「プロサッカー選手」と聞いて、どんな姿を思い浮かべますか?
Jリーガー? 青いユニフォームをまとった「SAMURAI BLUE」? それとも、海外リーグで活躍する国際色豊かな選手たち?
真っ先にイメージしたのは、男性選手の姿という人も少なくないのでは。
10月14日、大勢のサポーターが見守るなか開催されたのは、日本初の女子プロサッカーリーグ「WE(Women Empowerment)リーグ」のリーグカップ決勝戦。
0-0からのPK戦の末、激闘を制したサンフレッチェ広島レジーナが初優勝を飾りました。
ショートパスを緻密につなぎ敵陣へ攻め込む、巧みなチームプレー。丁寧で安定感のある守備――。サッカー観戦初心者の私も、たちまち魅了された闘いの裏で、実はスポーツと女性をめぐる課題解決に向けたワークショップがおこなわれていました。
「女子サッカーを職業に!」スポーツを学ぶ学生を対象にワークショップを実施
2021年9月に発足したWEリーグは、「女子サッカー・スポーツを通じて、夢や生き方の多様性にあふれ、一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する」という理念を掲げ、「WE ACTION」という理念推進活動をおこなっています。
WEリーグに所属する選手とクラブ、パートナー企業、メディア、他競技関係者などが集まる「WE ACTION MEETING」では、ディスカッションを通じて女性が直面するさまざまな課題を抽出しました。
そこで出された300を超える課題のなかから、4つの課題「母頼りが多すぎる問題」「日本の女子の自己肯定感が低すぎる問題」「女性は10代でスポーツやめちゃう問題」「女性コーチは約3割問題」を選定。2023-24シーズンで、課題解決のアクション化を目指してきました。
そして、先日のWEリーグカップ決勝戦に合わせて実施されたのが、「女性は10代でスポーツやめちゃう問題」「女性コーチは約3割問題」の解決に向けたアクション。
「女子サッカーを職業に!」をテーマにしたワークショップでは、元WEリーグ選手の大滝麻未さん、現なでしこジャパンコーチである宮本ともみさん、WEリーグのシルバーパートナーであるパーソルイノベーション代表取締役社長 大浦征也さんが、女子スポーツとキャリア形成について話をしました。
サッカーが好きだった。だけど、目指す場所がなかった。
クロストーク最初のトピックは、大滝麻未さんと宮本ともみさんのキャリアについて。
「サッカーの女性コーチは3割に留まるなど、スポーツ業界の就労におけるジェンダー格差はまだまだ大きい。そんななか、第一線で活躍する二人はどのようにキャリアを築いてきたのでしょう?」
アスリートのキャリア支援もおこなうパーソルイノベーション代表取締役社長の大浦征也さんの質問に対して、口火を切ったのは「なでしこジャパン」のコーチを務める宮本さん。
「18歳でプリマハムFCに入団し、選手としてのキャリアをスタートしました」
実業団チームのアマチュア契約選手として選手人生を歩み出した後、3年目からプロ選手として活躍していた宮本さん。三度のFIFAワールドカップに出場し、2012年に現役を引退しました。
その後「たまたま知人に紹介してもらった、女子サッカー解説の仕事に挑戦。そこで全然話せなかったことをきっかけに、改めてサッカーについて学ぼうと指導者の勉強を始めた」そう。
15年からは、指導者としてのキャリアを歩み、現在はなでしこジャパンでコーチを務めています。
一方、今年6月に選手を引退したばかりという大滝さんは、自身のキャリアについて次のように語ります。
「私は大学時代に『海外でプロサッカー選手になれなかったらサッカーを辞めよう』と決めて。4年生で出場したユニバーシアードをきっかけにフランスのプロサッカークラブ『オリンピック・リヨン』のトライアウトに挑戦。合格を勝ち取って、海外で選手としてキャリアをスタートさせました」
その後、25歳で一度現役を退き、FIFA(国際サッカー連盟)が運営する大学院「FIFAマスター」に進学。17年に修了し、現役復帰を果たしました。
二人の話を聞いた大浦さんは、そのキャリアについて「プロ選手として競技を続けることに課題はなかったのか」尋ねます。
「『女子がサッカー選手を仕事にする』という選択肢はなかった」と、宮本さん。
「当時、10チームあったL・リーグのなかでも、お金をもらえるチームは限られていました。他の競技では今もプロを目指さずに辞めてしまう人が多いと聞きますが、当時のサッカーも同じでした」
大滝さんも同意し「サッカーがずっと好きだった。けれど、私が大学生のときは目指す場所がなかった。サッカーをやり続けるイメージが持てませんでした」と語ります。
夢にまで見た海外クラブ。目標を達成し、燃え尽きてしまった。
そうした逆境を乗り越え、二人はどのようにプロ選手や指導者として第一線で活躍するにいたったのか? そのキャリアの道筋について、大浦さんは次のように指摘します。
「キャリア形成には『山登り型』と『川下り型』があります。前者は、目標から逆算してキャリアを作っていく方法。後者は、その時々の状況に応じてキャリアを作っていく。ご縁を大切にキャリアアップしていく、『計画された偶発性理論』ともいわれます。
そして、第一線で活躍するアスリートに話を聞くと、必ずと言っていいほど『ご縁』『たまたま』『運良く』といったキーワードが出てくるんです」
そのうえで、大浦さんは「なぜ、その『たまたま』が巡ってきたのか?」をひもとくことが重要だと強調。
それに対し宮本さんは、自分のやりたいことを口に出し、周囲に伝えていたことが縁を生んだのでは、と振り返ります。
「選手時代、私は海外でプレーすることに興味があり、その知人と出会いました。そうした人脈のおかげで、後々の解説の仕事につながった」
一方、大滝さんはオリンピック・リヨンに所属するまでは、「山登り型」のキャリア形成だったと語ります。
「当時は、とにかく目標達成のために何でもやった。私の場合、海外でプレーすることだけを目標にし過ぎて、燃え尽きてしまった。だから『海外で何を達成したいのか』まで考えておくべきだった」
そう振り返りながら、自身の強みについては「アクションを起こせること」だと分析。その行動力によって、さまざまな縁やチャンスを掴んできたといいます。
大会などで結果を求められる機会の多いアスリートは、「山登り型」のキャリア形成をするケースが多い。しかし、目標達成できなかったときの喪失感が大きく、自分を見失ってしまうリスクもある、と大浦さん。
他方で「川下り型」では、受け身になりやすく、自身のキャリアに不安や不満を抱きやすいという側面もあります。
「アスリートだけでなく、ビジネスパーソンにも言えることですが、キャリア形成の考え方や方法について知り、自分自身に合ったキャリアプランを見極めることが重要なのです」
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世界に比べ、ジェンダー格差がまだまだ大きい日本。女性がスポーツ業界でキャリアを築き、活躍するために解決すべき課題はたくさんあります。
だからこそ、宮本さんや大滝さんのような、アスリートや指導者として活躍するロールモデルの存在はとても貴重。とくに二人は結婚と出産、子育てを経験しています。
変化するライフステージに対応しながら、アスリートとして第一線で活躍する姿を力強く示してきた。その点においても、二人の功績は大きいです。そして、こうした女性の可能性を次世代へ伝える、WEリーグの活動は意義深いと感じます。
リーグカップではレベルの高いプレーで観客を魅了する一方、一人ひとりが輝く社会の実現に向けてアクションを継続するWEリーグ。一度試合に足を運び、その思いに触れてみてはいかがでしょう。
写真:杉浦正範
取材・文:大橋翠