300人の高校生が踊り舞う。集団の生み出すエネルギー、1人ひとりの揺らぎと情熱。
「青春を全力で肯定してください」
そう頼まれて、写真家・奥山由之は、ポカリスエットの広告写真を撮った。
「潜在能力をひき出せ」「自分は、きっと想像以上だ」
シンプルで力強いコピーに触発された写真は1万枚を超え、写真集『POCARI SWEAT』になった。
奥山氏は本作について、「この一冊で書店に新しい風が吹いてほしい」と語り、発売前には全国の書店員に向けて異例の説明会も開いた。
10代でデビューを果たし、20代前半で講談社出版文化賞を受賞。8冊の写真集を出版し、数々の写真展で成功を収めている。
雑誌や広告、CDジャケットなどの撮影、CMやMVの監督など、ジャンルの垣根を超えて活躍する27歳の奥山氏にとって、この撮影は何が特別だったのか。
SNS全盛の現代において、なぜ写真集を作ることにこだわるのか。2時間、話を聞いた。
見てもらえない前提で写真集を作っていいのか
奥山氏は4月、筆者も参加した書店員に向けた説明会で、写真集『POCARI SWEAT』について、「てらいもなく、ストレートに "いい!" と思える、気持ちのいい写真集ができた」「この一冊で書店に新しい風が吹いてほしい」と語った。
厳しい出版業界、全国の書店数も減少の一途を辿るなか、「写真の、写真集の未来を変えたい」と宣言。人気の写真家が、わざわざ説明会を2回も開いた理由は?
「写真集という物自体の存在感を、僕は変えたかった。やっぱり"現場"である書店で、写真集が置かれている現状の雰囲気とは異なる状況を生み出さないといけない」
「そうでないと、写真集は永遠にニッチな物として、積極的に手に取る人にしか届かない、閉ざされた嗜好品になってしまう。それを現場で販売する方々に伝えなくてはという思いがあったんです」
売れない本。売れない写真集。厳しい現実を前にして、奥山氏は「売ります」と宣言する。
「もちろん数が出れば正義だという話ではない」としながらも、奥山氏は「作る側の意識がそもそも内向的になっているのではないか」と、大きな疑問を投げかけた。
「昔から写真集は、どんなに金額が高くても、どんなに保存がしにくい大きな物であっても、"手に取りたいと思ってくれる数少ない人たちだけに届けばいい" という前提で作られたものが多いという印象があって」
「作家のものでもあるので、もちろん仕様などにこだわる気持ちは、僕も分かります。けれど、あくまで販売物でもあるので、人が手に取る時の景色を多少なりとも思い描く必要があると思っているんです」
本来、言葉があればそれでいい。
タイトル通り、写真集のテーマは「POCARI SWEAT」。2017年に撮影したポカリスエットの広告写真だ。CMはYoutubeで140万再生を超えるなど大きな話題を呼んだ。
長期に渡る撮影。300人を超える高校生たちが一丸となって踊る、メジャーな清涼飲料水の広告だ。
奥山氏は、広告作品を数多く手がけているわけではない。ここ5年間ぐらいは、ファッション誌などを中心として、時間をかけて確実に現場をコントロールできる撮影が多かったという。
撮影の依頼が来たときは、率直に「僕でいいのかな」と感じたと明かす。そんな彼の心を動かしたのは、あるアートディレクターの言葉だった。
「正親篤さんというアートディレクターの方に打ち合わせでお会いしたとき、言葉によるイメージの共有だけだったんです。『とにかく青春を全力で肯定して欲しい。それ以外には条件はありません。あとは奥山さんが興奮する瞬間を撮ってもらえれば』みたいな(笑)」
「『とにかく、あの子達が踊って、練習して、汗かいて、仲良くなって、本番を迎えて、撮影を終えて、達成して、成長する過程を、全部見届けてあげてください』って言われて。『いいなあと思ったらシャッターを押してくれればいいし、いいなと思えなかったら押さなくていい』と」
