「自分のこれからに希望を持てない」
さまざまな事情を抱える定時制や通信制の高校生たちのリアルな本音だ。NPO法人D×P(Dream times Possibility、通称:ディー・ピー)は、そういった生きづらさに悩む高校生を中心にサポート支援を行っている。
その原点は、理事長の今井紀明さんが18歳のときに、「自己責任論」に追い詰められた経験だったという。
■対人恐怖症にまで陥った体験が原点に
今井さんは2004年、子どもたちの医療支援のために当時紛争地域だったイラクへ渡航し、現地で武装勢力に拘束された。今井さんを含め、3邦人が拘束された「イラク人質事件」だ。
解放され、帰国すると、「自己責任」という言葉のもと、社会から強烈なバッシングを受けた。「頼むから死んでくれ」などと罵倒の電話や手紙が届き、一時は対人恐怖症にまで陥ったという。
「誰も自分を理解してくれない」
今井さんはそんな孤独感を深めていたが、大学時代の恩師や友人など周囲と関わることで、自分の未来に希望を取り戻すことができた。
人が人を支える力が、未来に絶望する十代を救う。まさに、自分自身の体験から、そのサポートの重要性を強く感じるようになった。
■ザンビアで感じた「絆」が生む「未来への希望」の大切さ
今井さんは、大学卒業後、商社勤務を経て、海外支援の活動に参加。そのとき滞在したザンビアでの経験が、日本の子どもたちの現状に思いを馳せるきっかけになった。
今井さんはこう語る。
「ザンビアは世界でも貧しい国ですが、家族の繋がりがとても強く、お互いを支え合う人間関係がある。だから、みんなすごく幸福そうで、子どもたちはキラキラして自分の未来を語ってくれます。
一方で、日本は経済的な閉塞感や自己責任論が幅をきかせる中、子どもたちが“生きづらさ”を感じて、夢や希望を失っています。
貧困、孤立、いじめ、複雑な家庭環境など、彼らを取り巻く問題から自分の力だけで抜け出すことはとてもむずかしい状況です。しかし、親も教師もいっぱいいっぱいで、そんな子どもたちを支える余裕がありません」
日本の子どもたちは、かなりまずい状況にある──。
そんな危機感から、帰国後は学校現場と連携して引きこもり支援を精力的にスタート。生活保護で暮らす中学生、トランスジェンダーに悩む子など、さまざまな子どもたちと年間300人も接触。通信制の教師など、学校現場ともコミュニケーションを深めていった。
そんな中で、通信制高校生の2人に1人は進学も就職もしない(2012年当時)という現実を知り、「生きづらさを抱えた高校生を支援しよう」とD×Pの設立を決意する。
「特に義務教育終了後の15~19歳は、社会的なサポートから抜け落ちているんです。そういう子たちほど、NPOなどがセーフティーネットとなって支援していかなくてはいけない」(今井さん)
■社会への不信から働く意欲をなくす子どもたち
D×Pでは定時制・通信制高校生向けに多様な大人との関わりを持つための授業「クレッシェンド」、学校や地域に安心できる居場所をつくる「いちごかふぇ」、卒業後、自分らしく働く機会を見つけるための「ライブエンジン」など、さまざまなプログラムを展開している。
「特に、卒業後の進路が決まらない高校生にとって、社会とつながり働く機会はとても重要。彼らが働くチャンスを得られるように、さまざまなサポートを進めています」(今井さん)
しかし、実は、就職する上で大きなハードルになるのが、高校生本人の「そもそも働きたくない」という意識だという。社会不信から将来に絶望する彼らにとって、働くことによる「自己実現」は、遠い響きでしかない。
「そういう子どもたちをエンパワーメントしていくことが、D×Pの役割です。子どもたちと学校、企業、さまざまな大人たちとつながりをつくり、丁寧に彼らの心を開いてニーズを引き出していく。プログラミングのキャンプや企業のインターンなどを経験することで、人生をあきらめていた子たちが、自分からどんどん動くようになっていきます」(今井さん)
■日本を変えるNPOとして村上財団が支援
そんなD×Pを支援しているのが、村上財団だ。投資家の村上世彰氏が2007年に寄付を行うきっかけと仕組みづくりを目的に、NPO法人チャリティ・プラットフォームを設立。クラウドファンディングなどの普及に伴い、次のステップとして、欧米では一般的なファミリー財団を新たに設立し、NPO支援に乗り出している。
