ウクライナを見捨てれば、日本も同じ運命になりうる。軍事研究者の小泉悠さんは警告する【ウクライナ戦争】

ロシアによるウクライナ侵略を日本に住む私たちはどう捉えるべきか。ロシアの軍事・安全保障政策の専門家である小泉さんにインタビューしました。
Zoomでインタビューに応じる小泉悠さん
Zoomでインタビューに応じる小泉悠さん
Huffpost Japan

ウクライナで戦争が始まって以降、テレビでたびたび目にする軍事研究者がいる。東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠さんだ。ロシアの軍事・安全保障を専門としている。年末に新著『ウクライナ戦争』を出版。発売前から重版がかかり、12月26日までに累計4刷5万部の話題作となった。

今回の戦争に関して、ロシア側は原則として「特別軍事作戦」という用語を使用している。日本のマスコミでも「ウクライナ侵攻」といった呼称が多く、戦争という言葉が避けられる傾向にある。

その中で、小泉さんは敢えて「ウクライナ戦争」という書名をつけた。「90万人〜100万人規模の軍隊が10カ月以上も激しくぶつかり合い、戦線の長さが約2000キロ以上に及んでる戦闘を、戦争って言わないんだったら何が戦争なんですか?という思いがあります」と率直に語る。

ハフポスト日本版では12月下旬、小泉さんにZoomでインタビューをした。現在進行形の戦争を著書にまとめた理由については、「NATOやアメリカに問題がある」などとロシアを擁護する日本の識者の一部の声への反発があったという。モスクワでの研究経験もある小泉さんだが「いろいろな理由があるにせよ、今回のロシアの戦争は擁護できない」と言い切る。

ウクライナ戦争を日本に生きる私たちはどう捉えるべきかを質問すると、興味深い答えが返ってきた。まるで日本を超大国のように誤解している人がいるが、実際には日本も「チェスの駒」であり、超大国のような「チェスのプレーヤー側ではない」と指摘。「もしロシアのウクライナ侵略が成功して、国際社会がウクライナを見捨てた場合には、日本だって同じことが起こりうる」として、「それで本当にいいんですか?」と問いかけた。

小泉さんとの一問一答は以下の通り。

■20年前のイラク戦争と比べたときのギャップとは?

小泉悠さんの新著『ウクライナ戦争』(ちくま新書)
小泉悠さんの新著『ウクライナ戦争』(ちくま新書)
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―― ロシア軍のウクライナ全面侵攻が始まってから1年を待たずに、現在進行形の内容を書籍にまとめた理由は何でしょう?

筑摩書房さんから「何とか年内に出しましょう」って話があったのが大きいんですが、自分としても2つの思いから本にまとめたいと思っていました。

1つには、今回の戦争が始まる前の2021年秋ごろから、ロシアがかなり大規模な軍事的動きをしており、軍事研究者の間で一大トピックになっていました。なので、この本を書き終わった9月の段階では、ほぼ1年この情勢に付き合っているんです。その間、メディアからの取材も多かったし、テレビカメラの前で相当いろんなこと言ってきました。でも、テレビ放送はどんどん流れていってしまうし、その都度、データに基づいて詳しくものが言えるわけでもない。自分で資料に当たり直して「この戦争はそもそも何だったのか」「何で起こったのか」ということを、ちゃんと語っておきたかったんです。

もう1つは、個人的に非常なショックがありました。僕が大学生だった2003年にイラク戦争があったのですが、あのときに日本のリベラル層は「アメリカはけしからん」「帝国主義的である」という批判を展開しました。その意味では今回、ロシアがやっているウクライナでの戦争も、アメリカがイラクを侵略したのと同じぐらい理不尽だし、もっと非人道的だし、アメリカよりも遥かに責められるべきじゃないかと私は思うんです。

ところが逆に、今回の戦争に関しては日本のリベラル層は、ロシアを擁護する人が妙に多いんです。「アメリカのウクライナ政策にこそ問題がある」といった論調ですね。これを私は残念に思っています。まずは「侵略している側、つまり相手を殴りつけて人を殺している側を非難して止める」というのを最優先に考えるべきです。本にまとめる中で「いろいろな理由があるにせよ、今回のロシアの戦争は擁護できない」という話がしたかったんです。

■戦争の原因をNATOだけに求めるのは間違い

2022年12月24日、ロシア軍の攻撃でヘルソン市内で炎上する乗用車
2022年12月24日、ロシア軍の攻撃でヘルソン市内で炎上する乗用車
Anadolu Agency via Getty Images

―― たしかに今回の戦争に関して日本でも「ロシアもウクライナもどちらも悪い」「ウクライナが抵抗を諦めるべき」という論を唱える人も見かけます。そうではなくて「経緯をたどると端的にロシアが悪い」と証拠を示したかったということでしょうか?

