捕鯨って何が問題なの? 日本は世界の「目」とどう向きあうべきか。

捕鯨をめぐる問題は、何が論点になっていて、なぜここまでナショナリズムを刺激するのか。産経新聞社会部編集委員の佐々木正明さんが語った。
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John Stillwell - PA Images via Getty Images

IWC(国際捕鯨委員会)から日本が脱退し、今年7月に商業捕鯨を再開する。1988年以来、31年ぶりのことだ。欧米などの反捕鯨国からは大きな反発があり、反日的なデモも各地で起きた。捕鯨をめぐる問題は、何が論点になっていて、なぜここまでナショナリズムを刺激するのか。

 ハフポストのネット番組「ハフトーク」(3月28日)では、著書に『恐怖の環境テロリスト』(新潮新書)『シー・シェパードの正体』(扶桑社新書)などがあり、捕鯨問題に詳しい産経新聞社会部編集委員の佐々木正明さんを招いて、捕鯨を巡る現状について語ってもらった。

佐々木正明さん
佐々木正明さん
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 捕鯨支持か、反捕鯨か。議論は全く噛み合わない。

まず、IWCとはどんな国際機関なのか。

「IWCは捕鯨支持国と反捕鯨国が拮抗して議論している組織です。ここ15年ぐらい全く意見がかみ合わず、何も決まらない組織と言われてきました」(佐々木さん)

日本は、「捕鯨産業の秩序ある発展という目的はおよそ顧みられることはなく、鯨類に対する異なる意見や立場が共存する可能性すらない」(2018年12月26日の菅義偉官房長官談話)として脱退の決断に至った。捕鯨支持か、反捕鯨か。ここまで議論が噛み合わないのは、一体何故なのか。

ところであなたはクジラやイルカについてどんなイメージを抱いているだろうか?

頭が良くて、絶滅危惧種で、ちゃんと子育てをする動物?

そんな高等な動物を殺すのは野蛮なことだ、という批判を多くの人が聞いたことがあるだろう。

「反捕鯨運動をやっている人は、クジラは1種類しかいなくて、すべてが絶滅危惧種で、すべてが頭が良く、すべてが子育てをちゃんとすると思っているかもしれません。でもクジラやイルカは、実は世界に80種類ほどいます」

すべての特徴を持ち合わせたクジラが存在しているわけではなく、聖なる海の動物として作り上げられたこの架空のクジラを、ノルウェーの人類学者は「スーパーホエール」と名付けた。

「日本が捕まえているのはミンククジラという非常に数が多いクジラです。南極海で調査捕鯨をして、その副産物としてクジラを供給していました。世代によっては、かつて給食で食べていた記憶がある人もいると思います。そこからぐんと消費量は減って、今では日本人全体で平均年間一人40グラム。非常に少ないのです」

捕鯨は「食文化」として根付いている。

 日本の捕鯨といえば「ザ・コーヴ」というアメリカのドキュメンタリー映画で描かれた和歌山・太地町のほか、宮城県石巻市の鮎川などが有名だが、北海道や九州など全国各地に捕鯨の伝統と食文化が根ざしている。

「日本人には、もともとクジラを食べてきた歴史があります。海洋国家であり、食料資源としてみてきた。ホタテも食べるしワカメも食べるし、クジラも食べる。大事なタンパク源として食べてきた文化が残っているのです」

近代化して、日本人は鶏や牛も食べるようになり、1982年にIWCが商業捕鯨の一時的全面停止(モラトリアム)を採決して以来は、クジラを食べる量は極端に減少した。しかし、最近は狂牛病や鳥インフル、豚コレラなど食に関する問題は尽きない。食糧問題として考えれば、鯨食文化はタンパク源のリスク分散という視点で考えることもできる、と佐々木さんは指摘する。

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クジラは動物愛護運動における「カリスマ動物」。

 一方、反捕鯨運動とは一体何なのか。

遡ってみれば、1970年代から環境保護運動や動物愛護運動が盛り上がりを見せる中で、ホッキョクグマやパンダと並び、クジラも絶滅危惧種のカリスマの一つになったという。

「クジラは一つのアイコンでしかありません。ほんの入り口で、活動家の中には牛や豚を食べることも禁止したいというコアな人たちもいます。彼らはベジタリアンで、中でもヴィーガンというチーズもミルクも卵も摂らない完全菜食主義者。水族館や動物園、毛皮にも利用してはいけない、動物を搾取してはならないというのが彼らの主張です」

 すでに広く普及している牛や豚を食べる文化を否定することは難しいが、カリスマ動物であるクジラをターゲットにして保護をアピールすれば、団体にとって支持者やお金を集めやすい。そのため、クジラは擬人化され、スーパーホエールのようなイメージが作り上げられる。

捕鯨を批判している人の一部は動物全般の生きる権利を守ろうという、すなわち「動物の権利」運動を主導している。スペインなら反・闘牛、フランスなら反・フォアグラとなり、反捕鯨運動とつながっている。

アメリカの歴史は動物の権利運動とも密接に結びついている。アメリカでは、民主主義の発展にともなって、黒人の権利、女性の権利、マイノリティの権利、LGBTの権利といった流れで、社会的弱者の様々な権利を擁護してきた。

そして今たどり着いたのが動物の権利を擁護する運動だ。

「日本に住んでいるとなかなか“理解”するのが難しい動きだ」と佐々木さんは言う。しかし、その日本でも少しずつではあるが、確実に広がってきている。

 「捕鯨の問題は21世紀の論争で、日本はその前夜の状況にいると著書に書きました。明治維新の時には黒船がやってきて、それによって文明開化や近代化が進んだ。私はシー・シェパードも黒船だと思っています。日本人よ目を覚ませ、これが世界の常識である、と彼らは過激な活動をやっているんです」

日本は「黒船」と、どう対話するのか。

 こうした活動家たちは東京五輪もターゲットにしている、と佐々木さんは見る。

「イギリスの前外相でEU離脱強硬派の一人、ボリス・ジョンソンが反捕鯨の論文を発表しました。その恋人と噂される女性が主導したデモでは『捕鯨をやめよ。東京五輪をボイコットせよ』との横断幕が掲げられた。平昌五輪の時にも、韓国の伝統である犬料理が批判を浴びた例があります。もちろんすべてのヴィーガンの人たちが過激派ということではありません。ごく一部の人たちが、過激派になっているということです。サイバー攻撃で、日本の企業がターゲットにされたこともあります」

 動物の権利を主張する動きは加速を続ける。アメリカでは治安当局が、違法行為を犯す過激派を徹底的に取り締まり、その実態は「緑狩り」(Green Scare)とも言われる状態にまで発展している。第2次世界大戦の後、共産党の支持者をパージする「赤狩り」(Red Scare)があったが、緑狩りはこれをもじったものだ。

こういった状況は日本ではあまり知られていないうえに、置かれた状況に対して、日本は反論を英語で発信することがほとんどできていない、と佐々木さん。

「日本の食文化や伝統について、英語で発信しなければ、理解してもらうことは難しい。もちろん反論が返ってくるでしょうが、意見を言わなければ理解されることもありません。例えば海外に留学をしたら、捕鯨が話題になることもあると思う。どんどん議論をぶつけてみたらいいと思います。ダイバーシティを重視する共生社会の第一歩は、相手を理解した上で、尊重すること。議論することで、捕鯨が食文化の問題であり、動物の権利の問題でもあることがお互いにわかるでしょう」

(文:高橋有紀)

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