スコットランドに住むジョー・キャメロンさんは、71年間の人生でほとんど痛みを感じたことがない。痛みだけではない。不安や恐怖も感じずに生きてきた。
しかも、キャメロンさんがそのことに気がついたのは65歳の時だった。
このキャメロンさんの特別な体質が今、多くの人を痛みから救うための鍵となるかもしれないと注目を集めている。
■ 痛みや苦しみを感じなくていい人生
キャメロンさんは、怪我をしたり火傷をしたりしても痛みをほとんど感じないという。時々、キッチンストーブに寄りかかって火傷をしていると、痛みではなく匂いで気が付く、と3月28日付のガーディアン紙に話した。
「私はベジタリアンです。だから匂いはすぐにわかります。他に、家の中で肉が焼けるような匂いがすることはありませんから」
怪我をしてもすぐに治る。性格は前向きで、不安もほとんど感じず、交通事故などで危険な状況でもパニックになったことはない。子供を出産した時もほとんど痛みは感じなかった。
同時に、単語や鍵の置き場所をすぐに忘れるなど、物忘れも多いという。
「振り返ってみると、これまで痛み止めを必要としたことがありません。だけど必要としないものに対して、なぜだろうと疑問に思うことはありません」
「誰かに指摘されるまで、それが普通だと思うものです。私はいつも幸せな性格でした。それがほかの人と違うと思っていませんでした」とBBCに語る。
■ 医師を驚かせた、特別な体質
65歳の時、キャメロンさんはお尻に違和感を感じて病院に行った。お尻に力が入らず、うまく歩けなかったとガーディアン紙は伝える。
痛みを訴えなかったので、病院は何も問題ないと彼女を家に返した。何度目の来院でレントゲンを撮影した結果、お尻の関節がひどく悪化していることがわかった。
さらにその時、手の変形性関節炎も発覚し、66歳の時に手術を受けた。
変形性関節炎の手術は通常大きな痛みを伴う。しかしキャメロンさんは手術後にほとんど痛みを感じていなかった。そのことは医師たちを驚かせた。
彼らはキャメロンさんをユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)とオックスフォード大学の専門家たちに紹介し、なぜ彼女が痛みを感じないのか調べてもらうことにした。
■ 今まで知られていなかった遺伝子変異
研究者たちがキャメロンさんを調べた結果が、3月28日に学術誌「British Journal of Anaesthesia」に掲載された。
キャメロンさんの遺伝分析をした結果、研究者たちはそれまで知られていなかった2つの遺伝子の変異を見つけた。
この2つの変異が一緒になって、キャメロンさんは痛みや不安をほとんど感じず、傷の治癒も早かったという。幸福度の高さや忘れっぽさも、この変異に関係していた。
研究者の一人、UCLのジェームス・コックス博士はこう話す。
「痛みや不安との関係が知られていた遺伝子の活動を減少させる遺伝子型を持っていることを、発見しました」
「今回発見した遺伝子がどういう働きをするかを、我々は解明しつつあります。新しい治療のためにさらなる研究を続けたい」
■ 痛みの緩和に繋がる希望となるか
キャメロンさん自身は、痛みや不安を感じないのは危険であるとも考えている。
「何かがおかしい時に、おかしいと気がつくサインがあるのは良いことです。私は自分のお尻の関節がかなり悪化して歩けなくなるまで、気がつきませんでした」とBBCに語る。
<「自分の身を守るメカニズムがないというマイナス面もある」とBBCのインタビューで話すキャメロンさん(英語)>
同時に、自分の特別な体質に対する言い訳ができたと喜ぶ。
「いつも幸せそうにしていたり、物忘れが多かったりすると、ほかの人たちをイライラさせることがありました。今は言い訳ができました」
研究者たちは、今回の発見が、痛み緩和の手がかりになるかもしれないと期待を寄せている。コックス博士はこう語る。
「さらに研究を重ねて、手術後の痛みや不安、慢性的な痛み、PTSD、傷の治療などの臨床研究に貢献したい」
研究者の一人で、麻酔が専門のデヴィジッド・シュリーヴァスタヴァ博士も新しい痛み止めのヒントになるのではと考えている。
「今回の発見は、術後の痛みを和らげたり、傷の治癒を早めたりする、革新的な痛み止めの方向性を示唆しています」
「毎年、世界で手術を経験している3億3000万人の患者の助けとなって欲しいです」