僕の中では「ロシアが悪い」ということは、いちいち論証すべき問題でもないんです。ただ「ロシアは何を考えてこんな戦争を始めちゃったのか」を論じたかった。

ロシア擁護の論法でいうと「NATO(北大西洋条約機構)の拡大を進めてきたアメリカが悪い」となりがちです。ただ、私はこの本でも書いているように「そもそもプーチンはNATO拡大を本当に心配していたのか」という点に着目したいんです。開戦前のプーチンの言説とはもっと民族主義的なもの、つまり「ウクライナはロシアの一部でなければいけない」という情念に強く彩られていて、NATO拡大の話は、飽くまでもその文脈の中で出てきます。

プーチンは、スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟しても別に問題視しないし、既にNATOに加盟しているバルト三国を攻撃するわけでもない。問題視しているのは、ウクライナだけです。ウクライナには直近でNATO加盟する見込みもないし、NATOがミサイルを置くという話もないのに、あたかも明日もそうなるかのようなことをプーチンは言って、ウクライナに攻めていきました。

もちろん現在進行形の出来事なので、決定的な証拠はありません。ただ、少なくとも「戦争の原因をNATOだけに求めるのは間違い」というつもりで書いた本です。

■我々はチェスのプレイヤーではない

2022年12月16日にトルコの首都アンカラで公開されたインフォグラフィックより。薄いピンクの部分が2022年2月以降にロシア軍が占領した地域
2022年12月16日にトルコの首都アンカラで公開されたインフォグラフィックより。薄いピンクの部分が2022年2月以降にロシア軍が占領した地域
Anadolu Agency via Getty Images

―― 日本ではSNSを中心に「ロシアが唱える正義」と「ウクライナの唱える正義」のそれぞれに味方をする人に分かれて、言い合いが絶えない状況が続いています。まるで、それぞれの国の代理戦争のような現状をどう見ていますか?

私も複雑な思いがあるんです。ロシアのことをずっと研究してきたので、ロシアという国のことは嫌いではないんです。ロシアの人々が持っている「冷戦後の世界に対する不満」は分からないでもない。やっぱり、ロシア人の目から見ると「これはアメリカに対して頭に来るだろうな」という場面もあるんですよね。

その一方、私は無力な一個人であって、別に世界を動かす政治家ではない。だから、私はやっぱり今回の戦争では「クレムリンの中から世界地図をどう塗り替えるか」と考える立場ではなくて、ロシア軍が攻めてきたことで日常生活が破壊されているウクライナ人の側に、どうしても自己投影してしまう部分があります。

私の中に、今回の戦争に関してウクライナびいきな部分ってのは確実にあります。ネット上でのロシアびいきな人とウクライナびいきな人の論争を見てると、やっぱりウクライナの人になびく部分があることは間違いありません。

ただ少し分からないのは、ウクライナもロシアも日本にとっては他人ですよね。ネット上で、なぜあそこまでヒートアップするのかは、分からない。ロシア語ができてロシアに留学してて、ロシアという国に大変思い入れがあるという人ならまだ分かります。でも、「ロシア語も分からないし、おそらくロシアも行ったこともないだろうな」って人達が、ものすごく熱心にロシアを擁護する。彼や彼女の中に、何か現状の世界に対する不満があって、現状変更勢力であるロシアをすごく魅力的に見せるのかもしれません。そういう人達がかなりの数、ネット上にいることは僕にはなかなか驚きではありました。

ただ僕は感情的にロシアを擁護する人に対しても、あるいは戦略論的に「ウクライナが抵抗を諦めて緩衝地帯になれば平和が保たれる」という話をする人に対しても、一言申し上げたいことがあります。それは、「我々はチェスのプレイヤーの方じゃないですよ、明らかに我々はチェスの駒ですよ」ということですね。

だからモスクワとか、ワシントンD.C.とか北京からの視点で「チェス盤の上のどの駒を取った、取られた」「この国は緩衝地帯にしよう」といった言説があるわけですが、明らかに日本はチェスをプレイするポジションの国ではないです。特に我々のような一般庶民はチェスをプレイする側ではなく、プレイヤーが動かす駒の側なんですね。

