吉本興業が8月8日、反社会勢力への対応措置や所属タレントとの契約のあり方などについて検討する「第1回経営アドバイザリー委員会」を開いた。委員会後、座長の川上和久氏がメディアブリーフィングに出席。
今後は「共同確認書」をタレント全員と交わし、またタレント個々の仕事量に応じて、「マネジメント契約」や「エージェント契約」を締結するという。
吉本興業が示した方針について、識者はどう見るか。芸能問題に詳しいライター・リサーチャーの松谷創一郎氏は、エージェント契約の導入について「前進したと言える」と評価するが、「契約書の内容が吉本興業側に有利なものではないか注視する必要がある」と指摘した。
「第1回経営アドバイザリー委員会」とは?
同社をめぐっては、宮迫博之さんら同社所属芸人の「闇営業」問題に端を発する一連の騒動で、「書面の契約書がない」など契約のあり方などにも批判が寄せられた。
こうした問題を受け設立された「経営アドバイザリー委員会」では、吉本興業の経営における「懸念事項」について、弁護士や経済ジャーナリストなどの有識者と議論・検討していくという。
同社は委員会について、いわゆる第三者委員会のように「不祥事を調査してその責任の所存や社内処分のあり方について提言する」ものではないとしており、「経営にかかる懸念事項について専門的知見から助言・アドバイスを提言いただき、これらを元に社内改革を進めていく」としている。
座長は国際医療福祉大学教授の川上和久氏。構成メンバーは以下7人だ。第1回目の会合では、久保氏・三浦氏を除く5人のメンバーと岡本社長が出席したという。
川上和久氏(座長) 国際医療福祉大学教授
大仲土和氏 弁護士、関西大学大学院法務研究科教授(元最高検察庁総務部長)
久保博氏 株式会社読売巨人軍 顧問(前同社会長・元社長)
島根悟氏 一般財団法人 日本サイバー犯罪対策センター 理事(元警視庁副総監)
町田徹氏 経済ジャーナリスト(ゆうちょ銀行社外取締役、ノンフィクション作家)
三浦瑠麗氏 国際政治学者(山猫総合研究所代表)
山田秀雄氏 弁護士(元日本弁護士連合会副会長、元第二東京弁護士会会長)
第1回経営アドバイザリー委員会で話し合われたこと
川上氏によると、この日の委員会では、①反社会勢力への対抗措置のほか、②タレントとの契約・マネジメント体制について話し合ったという。
①反社会勢力への対抗措置
反社会勢力への対応について、吉本興業ではすでに約6000社の取引先の属性調査(いわゆる「反社チェック」)を行い、研修や小冊子配布などでコンプライアンスを遵守するよう所属タレントに周知していたと説明。今後はそうした取り組みを一層強化するという。
さらに、所属タレントが吉本興業を通さない「直営業」の依頼を受けた場合、同社に届け出るように義務付けていくという。
②タレントとの契約・マネジメント体制
②タレントとの契約・マネジメント体制については、6000人の所属タレント全員と契約の一種とする「共同確認書」を交わす方針という。
共同確認書には、「反社会的勢力との関係を断絶する」「営業先を適切に決定する」「守秘義務を守る」「差別・中傷を排除する」「あらゆる権利を尊重してマネジメントを行う」などの項目を明記。この共同確認書に署名することで、吉本興業の所属タレントであることを明確にするという。
その上で、個々の仕事量に応じて所属タレントと書面で「専属マネジメント契約」もしくは「専属エージェント契約」を締結していく方針であると明らかにした。
委員からは、「契約書はいざということが起きた時にタレントを守るためのものでもある。優越的地位を使うのではなく、タレントを守るかたちでの契約であってほしい」などの意見が出たという。
マネジメント契約・エージェント契約とは?
「専属マネジメント契約」は、タレントが芸能事務所に所属する際に締結する契約で、日本の芸能界では一般的な契約形態だ。
川上氏によると、専属マネジメント契約書に含まれる項目は以下の通り。
芸能活動の仕事の獲得、契約交渉の締結、報酬の分担、契約した第三者に対する芸能活動の報酬の請求・受領、芸能活動のスケジュール管理、タレント活動の方針・方向性のプロデュース立案、タレントの広報・プロモーション、芸能活動の現場への可能な限りの同行、パブリシティ権・著作権の管理、その他芸能界で慣行となっているマネジメントに関する業務
もう一つの選択肢として挙げた「専属エージェント契約」では、スケジュール調整などマネジメントに関する業務を除いた項目(芸能活動の仕事の獲得、報酬の分担、芸能活動の報酬の請求・受領など)が記載されるという。つまり、タレント個人が自らマネージャーを雇い、スケジュール管理を行うことができるようになる。
識者の見解「契約の内容に注視が必要」
第1回目の委員会で発表された「契約のあり方」をめぐる方針について、識者はどう見るか。
芸能界に詳しいライター・リサーチャーの松谷創一郎氏は、エージェント契約を取り入れる方針について、「エージェントとしてのあり方を明文化するのであれば、改革に向けて『前進した』と言える」と評価する。
「日本の芸能プロダクションはエージェントとマネジメントの役割が同一になっている場合がほとんどですが、アメリカなどのケースではエージェントとマネジメントが分離されています。
吉本は、タレントのマネジメント事業を行う会社を『よしもとクリエイティブ・エージェンシー』という社名にしていたように(2019年6月に『吉本興業』と社名変更)、エージェントとしてのあり方について昔から意識的に取り組んできた会社ですが、自分たちを『エージェンシー』だと言いながらも『ファミリーだ』などの言葉を使っており、その切り分けがうまくできていなかったというのが実態でした。
今後、川上氏を筆頭とする委員会がエージェントとしてのあり方を明文化し、エージェントとマネジメントの切り分けをするよう提言するのであれば、改革に向けて『前進した』と言えると思います」
一方で、松谷氏は、「契約書の内容が吉本興業側に有利なものではないか注視する必要がある」とも指摘する。
「契約書を締結するという理念はいいと思いますが、この運用が優越的地位の濫用にあたるような、両者のそれまでの関係を無視したような一方的な内容にならないか注視する必要があります。マネジメント契約をしてほしいと望むタレントに対し、『マネジメント契約はできない』と突きつける可能性もある。契約内容によっては、吉本から離れることを決めるタレントも出てくるかもしれません」
また、6000人全員と交わす方針という「共同確認書」についても、松谷氏は内容を注視する必要があると指摘する。
7月22日の岡本昭彦社長の会見時に、この共同確認書が読み上げられたが、確認書には「タレントの芸能活動の成果や、タレントの肖像・パブリシティなどの権利を吉本側が管理・保護する」などの内容が記載されている。
松谷氏は、「契約書を交わす前に、このような権利の帰属関係がはっきりしない確認書にサインをさせることには問題がある」と指摘。「共同確認書の内容がタレント側に不利益なものではないか注視する必要がある」とコメントした。