平成28年9月より、「イールドカーブ・コントロール(以下、YCC)」が導入された。
平成28年1月に発表されたマイナス金利政策に加え、長期(10年)金利を0%程度に調整する枠組みだ。
YCC導入後、10年超と比べ10年以下の金利変動は小さくなった。このことから、投資家の関心が10年以下から10年超へと移ったのではないかと筆者は考えた。
本稿では、10年以下における金利変化の大きさや方向性の年限間の差異は縮まった一方、10年超の金利変化はより複雑に変化したのではないかとの予想に基づき、YCC導入前後で金利変動パターンに相違があったのかどうかを分析した。
1――複雑に変化するイールドカーブと金利の連動性
イールドカーブとは、債券市場の状態を知る重要な指標であり、各年限の金利によって構成される。イールドカーブの形状は、短期金利より長期金利が高く、図表1に示すように右肩上がりとなるのが基本であり、市況に応じて変化する。
平成28年1月のマイナス金利政策の導入により、イールドカーブ全体の水準が大きく下がるとともに、長短金利差が小さくなった(図表1、(1)から(2)の変化を参照)。
また、YCC導入後、短期金利はマイナス水準を維持しつつ、長期の金利ほど大きく上昇し、結果として長短金利差は大きくなった(図表1、(2)から(3)の変化を参照)。
このように、金利水準や長短金利差の変化等、イールドカーブの形状は複雑に変化する。
年限が近い金利の変化は、その大きさや方向性で類似する傾向にある。この傾向は、イールドカーブの形状を説明する仮説-純期待仮説や市場分断仮説-を用いれば理解しやすい。
純期待仮説では、将来の短期金利に対する投資家予測がイールドカーブの形状に織り込まれているため、将来の短期金利の上昇が予想される場合は、イールドカーブが右肩上がりとなる。
また、市場分断仮説では、投資家はそれぞれ選好する投資期間を有するため、市場参加者は年限ごとに異なり、各年限の需給によって金利が決まる。
投資家の予測にしても、投資家が選好する投資期間にしても、例えば6年先のようなピンポイントではなく、短期・中期・・・といった具合に、一定の幅を持って捉える方が一般的である。
そのため、投資家の念頭にある年限区分内に属する金利は、変化の大きさや方向性が似たような動きをすると考えられる。
以下では、金利変化が類似する金利間を「連動性の高さ」で区分し、分類していく。
2――YCC導入後、金利の連動性に変化はあったのだろうか
平成28年9月のYCC導入後、10年超と比べ10年以下の金利変動は小さくなった。今後もYCCが継続される限り、10年以下の金利が概ね▲0.1%から0%の間で固定される。
ならば、10年以下の金利に対する投資家の関心は薄れ、10年超への関心が相対的に高まったと想定できる。
その場合、関心が高まる10年超の変動パターンは複雑化に伴い区分の幅が縮小する反面、10年以下の区分の幅が拡大するのではないだろうか。
本稿ではマイナス金利導入による影響も考慮し、マイナス金利導入以前から直近にかけて、年限間の連動性に変化が生じていたかどうかを確認する。
■分析方法
本稿では、類似性が高いものをグループ化する手法であるクラスタリング分析(*1)を用い、連動性の高さに応じて分類する。具体的には、マイナス金利導入1年前から直近までを以下の3期間に分け、期間ごとに分析し比較を行う。
(A)マイナス金利導入前(平成27年3月~平成27年12月(*2))
(B)マイナス金利導入後YCC導入前(平成28年2月~平成28年8月)
(C)YCC導入後(平成28年10月~平成29年8月)
使用データには、NOMURA-BPI(国債)年限別(*3)インデックスの平均複利の月次変化幅を用いた。ただし、月次変化幅を各期間の標準偏差で除した(*4)。これは、マイナス金利導入直後の金利変化が激しかった時期は他の時期と比べて変化幅のばらつきが極めて大きく、分類結果をそのまま比較することが難しいためである。
