未だ続いている反政府デモの動向が注目されるベネズエラ。主に政治関係の情報やニュースが出回る事が多く、「ベネズエラ」という国自体を深く知っている人は日本では少ないのかも知れない。
生まれて初めて私がベネズエラ人に会ったのは、数年前に参加した内閣府の国際交流事業「世界青年の船」に参加した時だった。ベネズエラ・日本含めて13カ国の青年達が参加しており、事業の中で行われる様々な国との文化交流もプログラムの醍醐味だった。 そんな中、日本の文化についてもっと知りたい!というカルロスに話しかけられた。
日本に興味をもってくれて嬉しいな、いろいろな素晴らしい日本文化を教えあげたい...と思っていた矢先にカルロスの口から出た言葉が「一緒に俳句を詠もう!!」だった。私の想像の斜め上をいった。サラリーマン川柳などの類いならまだしも、即興で趣のある俳句を詠める才能はない。相当な日本好きなベネズエラ人もいたもんだ等と思いながら話をしていると、ベネズエラで日本・日本語について教える活動をしている事を告げられた。今までいろいろな日本好きな外国人に出会ってきたが(アニメ・漫画、侍好き等)、日本の言葉・文化を自分の国で教えている人に会うのは初めてだった。
ただ単に日本の事が好きで教えているだけではなく、 "ベネズエラ"という国を思って、日本の事を伝え続けている。彼の名前はカルロス・ディアス (Carlos Diaz)、御縁・マラカイボという名の日本語と文化を教える団体の立ち上げメンバーである。
閉ざされた社会
すべての人は海外に興味があると、昔はそう信じていた。聞いた事のない名前国の料理の話を聞けば食べてみたいし、テレビで海外旅行の特集があれば、行ってみたいなと想像する。一度家で、ベトナム人からもらった飴の包み紙を捨てようとした際に、私の母から珍しい文字が書いてある包み紙だから欲しいと言われ、今でも母は大事に残している。私の母の様に、海外の小さな物や事でも面白いなと感じるのが大多数の日本人だと思う。しかし、世の中には海外にほとんど興味がない地域・国が世界には存在する。ベネズエラはまさにその国の一つだ。
「きっとたくさんのベネズエラ人が、イラクへの空爆やガザの紛争について知らないと思う。というか、知ろうとすらしてないよ。」
そう話してくれたカルロスが住んでいるのは、ベネズエラ第二の都市、マラカイボ。首都のカラカスの次に大きな都市にも関わらず、海外の文化に接する事はほとんどない。例えば、他の言語を学びたいと思っても、大学で専攻出来る外国語は英語とフランス語のみ。中国語やドイツ語など、日本の大学では普通に専攻出来る外国語なく、駅前留学の様な語学学校は街に存在しない。街にはかろうじて何件か中華料理や日本食レストランが存在するが、それ以外にベネズエラ人が海外の文化に触れる事はほとんどない。
「若い人達は外の世界を知りたいと思っても、その機会すらない。このような閉鎖的な社会では難しい。特に年配の人達は海外の文化を受け入れる事に抵抗すらある。知らない=怖いって感じているんじゃないかな。」
日本語を教えるカルロス
日本との出会い
そんな地域で生まれ育ったカルロスはどのようにして遠く離れた日本に出会ったのであろうか?そのきっかけは一冊の本。家に積み上げられていた古い本をたまたま手に取った事が始まりだった。「World of Poetry (世界の詩)」という詩集を読んでいる時に目に入ったのが「古池や 蛙飛び込む 水の音」、かの有名な松尾芭蕉の一句だ。
ただ松尾芭蕉の俳句に感動して...という訳ではなく、よく意味がわからなくて(俳句の意味や解説は載っていなかったらしい)、インターネットで検索した事から日本について学びたいと思い始めたそうだ。そこから徐々にのめり込んでいき、日本の文化や歴史、言葉を学び始めた。さすがの松尾芭蕉も自分の詠んだ句が、数百年後に南米の青年の好奇心を刺激するとは夢にも思っていなかっただろう。
