マイノリティは「社会の戦力」になれる。社会性も経済性も諦めない「DE&I時代のウェルビーイング」とは?

第1回well-being Tableが開催され、性的マイノリティや福祉の領域などでウェルビーイングに挑戦する登壇者たちが言葉を交わした。領域もアプローチの方法も異なる「多様なウェルビーイング」とは?

近年、SDGsと共に注目を集めつつある「ウェルビーイング」。

肉体的、精神的、そして社会的に良好な状態を指すウェルビーイングは、SDGsが掲げる目標の1つ「すべての人に健康と福祉を(GOOD HEALTH AND WELL-BEING)」にも含まれる言葉だ。

しかし、ウェルビーイングを社会共通の目標として考えるとき、個人や企業は、具体的にどのようなアクションを起こしていけば良いのだろうか。もしかしたら「そもそも『社会に良いこと』を追求することに、経済的にどんなメリットがあるの?」と首を傾げる人もいるかもしれない。

8月31日、東京ミッドタウン八重洲カンファレンスにて、WELLBEING AWARDS事務局が主催する「第1回well-being Table『DE&I時代のウェルビーイング』~マイノリティがマイノリティと呼ばれなくなるまで~」が開催され、登壇者が各々に挑戦しているウェルビーイングのための社会実装の軌跡を紹介した。

第1回well-being Table「DE&I時代のウェルビーイング」~マイノリティがマイノリティと呼ばれなくなるまで~
第1回well-being Table「DE&I時代のウェルビーイング」~マイノリティがマイノリティと呼ばれなくなるまで~
well-being Table

また、領域もアプローチの方法も異なる、多様なウェルビーイングについても共に考え、社会や経済の未来を見つめた。

同イベントに登壇したのは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 前野隆司 さん、LGBT総合研究所 代表 森永貴彦さん、(株)ヘラルボニー社長 松田崇弥さん、サイレントマイノリティー編集長 伊藤幹さん。司会進行はSDGsACTION!編集長 高橋万見子さんが務めた。

マイノリティ性を「生かして」、社会と経済の未来を拓く

同イベントは、大きく3つのトークテーマに分かれている。1つ目のテーマ「マイノリティがもつ未来を拓く力と可能性」では、森永さんが性の多様性の観点からウェルビーイングのための試みを振り返った。

LGBT総合研究所では、幅広い領域の企業と協力し、「多様な性」を出発点に新たな価値観を生み出している。森永さんは、世の中のサービスやものづくりの基盤が(異性愛が前提の)男女二元論に限定されているのでは問いかけ、その枠を抜け出すことで生まれる社会的・経済的な可能性について語った。

森永貴彦さん
森永貴彦さん
Well-being Table

また、企業としてできる取り組みは、社内向け(従業員が気持ちよく働ける環境づくり)と社外向け(多様な価値観の人たちに対して色々な価値を提供していく)2つの方向性があると説明。「マイノリティであることで困ってる人がいたら助けてあげましょう」「理解のある企業ですよ」だけではなく「マイノリティの視点を大事にして新しいものづくりに生かしていこう」という、マイノリティとの「共創価値」にも重きを置いていくべきではと語った。

例えば、2017年にパナソニックが発売したボディトリマーは、開発からプロモーションに至るまで、ゲイとバイセクシュアルの男性と共創したプロダクトだという。開発のために行ったヒアリングでは、美容意識や芸術への感度が高い傾向があったといい、デザインや使用感はもちろん、クリエイティブにも意見が多く反映されているそうだ。

「当初は『上手くいくの?』『こんな(斬新な)クリエイティブで受け入れてもらえる?』という内部の声もあったのですが、なんと当初計画の200%以上を達成する大成功となりました。(異性愛が前提の)男女二元論を基盤にするのではなく、色々な性、感性や価値観を持った人と共創することで得られるものがあります」

「健常者に近づけよう」ではない、異彩を放つための福祉

マイノリティ性を生かす社会の仕組み作りは、福祉の領域でも注目されている。

2つ目のトークテーマ「マイノリティに向き合うDE&I時代のブランディング」では、福祉実験カンパニー「ヘラルボニー」の松田さんが、自身の挑戦しているビジネスモデルについて紹介した。

松田崇弥さん
松田崇弥さん
Well-being Table

「異彩を、放て。」をミッションに掲げる同社では、知的障害のある作家とライセンス契約を結び、2500以上の作品の著作権を管理している。いろいろな形で作品を展開することで、作家に適切なライセンスフィーが入り続けるような構造に挑戦しているという。

ヘラルボニーという会社名は、重度の知的障害のある松田さんの兄が日記や自由帳に何度も書いていた言葉をそのまま冠したもの。松田さんが「兄貴は楽しそうに生きてるのに、周囲からは『かわいそう』な存在として扱われる」ことに課題を感じ、双子の兄弟と共に起業したのが始まりだという。

「マイノリティを支援するという文脈より、むしろ知的障害があるから描ける、作れる作品があるのだと発信して(障害福祉の)イメージを変えるということに挑戦しています。強烈な作家さんがたくさんいて、資生堂のオフィスにはそのうちの一人である小林諭の作品も展示されています。また、作品の絵柄を使ったエポスカード「へラルボニーカード」(丸井グループと共作)も、目標値を凌駕している成功例の1つです。カードを使えば使うほど作家さんにライセンスフィーが還元される仕組みで、通常のエポスカードよりも若年層が多く加入しており、通常の4倍もの頻度でカードが使われています。経済的にも美しくてカッコよくて、還元したい気持ちにも応えるカードとなりました」