「具体的な画の話が一切なくて、それが、深く心に刺さりました。"何を伝えたいのか"という話だけで終始する話し合いは、とても純粋な過程を踏んでいるな、と思ったんです」と奥山氏はふり返る。
「自分は、きっと想像以上だ」「潜在能力をひき出せ」というポカリスエットのコピーも背中を押した。
「300人の高校生たちがCM撮影に向かう時間をともにして、その過程で瞬間を切り取っていく撮影は、久しぶりに自分ではコントロールのできない、ドキュメンタリーな状況でした」
「ものすごく瞬発力が必要だし、長時間集中しなくてはならない。自分が状況をコントロールできない、という意味で、これは久々に潜在能力が問われているな、と。自分の写真力はいかほどか、と」
「正親さんの『青春を全力で肯定してください』という言葉と、ポスターのコピー『自分は、きっと想像以上だ』『潜在能力をひき出せ』という3つの文章が、撮影中、常に頭の中でリフレインしていました」
バードウォッチャーは飛んではいけない
実際に、アートディレクターからは「こういう画を撮ってほしい」と具体的に伝えられることはなく、現場での写真チェックも一切なかったという。
ただいつの日も、撮影を終えた後、必ず「今日はグッときた?」と聞かれたという。奥山氏は、大がかりな撮影にどう向き合ったのか。
「高校生たちが作り出す現場には、非常に力強いパワーがあった。僕も、撮っているというよりは、ただただ押してる。そんな感覚でした」
「考えている間もなく、目の前の状況がどんどんと変わっていく。じっと彼らを見ていると、ダンスやこの撮影に対しての情熱が見て取れて、一所懸命それをすくい上げたいな、という気持ちになりました」
一方、彼らとの"距離感"は大切にしたという。
「僕が直接的に関与しなくても、300人も人がいれば、そこにストーリーが生まれます。だからまるでバードウォッチャーのように、僕の存在をできる限り感じさせないようにして撮影しました」
写真家としては、実際の距離感を詰めることと、心の距離感が詰まることは違う。奥山氏は、「ここには大きな差がある。プロと素人の境目だと思う」とも話した。
その裏には、ロックバンド「くるり」のライブツアーの撮影経験があった。
くるりのライブ撮影とポカリスエット広告
くるりのツアー帯同撮影は、当時大学生だった奥山氏にとって最初の長期的な仕事だ。「あの1カ月間で体得した佇まいがあった。写真家としての佇まいがあの時に決まった感覚があった」と原点をふり返る。
ライブツアーの撮影とポカリスエットの広告の共通点とは?
「人って、複数人がどこかに集まるとそこに滞留する空気の流れがあって。それは物理的な空気の流れじゃなくて、雰囲気の流れみたいなものというか」
「当然、人それぞれに感情があって、欲望があって、思いがあって、抽象的な話ですけれど、その幅や長さがあるので、空気の流れの間を縫うように歩いている感覚が、ライブや、今回の様なドキュメンタリーの撮影をしているときは常にあるんです」
アートか広告か
奥山氏は2011年に、20歳で写真集『Girl』で写真新世紀優秀賞を受賞。
2016年には写真集『BACON ICE CREAM』および、『GINZA』『SWITCH』などの雑誌に掲載された一連の人物写真が評価され、講談社出版文化賞を受賞。これまでに自身の写真集を何冊も発表している。
「ポカリスエット」という誰もが知っているロングセラー商品の広告写真を、自身の写真集として発表することに違和感はなかったのか。アートと広告表現の関係をどう考えているのだろうか。
「"表現"というのは、何かを人に伝えようとする行為ですよね。一般的には、広告物とアートって程遠いというか、真逆みたいな認識があるかもしれないのですが、よく見ると、アートシーンで展開されていることは、非常に広告的だと思うんですよ」
