1、はじめに
まもなく、タオルミーナでG7サミットが始まる。私が議長を務めた伊勢志摩サミットから1年。この間に、米国とフランスで大統領選挙が、英国とイタリアでは国民投票が行われ、新しいリーダーが誕生した。それらの過程を通じて、自由貿易への懐疑や社会の分断などの問題が露わになり、各国民の選択に世界が注目した。
2、安全保障への脅威への断固たる対応
一方で、成長と繁栄を脅かす安全保障面での脅威が日増しに強まっている。北朝鮮は、国際社会の強い警告にもかかわらず、核・ミサイルの開発を止めない。弾道ミサイルの発射も昨年以降30回を超えている。足元でも、先週高度2,000kmを超えるミサイルを発射し、国連の非難表明など国際社会から強い批判を受けた。にもかかわらず、今週も発射した。先週極めて高い軌道で発射された弾道ミサイルは、仮に通常の軌道で発射されたとすれば、その射程距離は、現時点では、北朝鮮から見て、東は太平洋中央、西はユーラシア大陸中央、南は南シナ海全域に届き得るものであり、脅威は北東アジア地域を越えるに至っている。ICBMの技術が進むことも懸念される。これらの問題の解決には、米国、韓国とはもとより、中国やロシアとも結束し、国際的な連帯を強めなければならない。
また、テロも世界中に広がり、ISILの暗躍も後を絶たない。サイバー・テロの被害も、国境を越えて広がっており、国際的な連帯に猶予は許されない。
3、自由貿易の重要さと、重要さが理解されるために必要な3事項
リーマンショックから10年目が近づく。この間、多くの国や地域がショックを乗り越え、成長軌道を確保するために努力を重ねてきた。しかし、世界的に見ると、若者の失業、賃金レベルや生産性について、なお足りないものがある。
これらを解く鍵は自由貿易だ。以前は、貿易の伸びが、経済成長の伸びを上回っていたが、ここ数年は貿易の伸びの方が小さい。自由貿易は、人々の創意や工夫を存分に発揮させ、その成果を、国境を越えて広め、豊かな社会が世界に広がることを可能にする。だから、私は、一貫して自由貿易を強調してきている。
しかし、多くの国で自由貿易への批判が強い。私は、自由貿易に対する人々の理解を得るために、3つの点が重要だと考える。
第一は、自由化による果実を国内に広める政策との一体的な政策運営
日本では、2012年末の政権交代以降、私は、結果重視で歩んできた。GDPの伸び、雇用増、税収増とその社会保障や教育などへの投入などにより、結果を出してきた。GDPは5四半期連続のプラス成長を続け、本年1Qの成長率は年率2%を突破した。雇用は185万の増、かつ、その8割以上は女性。失業率は2.8%と、ほぼ完全雇用状況だ。正規雇用も80万人近く増え、新卒の若者の就職率は実質上100%に近い。所得再配分後ベースでみたジニ係数も下降気味。若者のために返済の必要がない奨学金も開始した。
企業の収益もこの4年間で22兆円増えた。私は、企業に社員の賃金増を、また大企業に中小企業との取引の適正化を求め、成長の果実が全国に行き渡るように全力をあげている。
また、私は、貿易の自由化に影響される産業が対応できるように、経過期間を置きながら、改革を進めている。また、中小企業や日本の食料産業が、海外で活躍できる環境整備にも努力している。
これからも、私は人材への投資、女性の活躍を重点として、「一億総活躍社会」、いわば日本式inclusive社会の実現を政策の柱にし続ける。
第二は、自由だけでなく「公正」な貿易の確保。その観点からのルールの充実
今世紀に入り、多くの新興国や途上国がWTOに加入した。世界は「これで共通のルールが世界に広まり、通商が、自由にかつ公正に行われる」と歓迎した。しかし、その後、国内への技術移転を強制する、国有企業を規律できない、ルールを決めても遵守しないなど、執行の不十分な国が露わになってきている。鉄鋼貿易はその典型例だ。公正さが担保されないと、自由貿易への信頼が傷つき、支持は増えない。
租税・金融面での公正さを確保し、不正資金の流れと闘うことも、人々の国際的な枠組みへの信頼を得る上で不可欠であり、G7がリードすべきだ。
また、「何が公正か?」についてはウィン・ウィンの思考をとるべきであり「一方が得をすれば、他方はマイナスを受ける」といったゼロサム的な発想で考えるべきではない。
イノベーションを創造した人々の成果を正当に守るように、ルールを充実することも必要だ。地球温暖化、迫りくる高齢化など、世界全体が様々な難題に直面している今こそ、国境を越えた、人々の多様な知見や経験の交わりが解決の鍵となる。各国の政府は、人々の活動の障壁を減らすとともに、知的財産権保護などイノベーションの成果を正当に守るルールを充実・強化すべきだ。また、多くの国がルールを共通にすれば、通関や移動のコストも低下しよう。
TPPは、これらの懸念に応え得るものになっている。だから、私は「TPPこそが世界の成長センターであるアジア太平洋地域で必要だ」と確信する。先週、ハノイで日本を含む11か国の担当大臣間で議論が進展したことは喜ばしい。
日本は、また、米国との経済対話、日EU・EPA交渉、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)を進めており、ルールのグローバルなネットワークづくりに努めている。
第三に、国際的にも、inclusiveな発展に貢献
半世紀以上にわたり、アジア諸国での国造りに貢献してきた日本は、今世紀になってからアフリカ諸国の発展に、官民協働して注力している。昨年夏には、TICADを初めてアフリカ大陸で開催し、私と共に200近い日本企業が訪問した。日本の協力の柱は、アフリカでの人材と産業づくりだ。工業に加え、今後は農業・食料生産力面での協力も一段と充実したい。
また、アジアをはじめ、先進国も含め、日本の技術力と精巧な仕上げ作法を活かした質の高いインフラ作りでも貢献を強める。2,000億ドルの資金面での協力も年内には動き始める。
アジア、アフリカの多くの人々が、技を身につけ、生活基盤を強め、連結性を深めて、自立力を強める。日本にしかできない貢献だと思う。
4、結び
世界経済も、好転の兆しを見せ始めている。しかし、多くの国の中でも、また、リージョナル・グローバルでも未克服の課題が残ると同時に、地球温暖化、迫りくる高齢化など、新たな難題も迫ってきている。また、北朝鮮やISILは、世界の安全と繁栄に、露骨な戦いを挑んできている。
平和、安全無くして、成長も繁栄もない。世界をリードして、これらの難題に立ち向かう上で、普遍的価値観を共有するG7の首脳たちが結束すること、そして世界をリードすることが必須だ。新たな仲間を迎え、新たな発想を得て、従来を超える結束力を示したい。私もそのためにベストを尽くす。