「民間軍事会社」を名乗り、ウクライナを初めとする世界各地の紛争に介入。さらにロシア国内で反乱を起こした武装組織「ワグネル」。
プーチン大統領と深い関係があったと指摘され、エフゲニー・プリゴジン氏という特異な人物に率いられてきたワグネルとは、一体なんだったのか。これまでの報道や著作物からまとめてみた。
Q:そもそも民間軍事会社って何?
百科事典マイペディアによると、政府と契約して軍事関連業務を担う営利会社で、新しい形態の傭兵組織だ。冷戦終結後に欧米で次々に誕生。軍事予算削減を目ざす各国政府から業務を受託して成長してきた。戦闘員は戦時国際法の戦争犯罪の規程を免れるため、犯罪的な残虐行為を請け負う可能性もあり、規制強化が国際的な課題となっている。
軍事アナリスト・小泉悠氏の著書『現代ロシアの軍事戦略』によると本来、ロシアでは民間軍事会社は違法となっており、民間企業が武装して軍事作戦に関与することは「傭兵」という刑法犯罪に問われるという。
Q:ワグネルの名前の由来は?
『現代ロシアの軍事戦略』によると、ワグネルが設立されたのは2013年。組織名は、ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーの姓をロシア語読みしたものだった。
ワグネルの組織づくりをした元GRU隊員のドミトリー・ウトキン氏の趣味によるものと言われており、ウトキン氏はネオナチ思想の信奉者として知られ、同時に大のドイツびいきであったという。
Q:ロシア政府との関係は?
2023年までロシア政府はワグネルへの関与を否定してきた。しかし、実質的にはロシア軍参謀本部の管轄下にありながら、運営資金は外食チェーンで成功したプリゴジン氏が出資する「ハイブリッドな組織であるようだ」と軍事アナリスト・小泉悠氏は『現代ロシアの軍事戦略』で指摘している。戦闘員たちは主にロシア軍での勤務経験を有する元軍人たちで構成されているという。
ワグネルの訓練キャンプは、ロシア南部のモリキノという小さな村落にあった。この村にはロシア軍の情報機関「参謀本部情報総局」(GRU)の隊員が駐屯していることから、小泉氏はワグネルが単なる民間軍事会社ではなく、「事実上のロシア軍別働隊と呼ぶべき組織」だと指摘している。
実際にワグネルには莫大な国費が投入されていたことを、プーチン大統領自身が後日、明らかにした。「プリゴジンの乱」の直後の2023年6月27日、プーチン大統領はワグネルが、母体である外食チェーンまで含めて「全額国費で運営されていた」と軍関係者らとの会合で暴露したのだ。
2023年5月までの1年間で、ワグネルに送られた戦闘員の給与や奨励金は862億ルーブル(約1400億円)。さらにプリゴジン氏が運営する企業グループ「コンコルド」には、軍に食料を供給するケータリング事業に絡んで国から1年間で800億ルーブル(約1300億円)が支払われていたという。
Q:世界有数の実力を持つロシア軍があるのに、ロシア政府はなぜ莫大な資金でワグネルを育てたのか?
ロシアには、2023年4月時点で約37万人とも言われる強力な正規軍がある。それなのにワグネルを育成した理由は、ロシア政府が紛争に関与していることを、国際社会やロシア国民から隠す目的があったようだ。
ワグネルの戦闘員が死んでも、ロシア軍の戦死者にはカウントされない。また、戦闘員が残虐行為や略奪をしたとしても、ロシア政府は責任を回避できるという仕組みだ。
ワグネルの元戦闘員、マラート・ガビドゥリン氏は、著書『ワグネル プーチンの秘密軍隊』(東京堂出版)の序文で、以下のように指摘している。
「我が国の将軍らは犠牲者が出ないかと心配になってきた。戦争とは死者の出るものだと、国民は考えたくなかったのだ。そこで妥協案を見つけねばならなかった。その一つは闇の軍隊の力を借りることだ。必要ならその軍隊が戦いに加わっていることを否定し、国民に好ましいイメージを与えつづけて安心させせられるような。そうすれば、国民は満足して誇りを抱きつづけ、我が国の軍事力に見とれて、赤の広場の軍事パレードに拍手喝采するだろうからね」
Q:ワグネルはどのように世界各地の紛争に派遣されたのか?
