難民のケアと家族再生のコメディ―ドイツで400万人が見た映画、「はじめてのおもてなし」を見た

すれ違う家族が難民との出会いを通して再生する物語。
©2016 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG / SENTANA FILMPRODUKTION GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH

難民の受け入れに揺れるドイツ。ナイジェリアの青年を迎えた家族を描くドイツ映画「はじめてのおもてなし」が、13日からシネスイッチ銀座ほか全国で順次公開される。深刻な社会問題のノンフィクションではない。コメディであり、ゆがみを抱えすれ違う家族が難民との出会いを通して再生する物語だ。

●トラウマや多様性、重くならず

昨秋、「国連UNHCR難民映画祭2017」のオープニングで「はじめてのおもてなし」を見た。

私はその前にドイツを訪れ、イラクやシリア、ソマリアからの難民を紹介されて話を聞いていた(関連記事「『ドイツに残りたい』イラクから逃れた16歳少女が描いた涙」「シリア人の27歳母は、臨月のまま3人の子を連れて難民ボートに乗った」)。言葉の問題もあり、限られた時間での交流。「難民はかわいそうだから、受け入れるべきだ」という単純な話ではまとめられない。どうやって肉声を伝えるか悩んだ。

日本で、難民の支援にあたる団体に取材し、専門家の報告書を読んで模索した。そんな中、この映画に出会った。

ドイツに逃れてきたナイジェリア出身の青年・ディアロを、裕福だけれど鬱憤を抱えた家族が迎え入れる。

母は、教師を退職後に生きがいを求める。父は老いを恐れ、現役にこだわる医師。長男は、仕事依存のシングルファザー。長女は30歳過ぎても学生で、理想の出会いを夢見る自分がイタいと知っている。難民の青年と生活するうち、トラブルが起きたり、家族の問題が浮かび上がったり。最後にはテロの疑惑をかけられ、父が倒れて...。

物語はフィクションだが、ディアロがドイツに逃れてきた経緯が、実際に取材した人たちと共通していた。

イスラム過激派に襲われて家族を亡くしたトラウマに苦しみ、価値観の違いに戸惑う場面もある。でもよく練られたコメディで深刻にならない。会場から何度も笑い声が上がった。

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©2016 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG / SENTANA FILMPRODUKTION GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH

●難民の子どもがどう生きるか長い問題に

上映の後、「国境なき医師団」と難民キャンプを訪ねるいとうせいこうさん、イラン出身のサヘルさんのトークがあった。「下を向きがちな問題を、コメディにして伝えたのは大きい」(いとうさん)、「難民に寄り添っているこの映画を通して、1人でも気づきになったら」(サヘルさん)と語った。

また、いとうさんから「難民に子どもがたくさんいるので、長い問題になる。邪けんにされた思いがある子が、20年後にどうなるか。邪けんにしない世界にするにはどうしたらいいか考えたい」と指摘があり、同感だった。

私は取材の際、徒歩や難民ボートで命をかけて逃れた子どもたちが、ドイツ語を覚えて順応しようとする姿に希望を感じた。一方で「無理しているのではないか」と心配もあったし、「先のことはわからない」という青年の不安も理解できた。

記事で紹介した難民には、寄り添ってくれるドイツ人ボランティアや語学学校との出会いがあった。「安全な場所に逃れたらOK」ではなく、その先の生活サポートや、過酷な状況で受けたトラウマのケアも必要ということを伝えようと決めた。

●ドイツの子と交流、サポート

難民のケアに取り組む団体もある。世界50か国以上で子どもたちの支援をする「プラン・インターナショナル」は、ドイツで難民キャンプの子どもたちをサポート。公益財団法人「プラン・インターナショナル・ジャパン」の事務局長・佐藤活朗さんは2016年、ドイツ北部の都市・ハンブルクのキャンプを訪ねた。

近年、中東やアフリカの情勢悪化で難民が増えた。他国で拒まれた難民を受け入れるとメルケル首相が宣言し、2015年から100万人以上がドイツへ。人口に応じて州ごとに割り振り、ハンブルクには5万人が入ったという。およそ100の難民キャンプのうちプランは3か所の運営に関わり、子どものケアを担当した。事前に、大人や子どもに聞き取りをしてニーズを分析、論理的に支援を考えた。

「ドイツはトルコの移民を時間をかけて受け入れた歴史はあるものの、そのころとは全く違う。緊急で学校も準備できず、様々な国の出身です。戦火を逃れた人もいれば経済難民もいて、審査が難航。キャンプに長くいるケースもありました」(佐藤さん)