「働く女性として、母として、日本の未来がより輝くものになるサポートがしたい」と語る村上財団・代表理事の村上絢さんは、「このNPOなら世の中を変えてくれると強く共感できた団体に寄付をしています。いろいろな団体がすばらしい活動をしていますが、一番大事になってくるのは、その団体の方々の熱意。どれだけ本気でコミットして、どれだけの人を救い、どれだけの社会貢献を実現していくのか。そして、その社会貢献がどう日本を変えていくのかを、それぞれの団体と深く関わらせていただきながら見極め、支援していきます」と、財団としての思いを語る。
■寄り添い続けることで、子どもたちの未来を変える
D×Pと村上財団との出会いは1年ほど前。
「NPOに寄付する際に、数字はひとつのファクターですが、そういう論理的なことだけでは解決できない問題もたくさんあります。さまざまな課題に直面している人たちに、いかに寄り添ってボトムアップしていくか。今井さんとお付き合いしていく中で、その姿勢の重要性をひしひしと感じています」
村上さんが、東北で開催された25歳以下の貧困家庭の学生向けのコンテストに協力したときに感じたことがある。
「チャンスのない子たちは、やる気があってトレーニングすれば能力も発揮できるはずなのに、最初の段階でコンテストがあることすら知らないんです。そして、能力を伸ばすトレーニングの機会にも恵まれない。つまり、チャンスがある子とない子の二極化がどんどん開いている。
でも、そういうチャンスに恵まれていない子たちが、今井さんと出会ってどんどん前向きに変化している姿をFacebookで知りました。今井さんたちの活動の素晴らしさを実感しましたね」(村上さん)
「(村上)絢さんは、いろいろなNPOを見ていて視点が広いですよね。僕は数字を積み重ねるより、勢いで行動するタイプですが、そんな僕らを応援して見守ってくれている。それは素直にうれしいですね」(今井さん)
■大切なのは、決して否定しないこと
生きづらさを抱えた子どもたちに寄り添う。それは、言葉でいうほど簡単なことではない。村上さんは「若い子たちが受け入れやすいツールとして、さまざまなSNSを駆使しているところが、D×Pらしいところ。既存のNPOでは、なかなかそういうやり方ができずに、子どもたちの心の中にうまくはいりこめていないように感じます」と、分析する。
現在、D×Pのボランティアは400名ほど。子どもたちに接する上で、最も大切にしているのは、「決して否定しないこと」だ。
「どんな子でも彼らの気持ちに寄り添うこと。否定せずに話を聞き続けることで、少しずつ心を開いてもらおうと思っています」(今井さん)
■海外での体験が、未来の人生への糧に
そんなD×Pが現在、クラウドファンディングで支援を募っているのが、世界を巡る船旅に高校生を派遣するプロジェクト「ワールドチャレンジ募金」だ。言葉も通じない、見たこともない場所で、新しい体験を重ねることが、生きづらさに悩む高校生に大きな刺激を与えている。
「オンラインで相談にのっていた、引きこもり歴2年以上の子が、自分から海外クルーズに挑戦して、帰国後、学校に通い始めた例もあります。スタッフにも不登校経験者が多く、安心してチャレンジしやすいのも大きい。これまで30名の高校生を海外に送り出してきましたが、目標は100名まで増やすことです」と今井さん。
村上さんも「体験こそが人生の糧となります。それも海外という日本とは全然違う環境で得られる体験は、子どもたちに大きな力を与えてくれるはず。何かをやろうとする、そのきっかけの一歩になるという点で、このプロジェクトの意義は大きいですね」と力強く賛同する。
なんらかのセーフティーネットが必要と言われる10代は10万人とも、30万人とも言われている。
「オンラインでのつながりをどんどん増やして、かかわる子を1万人までふやしていきたい。対象も13歳まで広げていくつもりです。学校や行政がアプローチできない子たちを支援していくことで、ひとりひとりの若者が未来に希望を持てる社会をつくっていきたいですね」(今井さん)
D×Pのクラウドファンディングでは、11月25日まで支援を募っている。詳細はこちらから。
(取材・執筆=工藤千秋)