だからこそ、日本が超大国間の都合で「もう日本はアメリカと中国の間の緩衝地帯ね」みたいなことを勝手に決められたり、それに日本が逆らった結果として、どこか別の国が攻めてきて、我々が兵隊として戦わなければいけなくなったり、我々の生活が破壊されたりすることになった場合を想定してみましょう。そのとき、本当に「それが冷徹なリアリズムだよね」と言い切れるかというのは、僕は大変に疑問なんですよね。

「我々は弱いものである」「小さいものである」という観点から、そもそもこの戦争をまずは見なければいけないのではないのか。そこから私の今回の戦争に関する思いが始まってる部分があります。

■敵も味方も傍観者も「ウクライナが弱い」と思っていた

2021年5月、軍事演習中に対戦車ミサイル「ジャベリン」を構えるウクライナ兵(Volodymyr Tarasov/ Ukrinform/Future Publishing via Getty Images)
2021年5月、軍事演習中に対戦車ミサイル「ジャベリン」を構えるウクライナ兵(Volodymyr Tarasov/ Ukrinform/Future Publishing via Getty Images)
Future Publishing via Getty Images

―― 開戦当初には「ウクライナ全土の制圧は時間の問題」とする悲観的な見方もありました。しかし、2020年2月から10カ月間の戦闘を経ても全土制圧は免れ、ハルキウ州やヘルソン州では広大な領土を奪還するなどウクライナ軍が善戦しています。こうなることは予想されていましたか?

正直に言うと、僕は全然予測ができていなかったです。「ロシア軍の全面侵攻となれば、非常に早い段階でウクライナは組織的に抵抗ができなくなる」と思っていたんですよ。

これは自己弁護すると、おそらく僕だけじゃなくて大体の人が同じで、アメリカとかヨーロッパの政府や軍ですら、そうだったと思います。全面侵攻が始まった当初、アメリカがウクライナに渡した武器は、対戦車ミサイル「ジャベリン」と対空ミサイル「スティンガー」でした。「ウクライナ軍の組織的な戦闘は難しいから、森の中でゲリラ戦に使えるように肩でかつげる武器を送ったんだ」とアメリカの安全保障関係の人が教えてくれたことがありました。多くの国の人々がウクライナの実力を誤解していた中で、誤解していた最大の人物がプーチンなんでしょうね。

敵も味方も傍観者もみんな「ウクライナが弱い」と思っていた中で始まった戦争でした。ただ、今になって振り返ると、ウクライナ軍はこの8年間、2014年に「クリミア併合」などが起きた最初の戦争から、かなり真面目に軍改革をやってきたんですよね。特に2016年のポロシェンコ政権のときに、ウクライナの国防安全保障会議がまとめた「戦略防衛報告」という軍改革に向けた勧告案を採択しているんですね。この方針に従ってかなり抜本的な改革を進めていくわけです。

お金がないので、装備がすぐに最新鋭になるわけではないですが、指揮統制系統をもっと効率化する、陸海空軍の連携を強化する、訓練をNATO式に改める、軍人の待遇を改善して優秀な人物をリクルートする。こうした質的な改善を図った。これが、やはり今回の善戦に1個1個繋がってるんだと思います。

思うんですけど、軍隊の強さって、なかなか測り難い。装備品の数を比べることはできます。こっちが何門の大砲があって、向こうは何門というのは分かりやすい。でも、その大砲を大きな作戦の中でどのぐらい有効に活用できるか、大砲を操作してる兵隊がどれぐらい優秀かというのは、もう目に見えない。そうすると「来期の中日が勝つのか負けるのか」みたいな世界になってくるわけですよ。

これって誰も予想できないじゃないですか。1人1人の選手のデータはわかる。でも、監督の采配がどういうものか?相手チームの采配はどうか?バッテリーの相性?という話ですよね。そういう要素が絡み合って、野球チームの勝ち負けが決まっていく。それが予想できたら苦労はないわけですよね。

それはウクライナ軍の場合も同じで、指揮統制系統とか人間の練度とか、1人1人の軍人の質みたいな「数字に表し難い部分」でウクライナは頑張って軍改革をしたので、一見すると「強くなってるように見えなかった」ってのはあるでしょうね。

■日本の立場はウクライナに近い。だからこそ…

Zoomでインタビューに応じる小泉悠さん
Zoomでインタビューに応じる小泉悠さん
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――ウクライナ戦争を、日本にいる私たちはどう見るべきかでしょうか。先ほど、「チェスのプレイヤーではなく駒の側」という点で日本もウクライナと同じと指摘されていましたが、どのような教訓を読み解けばいいでしょう?

