ、エロ広告がどのようなターゲティングに基づいているかは分からないはずであり、そうでなければ根拠が不明である。エロ広告以外がターゲティングに基づきつつも正確に配信できない場合もあるだろうし、エロ広告が広く周知させるために興味のない人に配信される場合もあるだろう。
いずれにせよ少なくとも広告を受け取る側はそうしたターゲティングの基準を原則として知ることはできないので、エロ広告だから正確なターゲティングに基づくとは言えない。
# エロ広告がターゲティングに基づかず配信されている場合があると証明することはできるか。
ブラウザをシークレットモード(プライベートモード)にすれば良い。普段の自分のプロファイルとは切り離されて、ターゲティングがリセットされるはずだが、それでもエロ広告を見ることはあるだろう。
# シークレットモード(プライベートモード)はクッキーをリセットするだけで、IPアドレスやFingerprintingなどに基づいたターゲティングに影響はない。そのユーザーがエロいということをリセットすることはできないのではないか。
その場合、エロ広告はクッキーに依存しない、より精度の低いターゲティングに基づいているということになり、正確なターゲティング配信という根拠がいっそう揺らぐことになる。
(余談だが、元記事に対する反応で一番がっかりしたのは「シークレットモードでもターティングできることを分かってない」という類のコメントだった。シークレットモードを使うユーザーを尊重しないということを、なぜ誇らしげに言うことができるのか)
# エロくなくてもエロ広告に触れる可能性があることは分かったが、エロい人にエロ広告が配信されやすいことは変わらないのではないか。
広告を見るためには三つの主体が必要である。広告主、広告媒体(広告が表示される場所)、広告を見る視聴者である。視聴者は一つの要素にすぎない。
たとえば、エロ系のコンテンツを扱うが、利用する広告配信システムがエロ系広告を禁止しているウェブサイトがあった場合、どれだけエロ系コンテンツを触れてもエロ広告を見ることはない。反対に、ウェブサイトのコンテンツはエロ系ではないが、広告配信システムがエロ系を重視していた場合、エロ系コンテンツを求めていないのに、エロ広告に触れる機会は多くなる。この場合、エロ広告をよく見るからといって、エロ系のコンテンツに普段から触れているとは言えない。
どのような広告が配信されるのかは、どのような広告主がどの広告媒体に予算を割いているかによってまず決まる。たとえば仮にエロサイトが世の中からなくなって、「エロい人に向けたリターゲティング」が技術的に不可能になったとしても、エロ広告を配信したいという広告主がいれば、エロ広告は存在し続けるだろう。
# たとえ健全な内容のウェブサイトでも、エロ系広告が配信されるようなところを見ているのがいけないのではないか。
視聴者はウェブサイトを見るまで、どのような広告が表示されるか予見することはできない。エロ広告を配信した責任は広告主や広告媒体、広告配信システムにあり、その責任を視聴者に押し付けるべきではない。
# 私はエロ広告を全く見ない。エロ広告を見ている人は少なくとも私よりエロいとは言えるのではないか。
エロに対する個人の基準が異なるだけではないか。他の人がエロ広告と感じているものを、そう捉えていない可能性がある。
とはいえ、エロ広告のターゲティングについて、A/Bテストに基づく分析があれば、ぜひ読んでみたい。また、もしこの仮説が正しく、エロい人のほうがエロ広告をよく受け取ることが証明されたとしても、一度エロ広告に触れたからといって(また、そのことをツイッターで批判したからといって)、その人がエロいということの証明にはならない。因果関係を取り違えているからである。
さらに言えば、明らかにエロい人がいたとしても、その人がエロ広告を見て不快に感じることはありえるし、そのことに不満を覚えるのは全うなことである。
# 私はエロいからエロ広告がたくさん配信される。ゆえにエロ広告が配信されると言っている人達もエロいに違いない。
「全ての人間はいつか死ぬ。ソクラテスもいつか死ぬ。ゆえに全ての人間はソクラテスである」(ウディ・アレン)を思い出しました。
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