先日の外来診療で、担当している患者さんが断酒を3ヵ月も続けてくれていることが分かり、ちょっと気をよくしています。私は依存症を専門としていない、ただの感染症医ですが、それでもアルコール依存と向き合うことが日常診療で求められます。沖縄では、アルコール依存症を疑われる人が1割近くにのぼるとの調査もあるからです。
自分だけの力で、依存症から立ち直ることは困難です。とくに独居者にとっては、アルコールを飲まないでよい仲間ができるかどうかが、文字通り生死を分けます。たとえば断酒会は、アルコールで悩んでいる人やその家族が、自らの体験を語り合い、交流する場となっています。
ある依存症の女性は、断酒会が主催する海辺でのパーティーに参加したときの驚きを、こんな風に語っていました。
「お酒を飲まないビーチパーティーなんて、な〜んて間抜けなことをやるんだろって思ったわ。でもまあ、他に用事もないし半信半疑で行ってみたの。そしたらね、ほんとに楽しかった。びっくりした。最後まで、あんなに楽しめたビーチパーティーは初めてで。ああ、お酒がなければ、こんなに皆とおしゃべりして、ゲームをしたりできるんだなって」
それでも飲んでしまう日があります。でも、大切なことは、お酒をやめたいという気持ちなんですね。断酒会に参加する依存者たちの語りに耳を傾ければ分かること。親を裏切り、子を泣かせ、夫や妻に捨てられ、友人を次々に酒で失い、それでもまだ生きている。まだ生きていていいのか・・・。そして、また飲んでしまう・・・。
彼らは断酒会に通いながら、やめることに成功した人の話を聞き、そこに希望を見出そうとしています。一筋の光明なのです。そんな簡単には依存症から脱することはできません。失敗を繰り返しながらも、「やめたい」という気持ちを失わず、支援者との縁を切らさないことが大切なのでしょう。
感染症内科を退院することになった高齢男性。感染症が重症化した背景にアルコール依存があることは明らかでした。微生物というのは有り難いもので、依存症が進んでくると、細菌性肺炎や急性腎盂腎炎を引き起こしたりします。まるで、本人に代わってSOSを発信してくれてるかのようです。
この男性も心身が限界に来ていることを理解して、退院前に断酒の誓いを立ててくれました。断酒会の話をすると「那覇にいたときに行ったことがある」とのこと。ただ、「続けられなかった。また飲むようになってしまった」と落ち込んだ様子。
「何度でも失敗してください。いつかお酒がやめられる日が来ます。もう一度、断酒会に行ってみませんか? 最初は気が引けるだろうから、私が一緒に行ってあげましょう」と誘うと、「ぜひ行きたい。もう一度、お酒をやめられるか、頑張ってみたい」と握手を求められました。「その気持ち、忘れないでくださいね」
さて、田代まさしさんが、自宅に覚せい剤を所持しているとして逮捕されました。コカインなども含めて5回目の逮捕となります。田代さんは、近年、まじめに薬物依存症の啓発運動に携わっており、その立ち直ろうとする様子が知られていただけに、依存症から立ち直ることの難しさを改めて認識させられることでした。
でも、私は田代さんを信じたいと思います。彼が「やめたい」という気持ちさえ忘れなければ、きっと薬物から解放される日が来るでしょう。ただし、それは明日ではないし、1年後でも、10年後ですらないかもしれません。
今回、法令にもとづいた処罰は必要ですが、希望を奪いとることは避けなければなりません。支援グループである「ダルク」は、田代さんを見捨てることは決してないでしょうが、その一方で社会が厳しく彼を制裁したり、嘲笑したりするようでは、田代さんのみならず多くの依存症患者が絶望するのではないかと心配になります。
あえて私見を述べさせていただくと、これを機会に、「田代さんのことはすっかり忘れて、あとは支援者に任せる」というのが良いのかもしれません。そして、彼も焦って復帰しようとせず、社会から忘れられる時間をとった方が良いように思います。
この記事には違法薬物についての記載があります。
違法薬物の使用は犯罪である反面、薬物依存症という病気の可能性もあります。
医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気です。
現在依存症で悩む方には、警察以外での相談窓口も多く存在しています。