これも1人の人間として見るのか、日本の安全保障のステークホルダー(利害関係者)として考えるのか。この2つの視点があると思うんですよね。

私は1人の人間として、また1人の子供を持つ親として見た場合に「やっぱりこんなことするロシアは許せん」という気持ちがまず先に立ちます。子どもを育てる中で生まれた視点かもしれませんが、ロシアにも言い分があることは分かるし、軍事戦略や地政学的に思惑があることは分かる。しかし、「今ウクライナでやってるようなことをやる権利は、あなた方には絶対ないですよ」と。これは1人の人間としての見方です。

一方で、日本の安全保障のステークホルダーとしてどう見るか。要は日本国民全員にとって、どう見るべきかということです。やはり今回の戦争を放置すると、日本の安全保障にとって良いことはないと思います。「ウクライナを説得して戦争をやめさせる」とか、「土地を占領された状態でこの戦争を終わらせればそれで第三次世界大戦の危機は遠のく。これこそが安全保障だ」って議論もあるわけです。でも、私はこの議論は二つの意味で同意できないんですね。

一つは「それで一時的に戦闘が止まることは確かでしょう。だけどそれがいつまで止まるんですか?」って話ですね。2014年に結んだ第一次ミンスク合意は3カ月ぐらいしかもたなかった。その後、2015年に第二次ミンスク合意を結んだけど、これも7年しかもたなくて、またロシアが攻めてきた。もし今回、イスタンブール合意などを結んでウクライナに「一部占領されてるけど我慢してくれ」と、ロシアとの間で停戦合意を結んだら数年は停戦できるのかもしれません。だけど、結局プーチンはその数年を戦力を再建する期間としか思わない可能性が非常に高い。

なぜならば、彼が開戦前に発表した論文を読むと、戦争の背景にあるのは「ウクライナを中立化したい」「武装解除したい」「ゼレンスキー政権を退陣させたい」というテクニカルな物ではありません。根本的に「ウクライナがロシアから独立している状態が気に入らない」っていう情念が滲んでいるんです。

やっぱり「プーチンに一時的な停戦を飲ませる」ことが、根本的解決にならないんだと思うんですよ。「ウクライナを説得して戦闘を止めさせれば解決する」という人は、プーチンが戦争する動機を政治的・軍事的なものだという前提に立っています。ウクライナがここで戦闘をやめて「NATOに入りません」と約束すれば、プーチンは満足して解決するという前提での議論だと思うのですが、僕はプーチンの言説を見る限り、そうは思えない。その意味でここで、ウクライナが停戦することは意味がないと思っています。

もう一つは「大国が核で脅しながら侵略を行った場合には、周りの国は見放す」という前例を作ってしまうのではないかということです。

ここでさっきの「我々はチェスの駒の側であって、プレーヤー側ではない」ということの意味に、もう一度立ち戻りたいのですが、大国同士の手打ちでどこかの国を緩衝地帯あるいは属国とすることで、勢力圏を共存するというビジョンは超大国の秩序構想なわけですね。

この超大国の秩序構想に同調する人は、無意識のうちに「日本は超大国だ」という前提で話している気がするんですよ。戦前の大日本帝国のときのように、世界ビッグ5の中に日本が入っているという前提で物を言ってる気がするんですね。

でも実際の日本の立場は、どちらかというとウクライナに近いんです。もしロシアのウクライナ侵略が成功して、国際社会がウクライナを見捨てた場合には、日本だって同じことが起こりうるということです。「それで本当にいいんですか?」と思うんです。

もし仮に日本が他国から攻撃を受けた場合でも「もう抵抗やめなさいよ、相手の軍門に下れば戦闘が止まるんだから」「世界経済にも迷惑かけるからやめなさい」みたいなことを他国から言われても、おかしくないと思うんですね。でも私はそうは言われたくありません。その意味で、今この場で、我々がウクライナを支えておくということに意味があると思っています。そういう意味で、この戦争は他人ごとではないという思いを強く持っているんです。

■小泉悠さんのプロフィール

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。

著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、2019年、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、2021年)、『ロシア点描』(PHP研究所、2022年)、『ウクライナ戦争の200日』(文春新書、2022年)など。

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