スマートフォンの次に来るデジタルデバイスは何か? 明確ではないものの解答らしきひとつの世界が見えて来た。Google GlassやApple Watchに代表される、身につけられるコンピュータ、ウェアラブルデバイスがそれだ。
昨今、Google、Apple、Microsoftといったデジタル界の巨人たちが動きだし、この世界は一気に活性化。2015年1月に東京ビッグサイトで開催された「第1回 ウェアラブルEXPO」には大勢の人々がおしかけ、勢いは増すばかり。ウェアラブル世界の現状と将来を最先端の研究者に聞いた。
(文:金子茂 撮影:加藤甫)
一気に花開くウェアラブル市場
「ウェアラブル、来てますね~」
開口一番、神戸大学大学院工学研究科の塚本昌彦教授はこう切り出した。
教授は、14年前に自らHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着した日常生活を始め、今も「ウェアラブルの伝導師」を自認する第一人者だ。
「2012年にGoogle Glassの開発が発表され、その後、Apple Watch、MicrosoftのHoloLensと続いた。一気に市場が花開く、そんなムードが醸成されてきました。日本の日立、東芝、富士通といった大手企業も工場の生産ラインや倉庫、店舗などで使う業務用HMDの開発に取り組むようになった。展示会にたくさんの人が集まり、マスコミの注目度が高かったのも、そんな雰囲気の現れだったのではないでしょうか」
教授は、2001年から毎年のように「来年こそはウェアラブルの年になる」と言い続けて来たそうだ。
14年、待ちに待ったウェアラブル時代の到来を語る塚本教授。伝道師としては感無量だろう。
「まあ、10年以上前に『次はSNSの時代になる』といったところで誰にも理解されない。今から思えば同じようなことだったかもしれない。でも、これでやっと孤独な時代が終わりそうです」
HMDをかけた目が笑っている。
「正直、こんなに長くかかるとは思いませんでした。技術的には当時でもできていましたから。ただ、HMDなどはデバイスとは別にノートパソコンを持たなくてはならず、装備もたいへんだった。今は小型で高性能。はるかに軽くなった」
新デバイスは日本が先導するはずだった
2001年当時、教授は画期的なウェアラブルデバイスは日本企業から誕生すると考えていた。
「日本は1980年代、90年代、デジタルデバイスを積極的に開発していました。電子手帳やデジタルカメラなどがそう。ゲーム機もその範ちゅうに入るかもしれません。家電、コンピュータ業界全体に積極的に新しいものを作ろうという気運があった。しかし、ここ十数年、経済の停滞とともに新しいものを作らなくなった。『失敗しちゃいかん』という気持ちが先に立ち、ネガティブマインドがまん延してしまった。残念です」
この間、チャレンジした日本企業もあったという。しかし長期的に成功する企業は現れなかった。
インタビュー中にも、HMDの画面には必要な情報が表示されている。
「一度やって失敗して、撤退していく。このパターンが多かった。私からすれば戦略が間違っていたと言わざるをえない」
継続が鍵 Googleに見る戦略
「ウェアラブルは簡単ではない、正しい戦略が必要」と語る塚本教授。
「継続が一番大切です。人が身につけるものですから、ハードウェアやソフトウェアだけでなく、医療面、社会面といったことも問題になります。やってみなくては分からない、乗り越えなければならないハードルがたくさんある。まずは一度製品を出してみて、その結果をフィードバックして、改良してさらに新製品を作るというサイクルが必要です。ビジネスとしては、常に投資した額を最低限回収できるように考えておかねばなりません。その意味ではGoogleのやり方は参考になります」
2015年1月、そのGoogleはGoogle Glassの一般販売を中止した。しかし、教授によればそれは戦略の一環だという。
「Google GlassはそれまでのHMDを凌駕する画期的な商品でした。小型で高性能、いままで使えなかったアプリも使え、Googleが持つクラウド上のプラットフォームも利用できる。ただ問題のすべてが解決できたわけではない」
Google Glassの販売中止について「私はポジティブに捉えています」。
ウェアラブルの「壁」
カメラ、バッテリ、ファッション性。ウェアラブルデバイスにとって特に厚い3つの壁だと教授は語る。
