ワールドマスターズゲームズ(WMG)大会4日目、AUT Millenniumでは、ウエイトリフティングの決勝が行われた。男子50ー54歳の部、69キロ級には、1980年に行われたモスクワオリンピック77キロ級の金メダリスト、Asen Zlatev(ブルガリア)が登場した。
モスクワ五輪77キロ級の金メダリスト、Asen Zlatev。
ウエイトリフティングは、「スナッチ」と「クリーン&ジャーク」という2種目で争われる。各3回の試技を行い、それぞれの最高重量の合計で順位が決まる。
Zlatevは、現役さながらの引き締まった体で現れ、最初に行われたスナッチでは3回の試技を一度も失敗することなく完遂(71キロ、76キロ、78キロ)。往年の金メダリストらしい、安定感を見せた。
このZlatevに迫る重量を挙げていたのが、日本の武井澄男(55)だ。
Zlatevに迫る勢いで注目された、武井澄男。
武井はスナッチの2回目で75キロを挙げ、3回目の試技でZlatevと同じ78キロに挑戦した。惜しくもクリアはならず、後半のクリーン&ジャークでの逆転に期待が寄せられた。
クリーン&ジャークでは、まず先にZlatevが1回目で90キロに成功。追う武井も同じく90キロを挙げた。力強く緊張感のある試技を見せるZlatevと武井。両者は、一歩も譲らなかった。
しかし、武井は90キロの成功では逆転できない。Zlatevは2回目に95キロの重量を予定していたため、武井は2回目の試技で95キロにチャレンジした。懸命に力を振り絞ったが、失敗。武井は天を仰いだ。残るチャンスは1度。武井は自分を信じた。
3回目の試技。武井がバーベルを手にした瞬間、観衆が息をのむのがわかった。まずは、肩のラインまでバーベルを挙げ、静止させなくてはならない(クリーン)。武井が、グッと力を込めてバーベルを肩のラインまで挙げると、会場のあちらこちらから「頑張れ!」「Nice!」「いけ!」と、声援と拍手が沸き起こった。次の瞬間、武井は全身のバネを使って、一気に頭上までバーベルを押し上げた。
力を振り絞る武井。
一気にバーベルを挙げきった。
「Good Lift」
審判のアナウンスが流れると、武井は「やった!」という表情でグッと拳を握りしめ、笑顔で観客の歓声に応えた。武井の記録は170キロ(スナッチ75キロ、クリーン&ジャーク95キロ)。あとはZlatevの試技を待つだけだ。
Zlatevは金メダリストのプライドに掛けて、勝負に臨んだ。クリーン&ジャーク2回目の挑戦は95キロ。会場が見守る中、Zlatevはバーベルを挙げた。
しかし、審判の判定は「No Lift」。肩のラインで静止させた後、頭上に挙げるジャークの過程で肘が曲がってしまい、失格と判定されてしまったのだ。判定を聞き、クールなZlatevが一瞬肩を落としたように見えたが、すぐに切り替え、3回目の試技に臨んだ。ここでも同じく挑戦は95キロ。これを挙げなければ、武井に優勝を奪われてしまう。Zlatevは集中し直し、一気にバーベルを挙げた。
「No Lift」
無情にも、ふたたび審判の判定は失格。2回目の試技と同じ理由だった。この瞬間、武井の優勝が決まった。
「感無量です」
試合前は、まさか勝てると思っていなかった五輪金メダリストに競り勝った武井は、笑みを交えてそう語った。
金メダリストに競り勝ち、優勝した武井。慶應義塾大学、ウエイトリフティング部の出身だ。
「ブルガリアやロシアは、ウエイトリフティングの強豪国なんです。そのブルガリアの、しかも金メダリストに勝つことができて、本当に嬉しい。ブルガリアの選手団のみなさんに『チャンピオンに勝ったお前が、チャンピオンだ』と言ってもらいました」
ウエイトリフティングを大学から始めたという武井。自他共に認める「ウエイトリフティングおたく」が、往年のチャンピオンを破って世界の頂点に立ったーー。それは、ワールドマスターズゲームズの魅力が遺憾なく発揮された瞬間だった。
銀メダリスト、銅メダリストの手を取り、会場の歓声に応える武井。「ウエイトリフティングおたく」が、五輪金メダリストを破り、頂点を極めた。
参考:「ワールドマスターズゲームズ(WMG)」とは
国際マスターズゲームズ協会が主宰する(IMGA)、生涯スポーツにおける世界最高峰の国際総合競技大会。オリンピック・パラリンピック同様、4年に一回開催されており、原則30歳以上のスポーツ愛好者であれば、誰もが参加できる。第一回大会はロサンゼルスオリンピックの翌年、1985年にカナダのトロントで行われた。
第9回大会となる2017年は、ニュージーランド・オークランドで開催中(4月21日から30日まで)。オークランド大会では、28競技45種目が行われる予定で、およそ100カ国から約2万6千人が参加する。
2021年の第10回大会は、アジア初となる関西で開かれる。
(文/伊澤佑美、写真/James Yang)