Yahoo!ニュースで起こった「ダルビッシュ論争」~編集とデータ活用の現場から

データに「踊らされない」 データは"スパイス"、編集は"シェフ"

2015年4月、オンライン学習サイト「schoo(スクー)」によるYahoo!ニューススタッフの講義「Yahoo!ニュースによるnews HACK術」全5回生放送が無事終了いたしました。

 今回は、第5回目「Yahoo!ニュースの育て方 データ分析の活用術」の中で登場した、Yahoo!ニュースの「編集におけるデータ活用」について、当ブログでもご紹介したいと思います。

※この記事は2015年5月13日に配信された記事です。

編集部を支える「データ」

 Yahoo!ニュース・トピックスは、編集部が1日4000本の配信記事の中から記事をピックアップし、13文字の見出しをつけるなどの作業を経て掲出しています。Yahoo!ニュース・トピックスの編集方針などについては第2回目「何が『ニュース』なのか Yahoo!ニュースに学ぶ価値判断と『見出し力』」で説明されていますのでこの記事では割愛いたしますが、以下のブログで第2回目講座の一部をご紹介いただいておりますので、あわせてご覧ください。

編集方針は、公共の利害にかかわる重要な出来事である「公共性」と世の中の多くの人が知りたいと思っている事象「社会的関心」の2つのバランスを重要とし、7つの観点からニュースの価値を判断しているとのことでした。

7つとは、1. 速報性/時事性/今日性、2. 真実性/信頼性、3. 新奇性、4. 公益性、5. 認知度、6. 表現力、7. 品位。どんなニュースが価値があるんだろう、と思ったときに、こういったポイントで 考えてみるのは有用だと感じました(もちろん価値あるニュースだからといってすべてのポイントが含まれるというわけではないです)。

―出典:Yahoo!ニュースはどのように記事の価値を判断するのか? ソーシャル&スマホ普及がもたらす「ニュースの変容」(メディアの輪郭)

 編集部では日々、ユーザーにとって最適なトピックスを編集するための研究を続けていますが、編集者の人の目による編成や見出し作成スキルのほかに、大きな力となっているのが「データ」の存在です。

 上の画像は、掲出中のYahoo!ニュース・トピックスの数値をはかる社内専用ツールの一部(黄色の枠は「主要ニュースのトップ8本に掲出中のトピックス」を表しています)。上から順に、数値の高いトピックスが並ぶ仕組みになっており、リアルタイムで常に変動しています。左側がパソコンからのアクセス、右側がスマートフォンからのアクセス。24時間365日、常に編集メンバーがウォッチしています。

データ活用に必要な3つの"目"

 Yahoo!ニュース責任者の有吉は講座の中で、データを活用する上で重要とされる視点を3つ挙げています。

 1つ目は「虫の目」。「そのボタンやモジュールのCTRを最大化するには?」といったように、与えられた領域を最大化するための視点です。先ほどご紹介した、リアルタイムで常に変動するトピックスの数値をウォッチする、といった取り組みはこの「虫の目」にあてはまります。

 2つ目は、「鳥の目」。サイト全体を見渡して、効果を最大化するための視点です。サイトの規模が大きく、多くの要素の相関性が複雑であればあるほど重要となってきます。1つ目にあげた「虫の目」にかたよりすぎてしまうと、部分最適に陥ってしまうリスクが生じます。これを一歩引いた目、つまり「鳥の目」を取り入れることでカバーしよう、という狙いです。編集部では、リアルタイムで蓄積した数値を以下のようにグラフ化するなどし、日々振り返りを行っています。

3つ目は、「魚の目」。ユーザー環境や市場環境の変化を敏感に感じ取るために必要な視点です。「潮の流れを読みながら泳ぐ」ことに例えて、これを「魚の目」と呼んでいます。インターネットの世界は変化の著しい世界のため、「虫の目」と「鳥の目」だけに頼ってしまうと、ユーザー環境の変化にサービスがついていけず、「効果が長続きしない」「自社最適に陥ってしまう」といったリスクが生じます。

 魚でいう潮の流れの変化、つまりインターネットの世界でのトレンドの変化は必ずデータに現れてきます。そのため、上記でご紹介したリアルタイムでの数値ウォッチや日々のデータの振り返りを行う際には、同時にユーザーや市場のトレンドの変化を敏感に読み取ることも重要となってきます。

編集部内で起こった「ダル論争」

 ここから先は、編集部が作成しているトピックスの見出しのライブテストの一例をご紹介します。トピックスの見出しも、単純に「13文字以内ならOK」というわけにはいきません。見出しの中身や表現、文言ひとつひとつについても、データをもとに日々研究を行っています。

 ことしの3月5日、テキサス・レンジャーズ所属のダルビッシュ投手がオープン戦に登板するも右腕の張りを訴え、わずか12球で降板したというニュースがありました(その後の精密検査の結果、じん帯の部分断裂が判明して手術を実施)。野球ファンのみならず、日本中のユーザーから注目を集めるダルビッシュ投手の負傷を示唆する出来事ということで、編集部でもこのニュースを重く受けとめ、トピックスに掲載しました。その際、以下の3つの見出し候補を考えました。