また、契約している作家の中には確定申告をする人も多く、お礼のメッセージをもらうこともあるという。

「素晴らしい作品を描いているけれど、障害があるが故に上手にSNS発信をしたり、登壇して喋ったりすることが難しい。同じ実力を持ってるのに世の中に出られないというのがフェアじゃないなと思うので、ちゃんと実力のある人が実力に見合う形で行使されることが重要だと思います」

前野隆司(左)さんと松田崇弥さん(右)
前野隆司(左)さんと松田崇弥さん(右)
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松田さんの話を受けて、前野さんは「少し涙ぐんでしまいました。『障害者だからこの仕事しかできない』ではなく、一人ひとりをちゃんと見ると個々に素晴らしさがあって、それをちゃんと活かせる社会にしなくてはいけないと強く感じました」とコメントし、松田さんも力強く頷いた。

「私の兄はものすごく練習をして、やっと一人で電車に乗れるようになりました。そのようにできないことをできるようにすることも重要ですが、『健常者に近づけよう』ばかりではなく既にできているところや『面白いよね』というところに注目して、あとは経済側に美しい状態で出していくことさえできれば、経済性を持って社会に認められていけるんです。

例えばオランダには、ダウン症のある人たちが働く『Brownies & downieS』というカフェが53店舗もあります。九州くらいの大きさの国にそれだけ多く出店できている状況を見て『日本でできないのはなぜだろう』と興味が湧いて、来年度はその形態にも挑戦しようと思っています。アートだけに拘らず、本人たちが得意とするあらゆることに適応したいですし、みんなで横につながって手を取り合えるようになれば素敵だなと思います」

みんながマイノリティ?個人の特徴によって損得が生まれない社会

3つ目のトークテーマ「DE&I時代のウェルビーイングマーケティングのあり方」では、サイレントマイノリティレポート(若者のマイノリティ意識を集めた調査)の編集長で、博報堂のマーケティングディレクターでもある伊藤さんが、マジョリティとマイノリティという二項対立構造に深く切り込んだ。

Well-Being Table

伊藤さんは、サイレントマイノリティとは、誰しもがひっそりと何らかの形でマイノリティ性を抱えているという考えに基づいた言葉だと説明する。

全国の19〜59歳1000人を対象とした同調査では、その約半数が「変わっている」「人と違う」と言われて生きづらさを感じた経験があるという結果となり、特に10〜20代ではその割合は64%にも上っているという。さらに、そのうちの多くが「もっとこういう人がいると知ってほしい」「言いにくい」というジレンマを抱えている。生きづらさの要因は多岐に渡り、「毛が多くて体を見ると吐き気がする」「うまくコミュニケーションが取れない」「性的欲求が欠落している」「人の顔が覚えられない」などがある。

知的障害や性的マイノリティの話と比較すると、サイレントマイノリティは、マイノリティというよりも「悩み」に近い印象を受ける。伊藤さん自身もそれを肯定し、「敢えて『サイレントマイノリィ』という価値観を前面に出すのには、あらゆるマイノリティ性が個人の悩みに落ちる(身近で普遍的なものになる)といいなという思いが込められています」と続けた。

「個人の持つマイノリティ性によって、社会的に弱い立場にある人を理解することは、もちろん大切です。一方で、この先に10年20年と将来を考えた時に、一部の人をマイノリティという名前で括って「ケアすべき存在」として扱い続けることは、本質的なDE&Iに繋がってくるんだろうかとも思いました。それ(マイノリティ性)を1つの個性として認めていくこと、社会が個人の弱みに向き合っていくことが、みんなの最大の幸福につながっていくのだと思います」

他人の幸せが、自分の幸せに繋がっている

高橋万見子さん
高橋万見子さん
Well-being Table

イベントが終盤に差し掛かり、前野さんはウェルビーイングの価値観について「全員の幸せや健康が一番大事なことです。『利益を出すため』とか『障害者雇用をしなくてはいけない』などといった、一番大事な非本質的な部分に囚われている人が(今の社会には)多いように思います」と語り、「ウェルビーイングの価値観の追求とは『すべての人、動物、植物が幸せに生きるってどういう状態だろう?』と考えることだと思います」と続けた。

司会を務めた高橋さんは「自分の幸せも大前提として大切だけれど、それだけではなく他人も幸せであることが自分の幸せに繋がっているものなのかなとも思います」とコメント。

イベント終盤には、会場全体が社会へ「ワクワク」も感じていたように思う
イベント終盤には、会場全体が社会へ「ワクワク」も感じていたように思う
Well-being Table

前野さんはこれに深く頷き「西洋の研究などでは個人の孤独の解決や幸せに焦点を当てることが多いのですが、日本では『みんなが幸せな社会』というコンセプトに注力している気がします。日本は『和の国』とも言われますよね。まさに調和的で幸せな社会にみんなでしていければなと思います」とイベントを締め括った。

社会性と経済性の両立や、個人のマイノリティ性が輝く仕組みについての言葉が交わされた、第1回well-being Table。第2回、3回目の開催に期待しつつ、多様なウェルビーイングについて引き続き考え、対話し、アクションに移していこうと思う。

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