「とても戦略的に、かつ過去の文脈をよく見て、政治的に作品を発表していくのがアートの基本姿勢だと思うのですが、それって広告の構造とよく似ている気がしていて。何かしら投げかけて、人の心に届けようとしていたり、人の心を動かそうとしたりしているわけじゃないですか」
「あくまで人の主観を動かそうとしていることで、それって僕は何よりも広告的だと思っていて。アートほど広告力が必要とされるものはないと思っているんですよ」
「過程は違えど、関わる人たちは違えど、"人の主観を動かす"という点で、表裏一体の制作物だと思っています」
初めて写真集を買う人のために
"売れない"とされる写真集というジャンルの中で、奥山氏が多くの人たちに届けるために意識したこと。それは「写真集を買ったことがない人たちに届けるための写真集」を作ることだった。
写真集然としたオーソドックスな装丁、定価2300円。「平積みにして、広く並べるとインパクトがある。書店からは「売りやすい」という声が届いているという。イベントも開催された青山ブックセンター本店では、一画を使って大きく展開されていた。
「写真集然とした佇まいになって良かったと思っています。初めて写真集を手にする人たちが、『写真集を買ったんだ』という意識の記憶を作れるから。
「この本に関しては、とにかく見て、良い。それで終わりで僕はいいと思うんですよ。スカンッとした青空のような心地よさがあるとか、やっぱり夏が好きだなとか、そういうふうに単純なことでいい」
奥山氏は、「写真は、いいね! じゃ済まされないんだ、みたいなところはあると思うんですけれど、全部がそうじゃない。写真は写真なんですよ。iPhoneで撮った写真もあくまで写真なんです」
そんな奥山氏も、2500円の写真集もあれば、300部限定で6万円の写真集を作ったこともある。作品によって目的を使い分けるのだ。
「やっぱり、人間って多面的だし、そこが面白いと思っていて。好きなものが多いというだけなんですけれど。だから、作品によってそこは全然違っていいと思っているので」
その世界のルールに左右されるな
TVCM、音楽MV、雑誌、広告、CDジャケット......。軽々とジャンルの垣根を超えていく奥山氏。「柔軟に世を渡っているようにも見える」と訊ねると、「逆に、僕はずっと同じところにいるからそう見えるのだと思う」とつぶやいた。
「僕はジャンルによって何か制作に対しての意識を変えるということが全くなくて。そもそもジャンルという事を気にしたことがない」
「でも幸いにして、どの現場でもやっぱり"奥山由之"をお願いしますと言ってもらえる様になりました。だからこそ、映画をつくってもTVCMやMVの監督をやっても何の雑誌であっても、どんな内容でも依頼をしていただけています」
結局は、「気持ちの話をして、人にどう伝えるか」なのだと奥山氏は説く。
「広告であっても、スタートは『青春を全力で肯定してほしい』という、あくまでも、いたって普通の会話だった」
「『今の気持ちを伝える』がベースにあり続けるからこそ、フィールドの垣根が気づいたら超えているだけで、こんなにもシンプルで、こんなにも変わらないことをずっとやっている人もいない」
「特段、垣根を越えていることを誇りにも思っていません。みなさんが見たら、色々なことやってるように見える。でも逆説的に、僕が動かないから、結局ジャンルレスになっているだけだと思うんですよ」
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専門知識はいらない。気持ちを人にどう伝えるか。
奥山氏の仕事との向き合いかたは、細分化されすぎたこの世界で、垣根を超えてつながり、新しい挑戦を始めるヒントのように思えた。
「嫌いなことも多いけれど、好きなことがとても多い」と、奥山氏は語った。それもまた、ジャンルレスを可能にするシンプルな答えかもしれない。
「こんなにも1つのことをずっとやっている人はいない」。愚直に人に伝えることに向き合ってきたフロントランナーだからこその言葉だった。