ワグネルの初陣は、2014年のウクライナでの戦争だったとみられている。ロシア政府はクリミア半島を併合したほか、ウクライナ東部のドンバス地方ではロシア政府が支援する分離派の組織が武装蜂起。ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立を一方的に宣言した。
『ワグネル プーチンの秘密軍隊』の序文を書いたジャーナリストによると、分離派の組織の中にはロシアの支配が及ばないものがあり、ワグネルが投入されたのは、そうした組織のリーダーを捕らえて、武器や装備を取り上げて無力化するものだったと言われている。ワグネルは、10人ほどの分離派リーダーの暗殺に関わっている噂があるという。
その後、ワグネルは世界各地の紛争地帯に派遣されていく。『現代ロシアの軍事戦略』によると、2015年にワグネルは内戦下のシリアにも送られた。ロシア空軍の空爆に先だって、壊滅的な状態にあったアサド政権軍にテコ入れするのが目的だったという。
2017年にはワグネルはアフリカに送られた。スーダンの金鉱山や、中央アフリカの金・ダイヤモンド鉱山の警備をしており、そのいずれもがワグネル創設者のプリゴジン氏の関連企業が開発利権を得ているところだった。
2019年ごろには、やはり内戦下のリビアにワグネルが派遣。ロシアと関係が深いハフタル将軍が率いるリビア国民軍(LNA)を支援した。2021年からはイスラム系武装組織に対抗するためにマリの暫定政権がワグネルの支援を受け入れている。
Q:2022年から始まったウクライナ戦争でのワグネルの関与は?
ポーランド東方研究所によると、ワグネルは当初、2022年の軍事侵攻には関わっていなかったが、ロシア軍が攻めあぐねていたドンバス地域に同年5月ごろに投入された。要衝の一つであったポパスナの占領に貢献した。
ウクライナ東部で激戦地となったバフムトには2022年夏頃から投入。この時点で数千人の兵士しかワグネルは投入していなかったが、ロシア政府の支持を得て「半年後の恩赦」を条件に大量の囚人を募集。その人数は、2023年1月中旬までに5万人に達したという。
大量の囚人兵を使って戦果を挙げたワグネルの存在感は大きくなった。創設者のプリゴジン氏は、バフムートを完全制圧したと2023年5月20日に主張した。その直前の5月5日には、プリゴジン氏はSNSに投稿された動画の中で「ショイグ! ゲラシモフ!」とロシアの国防相、参謀総長を呼び捨てにした上で、「弾薬はどこだ!」と激しい口調で述べ、弾薬供給をせかした。この場面は世界中で報じられて大きな注目を集めた。
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「プリゴジンの乱」後の動きは不透明
2023年に入ってワグネルは、ロシア軍への編入を求めるショイグ国防相らとのあつれきが深刻となった。創業者であるエフゲニー・プリゴジン氏に率いられたワグネルの戦闘員たちは、6月24日に反乱を起こす。
プリゴジン氏は「ワグネルの部隊がロシア軍から攻撃を受けた」と主張。ショイグ国防相らを捕らえるためにロストフ・ナ・ドヌ市の軍事施設を占拠したが、ショイグ国防相らが逃亡したため、首都モスクワに向けて「正義を取り戻すため」に進軍すると発表した。プーチン大統領は「我々は反逆に直面している」と鎮圧を命じ、ワグネルの進軍は中止された。
この「プリゴジンの乱」の後、ワグネルがどうなるかは情報が錯綜していて不透明だ。