知れば知る程、深まる興味。ベネズエラとは何から何まで違う。インターネットから日本について学ぶだけだは足りない、そう感じ始めたカルロスは、マラカイボで日本語と日本について教えている日本人の先生を探し、その先生(山田先生とおっしゃるそうだ)の開いていた日本教室に参加し始めた マラカイボに住んでいる日本人は本当に少ないし、先生が個人で少人数に教えている教室だったので本当に出会えてラッキーだった、と語るカルロスを団体設立まで駆り立てたのは、2011年の東日本大震災だった。震災のニュースが流れた後、山田先生と先生の教室に通う生徒で被災地に募金を送ろうと、募金活動をした事が御縁・マラカイボの始まりだった。
「送った金額は本当に少なくて、口に出すのも申し訳ないんだけど...十万円に値する金額を在ベネズネラ日本大使館に送ったんだ。」
ベネズエラの平均年収は日本の半分以下。しかも先ほど述べた様に、外の世界に興味の低いベネズエラで、それだけの募金を集めるのはさぞかし大変だったろう。謙遜しなくていいのに...と思いつつ、「謙遜する姿勢」もきっと学んだ事の一つなのだろう。まるで日本人のような腰の低さを見せるカルロスから、日本の文化に対する深い尊敬の姿勢を感じた。
ベネズエラと外の世界の架け橋に
御縁・マラカイボはカルロスを始めとする14人の中心メンバーと山田先生でマラカイボの人達に日本語や様々な文化を教えている。折り紙・漫画から花札等、日本人の私でさえ知らない(花札をやった事ない人は多いはず?)事までと幅広い。
御縁マラカイボ一部中心メンバーのと山田先生
他言語を学ぶのが難しい年齢はゲームやダンス等を中心に教える
ソーラン節を習っている最中
「たくさんのユースや子ども達は海外に対しての興味や関心があるのに、学ぶ場所がない。ないのなら、学べる場所を作るべきだと思ったんだ。」
学びたいと思っている若いベネズエラ人は多い。しかし、学校での教育はあまり海外の文化について触れず、異文化、自分たちとは違うという知らない物・事への恐怖から、大人達も積極的に子ども達に外の国について教えない。その消極的な姿勢がたくさんの若い人達から好奇心を奪っている、とカルロスは危惧する。
日本の文化を面白い、もっと知りたいという気持ちから「自分たちとは違うものを受け入れる事」を学んで欲しい。違いを認めつつも、相手を尊重して受け入れる。それは怖い事でもなんでもなく、自分の人生を豊かにする素晴らしい行為だという事を。
カルロスは、現在の反政府デモは一旦落ち着いた様に見えるかも知れないが、何も解決知れていないと言う。ただ、しばらくの間止まっただけだと。政府側も反政府側もいがみ合い、相手側の意見を受け付けず、自分の意見を押し通す事しか考えていない、それは解決でもなんでもない、と悲しそうに語っていた。
「ベネズエラの人達が少しでも、相手を受け入れるという姿勢を学び理解すれば、きっと平和に繋がるはず。だから僕はデモに参加しない。御縁・マラカイボで日本の事を若者を中心に教え続ける方がずっと大事だ。」
現在の御縁・マラカイボの生徒達は約150人。小さなワークショップ等に参加した人数を合わせると、約700人のマラカイボの人々が日本文化に触れ、学んだ事になる。皆、日本・日本語を学ぶ事が仕事や学業で必要だからという訳はなく、純粋に「外の世界に触れてみたい」という気持ちから学んでいる。
またカルロス達も名声やお金の為ではなく、ベネズエラの事を思ってボランティアとして、自分たちの仕事の合間に教え続けている。
そんなカルロスの一番興味のある日本文化は「本音と建前」、日本の生活文化だ。ベネズエラ人は建前を使う事なく、本音しか言わないらしい。建前もベネズエラ人にしたら立派なコミュニケーション戦術の一つだ。説明文を読んでも未だに理解できないと言いつつも、カルロスの顔から笑みがこぼれていた。彼の日本に対する好奇心もつきる事はない。
今日もカルロス達は、マラカイボで日本の事を教え続けている。ベネズエラの未来と平和を思って。
現地のコミュニティーにソーラン節を披露し、日本に対する興味をふかめてもらう活動