佐藤さんは、キャンプの中学生10人ほどと交流した。「子どもたちの部屋を設けて壁に教材を貼り、おもちゃを置いていました。出歩くあてもないので、中学生がグループを作って小さい子の世話をしました。役に立っているという思いが力になるのでしょう」

プランは、ドイツの同世代の子と交流できるようにした。「災害の被災地でも取り入れる手法で、子どもたちにカメラを渡して気持ちを表現してもらいました。フェンスにしがみつくように絡まっているつたを撮って、『これが私』という子もいましたね」。写真に地元の子がコメントし、展示会をしたという。

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●イラクで平和教育、心のケアも

認定NPO法人「日本国際ボランティアセンター」は、イラク北部の都市・キルクークで2009年から現地の団体と協力して、子ども向けの平和教育をする。様々な宗派・民族の対立があり、近年はISの影響で、ドイツなど海外を目指す人のほか国内避難民も増えた。昨年末には現地のメンバーが来日して、イラっとした時の対応をみんなで考える非暴力ワークの手法を伝えた。

イラク担当の池田未樹さんは「難民といっても、所得によってどこに逃げられるか差があり、逃げた後の生活も大変。子どもは自分からは話せませんが、目の前で家族が亡くなるのを見るなど精神的な傷跡が残っています」。

池田さんは東日本大震災の被災地にも足を運ぶ。「難民は遠い国の問題ではありません。被災地と同じで、精神的な問題は時間がたつほど大きくなるのではないでしょうか。イラクでは専門家の支援も始まり、これからも心のケアに力を入れたいです」

●難民問題が起こる前に構想

映画は、こうした難民の問題を考えるきっかけになる。土台は家族の物語として構想されたという。ドイツ生まれのサイモン・バーホーベン監督は、メルケル首相が難民の受け入れを決める前から着手していた。

公式インタビューによれば、外国人が登場すると家族のキャラクターがはっきりし、異文化の衝突を通して豊かなコメディになると思い、難民というテーマを盛り込むことに。監督は調査を始め、資料を読み、難民の施設を訪ねた。

ドイツが進める多様な人たちの「統合」政策や、ドイツにもともとあった「歓迎する文化」がどうなのかを知った。「支援者は、メルケル首相のスローガンでもある『私たちはやれる』とは言わなかった。『私たちは、その日暮らしで生きている』と頑張っている彼らに心を動かされました」(監督)

●混乱のドイツ国内で反響

監督が「この映画は、もっと多くの難民を受け入れようというメッセージではありません。ドイツへ逃げてくる難民のすべてがディアロのように受け入れられるわけではない。溶け込めない難民も多い」というように、様々な意見が紹介されている。

実際、人道的な側面から受け入れたが、難民にかかわる事件が増えサポートする側も悩みが出てきた。ドイツ語を学ぶ機会があっても、仕事を見つけて定着するには課題が多い。そんな混乱の2016年に製作の映画は反響を呼び、国内で400万人が見たそうだ。ドイツ・アカデミー賞の観客賞にも選ばれた。

●愚かで人間らしい現代人像

昨年末、試写会にも足を運んだ。改めて見ると、ドイツの人気俳優を揃えたエンターテイメントとして楽しめた。特に、「ドイツっぽさ」や現代人像がおもしろい。

「夫婦も独立した個々の人間」「宗教や人種、性的な多様性を認める国」と説かれるが、自立しているようで息苦しさにつながりかねない。人のために活動するのは素晴らしいけれど過剰に見えてしまう女性や、違う者を激しく排除する隣人も登場し、リアリティにあふれていた。

この映画の母は、気分を紛らわすためいつもワインを手にしている。おもてなしには大きなケーキを焼く。質素な食事、甘いワインのイメージがあるドイツだけれど、ケーキや辛口のワインがおいしいんだよねと、にやり。子どもたちが歌うヒップホップ、クラシックなど劇中の音楽も幅広く、それもドイツの魅力と言える。

「人生100年時代」の日本でも、子育てや仕事を終えて生きがいを求め、家族との関係に悩む女性は少なくない。他の登場人物も現代のゆがみを反映し、迷走する。スマホを手放せないワーカホリック。寂しくてプチ非行に走る子。モテようとフェイスブックやクラブ通いを始める「老人」。自分探しを続ける30代...。

私も、気がつけば45歳にもなって自分探しをしている。愚かだけれど、人間らしいキャラクターは他人事ではなかった。生き方を変えていく過程を、お手本にしたい。

なかのかおり ジャーナリスト Twitter@kaoritanuki

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