「学校はこの大切なことを教えてくれない(Schools Aren't Teaching this Crucial Life Skill)」
そういうタイトルのコラムをみかけたら、あなたは、その「この大切なこと」ってなんだと思うだろうか?
そのコラムはいつも読ませて頂いているGeofferey Jamesさんの最新記事で、いったい何の話だろうと興味深く読んだ。
それは、「売ること」だ、とGeoffreyさんは書いている。
売ることは世界共通のビジネススキルである。あまり言われないが、売る能力はすべての仕事において成功するために必須のものになっている。(中略)
たとえば、ジャーナリズムを例にとろう。9か月の間に、何千という人がジャーナリズムの学位を取るが、その間に一時間といえどもどうやって売るかということに時間をさかない。
それは馬鹿げている。なぜなら、現代のジャーナリズムの仕事のほとんどはフリーランスによってなされるもので、それには「売る」という仕事が必ず含まれている。そういった伝統的な出版関係の仕事であっても、その仕事になかに、自分のつくったものの価値を「売る」ことが含まれているのである。
エンジニアであっても、法律家であっても、アーティストであっても、その状況は変わらないとGeoffreyさんはいう。
この記事を読んで、真っ先にドマケンさんの先日のブログを思い出した。
学生時代はレコードを利用した「簡易カラオケマシン」。
「レコードの歌手の声だけ消せないかな?」と友人に言ったら、「簡単だよ」と言って簡易カラオケマシンを作ってくれた。
歌手の声が中央から聞こえることから この中央の音だけ消したのだという。友人と楽しく何曲も歌った。
この時ビジネスに興味をもっていたらカラオケ店を作っていたかもしれない。
私は孫正義さんと同年だ。
コンピュータの学校にいたので環境としては悪くはない。
でも私の周囲には商売をしている友人がいなかった。
周りにビジネスを考える人がいたら、私の性格からいって人生はもっと変わっていたハズだ。
たしかに、ドマケンさんがその時に「売る」ことを知っていたら、ドマケンさんの人生は大きく変わっていたに違いない。
ドマケンさんは、「周囲に商売をしている友人がいれば」とおっしゃっているが、そこを「学校で教えてくれたなら」と言い換えても同じことが言えると思うのだ。
Geoffreyさんは、それをハイスクールのカリキュラムに入れるべきであるとおっしゃっている。
たとえば、「日本には起業が少ない、起業に関する授業を高校のカリキュラムに入れるべきだ!」と言ったら、おそらく、日本では理解されないだろう。
日本をカネの亡者ばかりにするつもりか!という反論が今にも聞こえてきそうだ。
だけど、Geoffreyさんの論法に従って、このように考えると、また、その考えは違って見えるのはたしかである。
つまり、
かつてのように、「つくる人」と「売る人」は分離されていない。
現代ではすべての仕事において、あるいは生きていくことにおいて、「売ること」は必須のスキルである。
また、「売る」ということは、誰かの役に立って、その対価をいただくためのスキルであって、卑賤なものではない。
だから、若いうちに、生き抜いていくために、「売る」ことを教えるのだ。
僕は、いたく納得した。
「高校で、売ることを教えよう」
あなたは、そう言われたら、どう感じるだろうか?
PS タイトルを「学校はもっとも大切なことを教えてくれない」としておりましたが、原文に忠実に「学校はこの大切なことを教えてくれない」と変更しました。
photo by Michael 1952
(2015年8月29日「ICHIROYAのブログ」より転載)