「Google Glassが発表されたときからカメラはやり過ぎだと思っていました。魅力的な機能ですが、撮られる側のプライバシー問題は大きい。ただGoogleも、カメラについては予想以上に反感を持たれることが分かった。次回作に生かすと思います」
フルに使えば2時間しか持たないバッテリ、いまひとつパッとしないデザインもそうだ。
インタビュー時、塚本教授が装着していたHMD。ケーブルの先は外部バッテリにつながっている。バッテリはウェアラブルデバイス全体の課題のひとつだ。
「常時装着を考えると、現在のバッテリでは1日持たない。消費電力が大きいからです。マイクロプロセッサなどはスマートフォン用のものが使われ、HMDに特化した設計にはなっていません。デバイスに合ったスペックのプロセッサを開発すれば、消費電力はかなり減らせるでしょう。デザインも課題です。ファッション性を考慮すれば、形や色のバリエーションがまだまだ少ない。その点、Apple Watchはかなりのバリエーションがあります。ただGoogleも、iPodの開発の中心人物でスティーブ・ジョブズの相談役でもあった人を陣営に加えました。Google GlassにApple的なファッション性を取り入れてくるはずです」
ウェアラブルの世界で成功する定石を、Googleはしっかり踏んで来たと教授は見る。
専用デバイスに勝機がある
「Google GlassやApple Watchは汎用品。それとは別に用途に特化した専用品の世界もあります。例えば家事。掃除や洗濯、料理に特化したウェアラブルデバイス。ハンドフリーの特徴を生かせば、家事をこなしながら必要な情報が得られる。スポーツもそう。競技によってデバイスは異なるはずです。2020年には東京オリンピックでかなり盛り上がるはずですからチャンスはあります。
また既存のHMDやウォッチを使いやすくする、あるいはデコるといった中から生まれる商品もある。グラスがカッコ悪ければフレームは自分で作ればいい。自分の個人的な必要性で作ったものが話題になって商品化される世界です。目の付け所さえ良ければ、小規模でも十分戦っていけます。ウェアラブルはやりがいのあるアプリケーションだと思いますね」
撮影時、塚本教授が身につけていたウェアラブルウォッチは6台。デザインや機能はさまざまだが、決定的な商品はまだないという。
ただウェアラブルには熱や破損による危険性、目や肌に対する健康面の問題など複合的な要素が多いので、その点では注意を要するという。どう解決すればよいのか?
要素が多いからパートナーが大事
「問題解決のポイントとしては、開発パートナー選びですね。1つのデバイスを作ったら、すべてを自分でやるのではなく、コンテンツはどこ、システムはどこ、といったコラボレーションを考えた方がいい。そういった連携の中で気づかなかった問題が発見でき、解決の糸口が見えてきます。私は10年前から『ウェアラブルコンピュータ研究開発機構』というNPOを立ち上げ、作る側の研究者や開発者同士の連携をはかってきました。最近では『日本ウェアラブルデバイスユーザー会』という団体を立ち上げ、ユーザー側からの情報交換も行っています。そういった場に参加し、パートナーを見つけていくのもひとつの方法ですね」
HMDに専用ウォッチとウェアラブルのフル装備。衣服のように情報を身にまとっている感じだ。
難しいからこそみんなで推進していく必要がある、と教授は語る。多様な人々と交流することで新しいデバイスが生まれ、ウェアラブルの全盛期がやってくる。
「ハッカソンで関係者を集め、集中的に開発するやり方も複合的な要素が絡むウェアラブルに合っていますね。『Moffband』などはハッカソンから生まれたウェアラブルデバイスの典型です」
今後の注目は、Apple Watch、3Dの仮想オブジェクトが重ねて表示できるMicrosoftのHoloLensでしょうね。そして、Google Glassのニューバージョン。必ず出てくると思います。Googleが販売中止でこのまま撤退とは到底思えない」
熱く語る教授のHMDには、近い将来のウェアラブル世界がディスプレイされているはずだ。
インタビューに力強く答える塚本教授。ウェアラブルにかける大きな期待は昔も今も変わらない。
(fabcross 2015年3月11日の掲載記事「雌伏14年の伝導師が語る、ついに来たウェアラブル時代」より転載しました)