今回は分類結果と全年限の連動性の2軸で評価する。前者は、連動性の高い年限区分を示し、同区分内にある年限の金利は、ある程度のまとまりを持って変化する。後者は全年限総じて同一方向に変化する(イールドカーブがパラレルシフトする)傾向の強さを表す。
■結果
図表2で各期間の分類結果を示す(*5)。10年以下に限れば、YCC導入(期間Bから期間Cへの変化)を機に細分化され、予想とは異なる結果であった。しかし、期間Cを期間Aと比較した場合、超長期を含め、全体として大差ないといえるだろう。
さらに、全年限の連動性は、期間A・期間Cともに低く、期間Bのみ高いことがわかった(図表3参照:総情報量が小さいほど全年限の連動性が高いことを示す)。
全年限の連動性に変化が起きることは、想定していなかった結果である。分類結果、全年限の連動性、両方の観点から期間Bの金利変化が特殊だった、と考える方が自然ではないだろうか。
(*1) 考察にあたっては、グループ間平均連結法とWard法の結果を勘案し、同様の傾向が見られた。文中の表記はWard法に基づく。Ward法は、群内の点同士の距離が最小となるような年限の組み合わせから階層的に結合していく手法。グループ間平均連結法は、群に含まれる全ての点同士の距離の平均が最小となるように階層的に結合していく手法。今回は、年限同士の距離が基準となる。
(*2) 29-30年が欠損のため平成27年1・2月は除いた。
(*3) ただし、30-32年国債は欠損があるため除外。
(*4) 正規化しなかったのは、クラスタリング分析の特性上、平均値を引くことは結果に影響を与えないため、今回は割愛した。
(*5) 分類にあたっては、結合による情報ロスが全体の10%未満になるところまでとした。
3――YCCによる影響はあったのだろうか
では、YCC導入が特殊な状況を正常化させたのだろうか。残念ながら、上記の結果だけでは、それがYCCによるものなのかを判断できない。マイナス金利導入後の特殊な状況が時間の経過とともに落ち着いた結果だ、とも捉えることができるからだ。そこで、政策による影響を検証する。
方法としては、マイナス金利導入直前直後、YCC導入直前直後、それぞれ1か月分を対象に分析を行う。先ほどと異なるのは、日次変化幅を用いた点であり、基本的な手法は同じである。
(a) マイナス金利導入前の1ヶ月(平成27年12月)
(b-ア)マイナス金利導入後の1ヶ月(平成28年2月)
(b-イ)YCC導入前の1ヶ月(平成28年8月)
(c) YCC導入後の1ヶ月(平成28年10月)
結果は、図表4、5を参照いただきたい。10年以下に注目すると、マイナス金利導入直後に区分は拡大したが、その後、時間を追うごとに縮小する様子が見て取れる。
また、全年限の連動性に関しては、マイナス金利導入後には高くなる一方、YCC導入前後では大きく変化していないことがわかる。この結果から、政策の影響はそれほど大きくないとするのが妥当ではないだろうか。
以上より、マイナス金利導入はかなりのインパクトがあったが、YCC自体は金利変化の大きさや方向性の相違にあまり影響を与えなかったことが確認できた。予想に反して、金利変動パターンが変わらなかったという結果をどのように解釈すべきか筆者なりに考えた。
イールドカーブをコントロールする目的で、日銀は金利の変化に呼応する形で年限ごとの買入れ量を決めていた。このため10年以下の金利変化は小さく押さえ込まれていたが、僅かながら変化していたということになる。変化が小さかったために、金利変動パターンを見落としていただけなのではないだろうか。
なお、今回の分析では、投資家の想定が金利変化に織り込まれているか、や、日銀が金利変化にどれほど影響を与えていたのかは判断できない。今後、金利変化のより詳細な要因分析に取り組んでいきたい。
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関連レポート
(2017年11月9日「基礎研レター」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
金融研究部 研究員