 この3つをライブテストにかけてみたところ、以下のような結果となりました。

 3つの見出しの中では、「ダルビッシュ わずか12球降板」という見出しが、最もクリックされた割合が高いという結果に。一番数値が低かったのが、「ダル腕に張り わずか12球降板」という見出しでした。なぜ、このような結果になったのでしょうか。

「ダルビッシュ」か「ダル」か

(ロイター/アフロ)

 まず議論になったのが、ダルビッシュ投手の呼称についてです。「ダルビッシュ」の文字数をカウントすると全角で計6文字。13文字という限られた文字数の半数近くを占めてしまうと、そのほかの要素を見出しに盛り込むことが難しくなってしまいます。そのため、ダルビッシュ投手に限らず、カタカナ表記の外国人など文字数の長い人名などは「ダル」などと略して表記するケースがあります。(例:クリスティアーノ・ロナウド C・ロナ)。

 編集部ではダルビッシュ投手のニュースについて、これまでにも「ダルビッシュ」ではなく「ダル」と略し、その分生じた余白の文字数にほかのニュース要素をできる限り盛り込む、という手法を取るケースがありました。今回も、「ダル/降板」と見出しの中に盛り込まれていたならば、スポーツニュースに興味のある人は「ダルビッシュ投手」を連想するだろう、というユーザーの脳内の「想起」を見込んで作成候補としてあげたのが「ダル腕に張り わずか12球降板」という見出しでした。

 フタをあけてみると、この見出しはほかの2つの見出しに比べて数値が一番低いという結果になり、多くの編集部員からは「これからは"ダル"の使用を禁止すべきではないか」との意見がでました。

 一方、「"ダル"使用禁止」論が沸き起こる中、「ダルビッシュかダルか、という問題よりも、他の部分で数値を分けたのでは」という声もあがりました。なぜ、「ダルビッシュ わずか12球降板」の数値が高かったのか、あらためて議論したところ、編集部では以下のような意見が出ました。

  • ダル腕に張り わずか12球降板」......ユーザーが"ダル腕"というひとつの言葉として認識してしまい、わかりにくい表現になってしまったため、何のニュースなのかが一目で伝わらなかったのではないか。

    結果的にユーザーに興味を持ってもらえなかった(数値の低さにも現れた)

  • ダルビッシュOP戦 12球降板」......「OP戦=オープン戦」と認識しにくく、脳内で変換するのに時間がかかってしまったのではないか。

    もう一つの「ダルビッシュ」表記の見出しよりも数値が低かった

  • ダルビッシュ わずか12球降板」......ほかの2つの見出しに比べてすんなりとユーザーの頭に入りやすかったのではないか。

    ほかの2つの見出しに比べて数値が高かった

 このような意見が出たことで、「"ダルビッシュ"表記だけが数値が上がった要因とは言い切れない」ということに。「ダルかダルビッシュか論争」に決着はつかず、現在も継続して最適な見出しを研究しています。

 それぞれの見出しの違いは、一見、ほんのわずかな違いに見えるかもしれません。ですが、ほんのわずかな違いでもユーザーの反応は変わってくる、ということがデータを通じて見えてきます。今回例として取り上げたダルビッシュ投手のようなニュースのほか、政治や経済、国際紛争など、「重要だけどわかりにくい、見出しで表現することが難しい」ニュースほど、より多くの人にわかりやすく届けるための工夫が必要となってきます。

 重要なニュースを、13文字という制限された環境の中でより多くの人にわかりやすく届けたい――。編集部ではこのような思いのもと、ライブテストなどを通じ、日々試行錯誤しながら見出しを作成しています。

データに「踊らされない」~データは"スパイス"、編集は"シェフ"

 ここまで、見出しのライブテストの一例をあげましたが、Yahoo!ニュースが編集とデータの関係で大事にしているポイントは「データから学ぶ」ことと、「データに踊らされない」ことと考えています。

 データはあくまでもユーザーに最適なニュース・見出しをお伝えするための議論の材料であり、料理にたとえて編集者を「シェフ」とすると、データは「スパイス」のようなもの。また、国民の生命財産に関わるような重要ニュースを伝える曲面では、編集者の経験や知識に基づく瞬時の判断が活きるケースもありますし、大災害などが起こった際に「アクセスが取れないネタは掲出しない」わけにはいきません。

 Yahoo!ニュース・トピックスに掲載する記事を選んだり、見出しをつけるのは編集者という人間ですが、その人間がもつ知見と、データをうまくかけあわせることで、よりよい伝え方、届け方を生み出すサイクルを構築することが重要だと考えています。

 前回の記事でも編集とエンジニアが組んでサービスを作った例をご紹介しましたが、Yahoo!ニュースでは今後も、さまざまな角度からユーザーに最適なニュースをお届けするための研究を続けていきます。

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